1935年、アメリカのW・H・カロザースによって発明された合成繊維の商品名であったが、現在では繊維を形づくる性質をもった合成高分子ポリアミドの総称になっている。1939年、アメリカの化学会社デュポンから世界最初の本格的合成繊維として発売された。ポリアミドは脂肪族、芳香族、脂環式ポリアミドに分類される。いずれもアミド結合で連なった線状の高分子である。
糸は生糸によく似た光沢をもち、生糸よりずっとじょうぶであった。そのため、それまで生糸から加工されていた女性用靴下(ストッキング)にナイロンが用いられるようになり、第二次世界大戦前には生産高世界一であった日本の生糸の輸出は激減した。現在、ポリエステル、アクリル繊維とともに合成繊維の主力を占めている。
[垣内 弘]
なぜナイロンとよんだかは不明だが、初めはNorunとした。しかしこれは発音がむずかしいというのでNylonとしたようである。Nylonそのものは、1850年にイギリスのシュークリームにつけられた名称であったと、一般に伝えられている、この繊維による日本からの絹の追放を宣言したという「Now you lousy old Nipponese !」や「Now look out Nippon」の頭文字であるという説も、いずれも確かなものではない。井本稔(みのる)(1908―99)は『ナイロンの発見』のなかで、カロザース自身がnihil(虚無)から造語したという説を述べている。
[垣内 弘]
ナイロンという商品名が、カロザースの功績をたたえ化学名としても用いられているが、線状高分子の脂肪族ポリアミドの数は数百以上にもなる。現在、合成繊維として商品化されているものは主として2種類で、一つはデュポン社が最初に発売したナイロン6,6(6,6-ナイロン)である。この6,6という意味はアミド基で結合している脂肪族化合物2種類の構成分子が、いずれも炭素数6個ということを示している。いま一つは、ナイロン6(6-ナイロン)である。
[垣内 弘]
アジピン酸とヘキサメチレンジアミンの等モルをアルコールまたは水を溶媒として混合すると、ナイロン6,6塩(融点183~184℃)NH3⊕(CH2)6NHOC(CH2)4COO⊖を生成する。この塩水溶液を加熱脱水して重縮合(縮合の繰り返しによって低分子物質から高分子物質を生成させる反応をいう)させていき、溶融状態で紡糸機で糸を引き出す溶融紡糸を行う。
[垣内 弘]
ナイロンは一般に強靭(きょうじん)で、耐油性、耐薬品性に優れ、かなりの高温から低温にわたって安定して使用できる。ナイロンプラスチック(紡糸しないナイロン)はエンジニアリング・プラスチックとして代表的なものである。とくに摩擦係数が小さく、耐摩耗性に優れているので、タイプライターなど高級事務用品の無音歯車、カム、ベアリングなどの機械部品や、滑車、戸車などの建材部品、ファスナーなどに使われている。また、ナイロン6はフィルムとして強靭性、酸素遮断性、耐油性に優れている特徴を生かして油性食品や冷凍食品の包装に用いられる。ナイロン6,6のフィルムは耐熱性に優れる。
ナイロン繊維は次の特性、すなわち高い引張り強さ、低い弾性率、低い吸水率、高い耐摩耗性、パーマネントセットができる能力などをもち、編物、織物、人工毛髪として広く用いられている。引張り強さが高いために、非常に薄い織物構造、とくに女性用靴下に独占的な用途をもっている。さらに、羊毛あるいは木綿やレーヨンと混紡することによって広範囲に利用されている。また、1960年代後半以降、芳香族ポリアミド(アラミドaramid)が新しいポリアミドとして脚光を浴びている。
[垣内 弘]
『水谷久一著『ナイロンとテトロン』(1958・産業図書)』▽『井本稔著『ナイロンの発見』(1982・東京化学同人)』▽『内田安三監修『「もの」と「ひと」シリーズ7 プラスチック』(1986・フレーベル館)』▽『片岡俊郎ほか著『エンジニアリングプラスチック』(1987・共立出版)』▽『福本修編『ポリアミド樹脂ハンドブック』(1988・日刊工業新聞社)』▽『Bassam Z. Shakhashiri著、池本勲訳『教師のためのケミカルデモンストレーション1 熱化学・高分子』(1997・丸善)』▽『守屋晴雄著『ナフサ体系の商品学』(1997・森山書店)』▽『竹内均編『科学の世紀を開いた人々』下(1999・ニュートンプレス)』▽『森谷正規著『技術開発の昭和史』(朝日文庫)』
ナイロンは人類が最初に工業生産した合成繊維である。1930年代初頭,高分子説が認められたが,それを合成面から確立したのがアメリカのW.H.カロザーズである。カロザーズは重合反応の基礎的研究を広範囲に行い,低分子から重合によって高分子ナイロンを作り出した。38年,アメリカのデュポン社によってパイロットプラント規模で製造された最初のナイロンはナイロン66(ろくろく)で,アジピン酸とヘキサメチレンジアミンから合成され,紡糸によって合成繊維が作られた。ナイロン66はそれまでの天然繊維やレーヨンなどにない優れた性質を有しており,ナイロンの発明はその後の合成高分子製造の端を開く画期的発明であった。ナイロンとは,アミド結合-CONH-で脂肪族アルキレンや芳香族アリール基を数多く結合させた高分子量(nが数百)の化合物すなわちポリアミドの総称である。
ヘキサメチレンジアミンの炭素数6とアジピン酸の炭素数6をとって,ナイロン66と呼ばれる。同様に,ヘキサメチレンジアミンとセバシン酸HOOC(CH2)8COOHから作られるナイロンはナイロン610(ろくとお)である。ナイロンにはこのほかに,ε-カプロラクタムから作られるナイロン6が1937年ドイツで開発され,これから合成繊維が作られた。ナイロン6はその後安価な製造法が発明されたので,世界の工業国でナイロン66と同様に大量生産されているが,価格上ナイロン66より優位に立っているといわれている。
原料のアジピン酸とヘキサメチレンジアミンは,最初はフェノールからシクロヘキサノールを経て製造された。フェノールはベンゼンを反応させて合成されるが,ナイロン66の製造が化学工業の重要な一部門となり,原料製造が研究され,今日ではベンゼン→シクロヘキサン→シクロヘキサノールという合成法が採用されている。シクロヘキサノールは酸化されるとアジピン酸を与える。ヘキサメチレンジアミンは,アジピン酸から3段階の反応によって製造される。一方,ナイロン6の製造においては,このシクロヘキサノールは還元反応でシクロヘキサノンへ,次にシクロヘキサノンオキシムへ変換され,最終的にε-カプロラクタムが作られる。ε-カプロラクタムは重合すると,ナイロン6を与える。
ナイロンは直鎖状高分子であり,その平均分子量は1万2000~2万になるように製造されている。熱可塑性ポリマーであるナイロン66の紡糸は,高温(288℃)で融解させた融液を0.25mmくらいのたくさんのオリフィスをもつ紡糸ノズルから押し出されてなされる。ナイロン610の融点214℃はナイロン66の融点263℃に比べて低いが,ナイロン610はより大きな堅さと2.6%という低吸湿度(ナイロン66は4.2%)のため,ブラシや歯車などのエンジニアリングプラスチックとしての用途をもつ。ナイロン6系統ではナイロン7とナイロン11(いちいち)がそれぞれソ連とフランスで開発された。
ナイロンは紡糸したままでは引張強さは1.0~1.3gf/デニールと大きくないが,4倍に延伸することにより,その引張強さは,アラミドを除いて,合成繊維中最大の9.2~9.6gf/デニールのものが得られる。引張強さ7.6~7.8gf/デニール,切断伸度26~28%のナイロンがコードに用いられる。1947年ころからナイロンの自動車用タイヤコードは,それまでの高強度レーヨンタイヤコードの分野に徐々に進出し,大きな市場を占めるに至った。10,15,および20デニールくらいの細いフィラメントはストッキングに用いられる。熱セット性のため永久プリーツを作ることができるので衣類に,そして婦人用下着にもよく使われる。耐水性ことに耐海水性のため漁網やロープに,また,虫やかびにまったく侵されないので防虫網に使用される。ナイロンの比重1.14はレーヨン1.52,セルロースアセテート1.30と比べて低く,軽量の衣料を作ることができる。熱安定性や耐溶剤性に優れており,ドライクリーニング用溶剤によって侵されない。
執筆者:瓜生 敏之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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1938年,デュポン(DuPont)社より発表されたポリアミド系合成繊維の商品名.現在では,ポリアミド系合成繊維(ときには合成樹脂)の総称として使用されている.二塩基酸とジアミンとの重縮合,あるいはラクタムの開環重合などで得られるポリアミドを紡糸して繊維にしたり,加熱軟化させてフィルム,板などの成形品とする.原料単量体の種類によりポリアミドの場合と同様に,ナイロン6,ナイロン66などと分類される.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ティーレを雇っていたベンベルクJ.P.Bembergは,イギリス,アメリカ,日本,およびイタリアで製造工場を造った。 最初の合成繊維であるナイロンは,アメリカのデュポン社においてW.H.カロザーズの高分子の基礎研究から生まれた。38年デュポン社は小規模のナイロン製造を開始した。…
…以後9年間に当時未開拓であった分野の高分子化学を探究,縮重合を主軸とした巨大分子設計の系統的研究で52の学術論文を発表した。この研究が新物質開発の直接の糸口となり(特許数69件),30年にクロロプレンの重合で合成ゴム〈ネオプレン〉(商品名)を得ることに成功(1932工業化),35年ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の縮重合により初の合成繊維〈ナイロン〉(属名)を合成した(1939工業化)。36年企業に籍を置く有機化学者としては初めてアメリカ科学アカデミー会員に選出された。…
…ドイツの研究は石炭を直接の原料とするものが多かったが,その多くは石油への応用が可能なものであった。1920年代に幕があいた石油化学工業は,30年代に入って,ナイロンと低密度ポリエチレンという,合成繊維とプラスチックを代表する製品が開発されたことにより,本格的な発展への足掛りをつかんだ。ナイロンは,38年デュポン・ド・ヌムール社(以下デュポン社)のW.H.カロザーズが発明したものだが,その開発は,爆薬の生産により第1次大戦中に急成長を遂げたデュポン社が,新たな発展の場を求めて豊富な資金を有機合成化学の基礎研究に注いだことによって成功したといえる。…
…53年通産省で〈酢酸繊維工業育成対策〉を決定し,アセテート生産に助成措置がとられ,業界の努力もあって生産は順調に発展した。合成繊維に関しては,日本では戦前からナイロン,ビニロンを中心に研究開発が進められていたが,欧米に比べるとかなり遅れていた。このため,政府は1949年にビニロンでは倉敷レイヨン,ナイロンでは東洋レーヨンを育成企業に指定し,金融税制面で優遇措置を講じた。…
…火薬事業への依存度の低下,利益の再投資という長期目標のもとで,火薬製造のノウ・ハウを生かしニトロセルロースなどの研究開発に力を注ぐとともに,17年のHarrison Brothers and Co.,28年のGrasselli Chemical Co.,30年のRoessler and Hasslacher Chemical Co.,33年のレミントン兵器会社などの買収を通じて,染料,合成樹脂,塗料などと事業を多角化していった。これらの結果,39年に世界初の合成繊維ナイロンの工業化に成功,次いで51年にアクリル繊維〈オーロン〉,52年にはポリエステル繊維〈ダクロン〉を開発した。さらにプラスチックや合成ゴムなどの新製品を開発して事業内容を拡大し,20世紀の中ごろには世界最大の化学会社となった。…
…翌27年にレーヨン糸の製造を開始,37年には生産高1万8200t(全国生産の12%)とピークに達し,輸出も増大した。第2次大戦後は,レーヨン生産の復興にあたるとともに,戦争で中断していたナイロンの研究開発を再開,51年にアメリカのデュポン社からの技術導入で本格生産を開始し,このナイロン生産が躍進の基盤となった。57年には帝人とともに,イギリスICI社からポリエステル繊維生産の独占的ライセンスを取得し,翌年から〈テトロン〉の商品名で生産を開始した。…
※「ナイロン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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