一般には京都・大坂を含む京坂地方をさしていう。上は天皇のいる都をさして上る,反対は下るというように,上方は,大坂からでも都である京都をさして呼ぶことがあるが,広く京・大坂を含む京坂地方を他地方からいうことが多かった。また京の方角を上方と呼んだ例もある。江戸幕府は代官の管轄で関東,上方にわけているが,上方代官とは三河(愛知県東部)以西をいい,中部の一部,近畿,中国,四国,九州をさしている。関ヶ原の戦において東軍に加わった豊臣系大名を関東からみて上方の東海以西の大名であったため上方衆と呼んだこともあった。さて,このように上方という呼称は多様に使われているが,一般に京坂地方を上方というとき,単に地理的にいうだけでなく,経済,文化における独自の地位をもつものとして考えられていた。とくに江戸時代は,関東とくに江戸が将軍のお膝元として発展したため,それに対する意味で,京坂地方が上方として強く意識されるようになった。経済的には上方は全国市場のなかで,生産,流通の中心であり,江戸経済の重要な支えをなしていた。上方商人が江戸出店をもつことも多かったのである。文化でも,独特の風をもち,上方歌と呼ばれた地唄をはじめ,浮世絵,浄瑠璃などでは上方絵,上方浄瑠璃として江戸のそれに対して区別されている。
執筆者:脇田 修
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室町時代から皇居のあった京都をさした語として用いられた。江戸時代,政治都市として発展した江戸を中心とする関東に対して,京風文化の浸透した山城・大和・河内・和泉・摂津の五畿内に近江・丹波・播磨を加えた8カ国をいう。あるいは東海道筋・中国筋・四国筋・西国筋・北国筋の総称,または五畿内以西の全地域をさす語としても用いられた。現在では京都・大阪を中心とする一つの文化圏・経済圏をさす場合が多い。
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