生体の心臓の機能を部分的にあるいは完全に、一時的にあるいは半永久的に代行するものをいう。人工心臓のうち、心臓の機能を部分的、一時的に代行するものを補助心臓という。補助心臓には左心補助心臓と右心補助心臓、および両心補助心臓があるが、実際には左心室不全が多いことから、左心補助心臓の適用が多くなっている。しかし、先天性心臓疾患のような右心室不全に対しては右心補助心臓が適用される。さらに重症になると両心補助心臓を必要とする場合もある。一方、完全人工心臓は、生体の心臓の機能を完全に、半永久的に代行することを目的としている。しかし、その応用としては、心臓移植の提供者の心臓を入手するまでの期間、つなぎとして一時的に完全人工心臓を利用する場合もあり、2003年までに、世界で約400の臨床例が報告されている。
[渥美和彦]
〔1〕空気圧駆動型人工心臓 現在の人工心臓は、補助心臓、完全人工心臓のいずれも、血液ポンプ・駆動制御装置・エネルギー源の三つの部分から成り立っている。心臓のポンプの働きをする血液ポンプは、弾力性のあるサック(袋)あるいはダイアフラム(隔膜)からなっており、円形、半円形あるいは楕円(だえん)形を呈していて、外枠の中に入っている。この血液ポンプは、体内に植え込まれるか、あるいは体壁に装着して、生体の心臓の入口あるいは出口につけられる。また、この血液ポンプは、空気圧の陽圧あるいは陰圧による圧迫および吸引を繰り返すことにより、生体の心臓と同様な拍動流を送り出すことができるとともに、心拍数、血流量あるいは血流波形(血圧波形)などを調節し、制御することもできる。この駆動方式を空気圧駆動とよんでいる。なお、送り出す血液の方向を一方向にするために、血液ポンプの入口と出口の部分におのおの1個(左右では合計4個となる)の人工弁がつけられている。
この空気圧駆動型が、最近までの人工心臓の研究の主流をなしており、動物実験に利用され、世界のおもな研究施設において約1年の生存が可能になってきている。これまでに得られた完全人工心臓を用いた動物実験での生存日数としては、東京大学・渥美(あつみ)和彦(1928―2019)らの344日、井街宏(いまちこう)(1942― )の360日、ユタ大学(アメリカ)・コルフW. J. Kolff(1911―2009)らの297日、京都大学・福増広幸(1941― )らの226日、ハーシー医療センター(アメリカ)の350日、ベルリン大学(ドイツ)・ビュッヘルE. S. Bücherl(1919―2001)らの210日、旧チェコスロバキアのバスクJ. Vasku(1924―2017)らの173日などがある。なお、実験動物の6か月生存例は世界で50例を超えている(2005)。
ところで、これらの6か月の長期生存例における死因をみると、
(1)血栓による栓塞(せんそく)、パーヌス形成(人工心臓と生体の結合部に線維組織が異常に増殖する)グループ、(2)血液ポンプの破裂、駆動装置の故障などのグループ、(3)感染、循環の制御の不良、その他の原因のグループ、の三つに大別される。(1)群は血液ポンプの材料あるいはデザインによる問題であり、(2)群はハードウェアの工学技術的問題であり、(3)群は術後の管理あるいは人工心臓を制御する医学的ソフトウェアの問題である。
現在、世界のおもな施設で使用されている血液ポンプは、東京大学のサック型を除いて、他はダイアフラム型である。また材料は、クリーブランド・クリニック(アメリカ)の生体材料(人間の脳の硬膜を化学処理したもの)を除いて、ポリウレタンあるいはポリウレタンとシリコーンなどの共重合体である。人工弁は、クリーブランド・クリニックの尖葉(せんよう)弁を除き、ビジョルク‐シャイリーBjörk-Shiley弁(チタンおよび炭素被覆の機械弁)である。
〔2〕体内内蔵型人工心臓 完全人工心臓の理想は、血液ポンプ、駆動制御メカニズムおよびエネルギーのすべてのシステムを生体内に植え込むことのできる内蔵型人工心臓である。この目的のためには、血液ポンプのデザイン、効率のよい超小型で耐久性のあるエネルギー変換システム、超小型で信頼性の高い計測制御系、高性能、超小型でかつ安全度の高いエネルギー源など、解決すべき問題点は多い。体内内蔵型の基礎的研究として、プランジャ往復運動によるプッシャープレート型、リニア・アクチュエータ駆動、波動ポンプなどが研究されている。
[渥美和彦]
〔1〕補助心臓の臨床応用 体外式補助心臓に利用される血液ポンプとしては、定常流と拍動流の二つがあるが、数日以上の長期利用に関しては、拍動流ポンプのほうがより生理的であると考えられている。この体外式補助心臓の臨床例は、世界では2008年の時点で約3万例があるものと考えられる。その成果についてみると、データは補助心臓の効果が現れて補助心臓を患者から外したもの(離脱例)は552例(45.1%)であり、長期に生存した例は302例(24.7%)である(1993年現在、臨床例1223)。なお、最近では、左心室補助を数か月から数年にわたり利用する長期補助心臓がアメリカにおいて研究開発され、血液ポンプ、駆動メカニズムを含めて体内に内蔵するシステムが開発され、約4000例以上の臨床例がある(2008)。最近、拍動のない定常流のポンプとして、遠心ポンプ、および軸流ポンプの開発が進み、臨床に応用され、補助心臓の主流となってきた。補助心臓の対象としては、急性心不全、心臓移植へのつなぎであったが、最近は、半永久的使用の人工心臓開発も進められている。
〔2〕完全人工心臓の臨床応用 現在まで、完全人工心臓を心臓移植のつなぎとして短期に使用した例は、1985年、ヒューストン(アメリカ)のクーリイD. A. Cooley(1920―2016)による2例がある。2例とも数日後に心臓移植を行ったが、不幸にして数日あるいは数週間後に、主として感染あるいは多臓器不全症で死亡している。一方、長期利用を目的とした完全人工心臓の臨床例は、アメリカのドゥ・ブリエスW. De Vries(1943― )による4例、およびスウェーデンのカロリンスカ大学の1例の計5例である。アメリカにおける第一例は、特発性心筋症の重症例に対して行われたものであり、112日後に多臓器不全症で死亡している。その後、100例以上の完全人工心臓が心臓移植のつなぎに使用されている。1996年現在1286名に人工心臓が臨床に利用され、そのうち776名(60%)に心臓移植が行われ、687名(88.5%)が退院した。完全人工心臓の生存記録はアメリカにおける620日となっている。前記の例はいずれも空気圧駆動方式である。これらは2000年までに行われたもので、その後の臨床例は少ないが、欧米において臨床術が継続されている。しかし研究中の体内内蔵型完全人工心臓の開発も進んでおり、アメリカにおいて試行的臨床術が行われたが、近い将来、本格的に臨床に応用されるものと思われる。
[渥美和彦]
『電気学会電磁駆動型人工心臓システム調査専門委員会編『電磁駆動型人工心臓』(1994・コロナ社)』▽『日本人工臓器学会編『人工臓器イラストレイティッド』CD-ROM付き限定版(2008・はる書房)』▽『上田裕一・碓氷章彦編『最新 人工心肺――理論と実際』第5版(2017・名古屋大学出版会)』
心臓の機能を代行する装置。種々の原因で心臓の機能(心機能)が低下してきたとき,最初の治療としてはまず強心薬を使用し,衰えた心機能を補助して生命の維持に必要な全身の血液循環を保ちながら,心機能の回復を待つことである。しかし薬剤による心機能の補助には限界があり,その効果が期待できなくなったときは機械を用いて循環を補助する必要があり,これを補助循環という。補助循環に用いられる装置は,一言でいえばポンプであって,心臓の働きの一部または全部を代行するわけであるから厳密な意味では人工心臓といえる。また一時的に心臓の働きを代行するという意味では,心臓手術を行うときに用いられる人工心肺も人工心臓であって,これは数時間という短い時間用いられる。ここでは人工心臓をヒトの心臓全体の働きを長期間にわたって代行する装置,つまり完全人工心臓と考え,その概略を述べる。
病気で動かなくなった心臓を人工心臓と取り替えて,生命をよみがえらせる夢はかなり古くからあったが,1957年にアメリカのコルフKolffらによってはじめて現実のものとされ,人工心臓のみによって動物を数時間生存させることができた。人工心臓の開発に当たり最も大きな問題は,その構造,材質,耐久性である。その後精力的研究努力が続けられた結果,現在使用されている人工心臓の構造は,だいたいヒトの心臓の形に似たもので,血液を入れる心室と血液の出入口に逆流を防止するための弁が付いている。これを動かす駆動力は空気駆動型と機械駆動方式があり,それぞれ一長一短があるが前者が広く用いられている。人工心臓をヒトに使用する場合,血液と人工材料が直接接触するために,血液が凝固して血栓ができやすい。したがって血栓ができにくい材質(抗血栓物質)を用いる必要があり,最近はポリウレタン,シリコーン,テフロン系の物質がよく用いられている。弁は心臓弁膜症の手術のときに用いられる人工弁が用いられる場合も多い。これを生体内に植えこむに当たって,技術的な点でとくに問題はないが,その耐久力についてはまだ満足できるものはなく,コルフ,渥美和彦らは動物を用いて約300日の生存例を得ているが,完全人工心臓として人体に植えこむとなると,5~10年の歳月にわたる安全性が要求される。ただ完全人工心臓を用いる目的として現在は二つの適応が考えられている。一つは心臓移植を目的として,適当な心臓提供者が得られるまでの短期間,人工心臓で生命を維持するいわば一時的つなぎ(ブリッジ)としての人工心臓と,他は人工心臓のみで余命を全うさせようとするものである。前者はすでにアメリカで実地臨床に広く使用されているが,日本では心臓移植への道が開かれたばかりであって,将来の見通しは必ずしも透明ではなく,永久人工心臓の開発が急務と思われる。
執筆者:長谷川 嗣夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
心臓のはたらきを補助する人工心臓が実用化しています。
より長期的に使用する人工心臓も進歩しました。日本では、東洋紡型といわれる補助心臓が保険適用となっています。通常、
より小型で体内に設置するポンプと患者さん自身が運搬可能な駆動装置からなる、第3世代植え込み型人工心臓も実用化しています。自宅に戻り、外来通院することが可能です。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…さらに術後に免疫的拒絶反応が起こっても,次の提供者の腎臓を待つ間,人工腎臓の利用によって,患者の生命を維持することができる。心臓移植と人工心臓の間にも同じような関係がある。このように臓器移植と人工臓器とは,当分の間,車の両輪のように,互いの利点を生かして,相補いながら利用されていくであろう(表2)。…
※「人工心臓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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