公共の利益を縮約した言葉。ある社会を構成する個人や集団の私的利益に対して,その社会の全構成員にかかわる共通の利益を指す。現実政治において頻繁に使用される概念であるが,その具体的内容は必ずしも明確ではない。たとえば,政府はその政策を正当化する基準として,公益を多用するが,それが具体的に何であるかについては,単にその自明性を強調するにとどまることが多い。またある人々は,あらゆる私益から独立した客観的な公益の存在を主張するが,それを経験的に確認することは不可能であり,結局各個人の主観的価値が公益の具体的内容に投影されることは避け難い。また他の人々は,私的利益の総和として,あるいは私的利益に内在する要因として公益の内容を客観的に確定しようと試みるが,こうした試みが必ずしも有効ではないことは,K.J.アローの一般可能性定理(〈社会的選択理論〉の項目を参照)に照らしても明らかであろう。このように,公益は本来一義的明確性を欠いているが,それにもかかわらず,現実の政治は公益の概念なしには営まれえないといえる。たとえば,行政官の裁量が恣意的なものにおちいらないためには,行政官の裁量行為を規制する基準として,公益の観念が要請されざるをえない。あるいは議会における討論も,公共の観念によって導かれない限り,いいかえれば,各議員が社会の特殊利益あるいは私的利益に固執することをやめて,公益をめざす立場に立たない限り,実りある成果をもたらすことはできない。ここでわれわれは,公益は実践上要請されざるをえないが,理論上それを確定しえないというジレンマに立たされる。このジレンマを回避する方法は,公益が政策決定過程に先行して,すなわち討論や調整の過程に先んじて存在するとみることをやめ,政策決定過程に内在して,すなわち討論や調整の過程を通じて事後的に確定されるとみることであろう。こうしたみかたに立つとき,公共の利益は公共の合意に転換されることになる。公共の合意とは,ある争点をめぐって形成される見解の一致である。厳密には,合意は全員の見解の一致を意味するものであろう。しかし,現実には完全な全員一致はありえないから,政策決定過程に十分な規制力を及ぼすほどの圧倒的な多数が一致した見解をとるなら,公共の合意が成立したとみてよい。すなわち公共の合意は,特殊利益や私的利益の要求を圧倒しうる程度の多数派が,一致した見解に到達することで成立するといえる。
執筆者:阿部 斉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
公益は文字どおり公共の利益、つまり社会一般の利益を表し、公共の福祉と似た概念であるが、その内容を確定することはむずかしい。というのは、公益が引き合いに出されるのは、これに反すると思われるような事態に対して抗議し、それを批判するために用いられることが多いので、批判しようとする事柄いかんによって、公益の内容の強調点はおのずから異なるであろうし、また公益を判定または主張するものがだれかによっても、見方が異なってくるからである。ある公共政策を擁護ないし優先させるためや、個人の権利の行使を制限しようとする場合に、公益がその理由として強調される。したがって公益は、正当な用いられ方ばかりでなく、権力の自己主張や自由の抑圧のためにも用いられる。公益を合理的で有効な概念たらしめるためには、社会における自由で理性的な討論や判例の積み重ねがたいせつであろう。
[飯坂良明]
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… 歴史上重要な憲法的文書に現れたものとしては,近代憲法の最初のものとされるバージニア権利章典3条(1776)に〈共同の利益common benefit〉,アメリカ合衆国憲法前文(1787)に〈一般の福祉general welfare〉,フランスの1789年人権宣言前文に〈全体の幸福bonheur de tous〉,1793年憲法に付された人権宣言に〈共同の幸福bonheur commun〉などの語が用いられている。ドイツでは,初の社会国家憲法であるワイマール憲法(1919)に〈公共の福利öffentliche Wohlfahrt〉が用いられたが,ナチス時代に私益に優先する〈公益Gemeinnutz〉が全体主義のシンボルとして用いられたことに対する反省から,ボン基本法(1949)では,人権に限界をおく場合に一般的不確定概念を用いないようにする努力がはらわれている。しかし,公共の福祉という語は,社会国家・積極国家としての福祉国家という性格を持つ現代の国家においては,国政ないし人権保障の指導理念として,しばしば用いられている。…
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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