1950年に,衆議院議員選挙法(1925公布),参議院議員選挙法(1947公布)を一本化し,さらに地方公共団体の長および議員に関する選挙法を統合して制定された法律(〈公選法〉と略称)。公選法の目的は,日本国憲法にのっとり,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の長および議員を公選する選挙制度を確立し,その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に行われることを確保し,もって民主政治の健全な発達を期することにある(1条)。したがって,この法律は,日本国憲法にみられる選挙の原理である普通・平等・秘密・任意・直接選挙および選挙運動の自由を具体化したものであるといえる。日本の近代選挙制度は,1889年の大日本帝国憲法の制定にともなって制定された衆議院議員選挙法に始まるが,納税額など一定の財産資格を付した制限選挙の時代,さらには選挙運動の規制を強めたうえでの男子普通選挙制の時代が続き,公選法が具現している原理の確立は日本国憲法の制定をまたなければならなかった。
日本において,選挙権は,一般的には,国民の権利と解されている。衆・参議院議員の選挙権は,日本国民である年齢満20歳以上の者に原則として認められている(公職選挙法9条)。また,地方公共団体の議会議員および長の選挙権も,年齢満20歳以上の日本国民で,引き続き3ヵ月以上当該市町村の区域内に住所を有する者に認められている(9条2項)。しかし,選挙権が前述の要件を満たしているとしても,実際に選挙人名簿に登録されていなければならない。この名簿の登録は,毎年9月および選挙が行われるに際して,住民票作成の日から引き続き3ヵ月以上当該市町村の住民基本台帳に記載されている者について行われる。
衆議院議員と地方公共団体の議員および長の被選挙権は,年齢満25歳以上の日本国民に認められている。ただし,地方公共団体の議員(都道府県,市町村)は,その議員としての選挙権を有する者でなければならない(10条)。参議院議員と知事については,年齢満30歳以上の者でなければならない。地方公共団体の議員に,その地域に住所を有することを必要な要件としたのは,地域的利害関係を代表することにねらいをおいたものと,思われる。
代表を選出するための選挙の単位となる地域的区画を選挙区という(12条)。しかし,議員はその選挙区を代表するものではなく,全国民を代表するものであり,選挙区の選挙人と代表との間に強制的委任関係を有するものではない。まず,衆議院議員(小選挙区,比例代表区)の選出は各選挙区における選挙による(12条1項)。定数は500人(1997年10月現在)で,300人が1人1区の小選挙区制で,200人は全国を11ブロックに分けてそれぞれのブロックから拘束名簿式比例代表制によって選出される。拘束名簿式比例代表制とは,有権者が政党の提出する候補者名簿を頼りに投票し,各政党に集められた得票を比例配分して議席数を割り当て,当選者を決めていく制度である。議員の定数は5年ごとに,最も近い時期に行われた国勢調査の結果により更正するとしているが,十分な定数是正は行われていない。したがって,選挙が終わるたびに,選挙区間の議員定数の不均衡は選挙権の平等に反するのではないかとする訴訟が有権者から起こされている(議員定数)。
参議院議員は,定数252人(1997年10月現在)で,うち100人は全国を1選挙区とする拘束名簿式比例代表制で選出され,残りの152人は都道府県を単位とする選挙区から選出される。拘束名簿式比例代表制による選出方法は衆議院比例代表選出に類似する。都道府県を単位とする選挙区においては立候補者に対して票を投ずる方法が採られているが,この場合にも衆議院議員の選挙区同様,選挙区間における議員定数の不均衡が生じている。
都道府県議会議員の選挙区は,都市の区域による(なお,東京都は特別区,六大都市では区)。ただし,人口の著しく少ない区域がある場合は,条例によって他の都市の区域を合わせて1選挙区とすることができる(15条2項)。
選挙は投票所におもむいて秘密投票方式で行われる(35条)。各選挙においては一人一票主義を原則とするが,衆・参議院議員選挙においては一人二票制がとられている。
投票終了後,開票区において投票箱を開披し,投票を開封点検する。開票手続は公正に行われなければならず,開票管理者は開票立会人の下に,かつ選挙人の監視の中でこれを執行しなければならない(開票)。各開票区における開票の結果は,選挙長または選挙分会長に報告され,選挙長は選挙会で,その総合的結果に基づき当選人の決定を行う(80条,81条)。
選挙は,自由な国民の意思の表明という行為であるだけに,それを保障する選挙運動はできるだけ自由でなければならない。したがって,国民と候補者,政党間で政策中心の自由な討議と有権者にむけた宣伝が保障されていなければならない。しかし,公選法では,選挙運動と政治活動を区別している。選挙運動とは特定の選挙につき特定の候補者を当選させるために行う活動をさし,政党その他の団体がその政策の普及・宣伝,政治啓発のために行う活動を政治活動として両者を区別している。しかも,選挙期間中にのみ許される選挙運動は非常に厳しい規制のもとにある。すなわち,まず第1に選挙運動の主体となるものが規制されている。1945年以降,衆議院議員選挙法の改正によって,いわゆる第三者選挙運動は自由とされたが,その例外として,選挙事務関係者,一般公務員,教育公務員,未成年者などの選挙運動は制限されている。これは50年の公選法にも継承され,今日に至っている。わけても問題なのは公務員の選挙運動の制限である。公務員の地位を利用しての選挙運動の禁止を定めているものの(136条),〈公務員は全体の奉仕者〉(憲法15条2項)であるという観点から,そしてまた,公務員は政治的に中立でなければならないという理由で,公務員の種類を問わず,一律に公務員の選挙活動を含めた政治的行為を制限している。このような一律的規制は欧米諸国ではみられない現象である。
第2に,選挙運動の方法が厳しく規制されている。欧米諸国にみられる多様な選挙運動も日本では禁止・制限されている。戸別訪問の禁止,署名の禁止,人気投票の公表の禁止や,文書図画の頒布・掲示の制限,ポスターの枚数の制限,街頭演説の制限,選挙運動期間の制限などはその例である。これらの規制は政治的表現の自由との関係で争われている。ここではとくに戸別訪問の禁止,文書図画の頒布制限について述べる。
戸別訪問の禁止(公職選挙法138条)は,買収などの不正行為の温床,無用競争激化,有権者への迷惑を防止するためであるとされる。これに対し,もはやその理由は意味がなく,むしろ憲法21条に定めた表現の自由に反するのではないかとする批判がある。最高裁は,81年,〈戸別訪問が買収,利害誘導等の温床になりやすく,選挙人の生活の平穏を害するほか,これが放任されれば,候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ,投票も情実に支配されやすくなるなどの弊害を防止〉するためであると判示している。文書図画の頒布についても,多額の経費を要し選挙運動を不公正なものとすること,無責任・悪意の内容の文書を横行させることによって不当な競争を招く,という理由で制限している。これについて,同じく最高裁は,〈このような弊害を防止するために必要かつ合理的と認められる範囲において,文書図画の頒布の制限・禁止等の規制を加えることは,選挙の適正・公平を確保するという公共の福祉のためにやむをえない措置であるから〉憲法21条に違反するものでないとしている(1964年および81年の最高裁判決)。
選挙運動に関する規制の第3は,選挙運動の公正を期するための選挙運動費用についてである(194~200条)。その目的は候補者にできるだけ自由かつ平等な費用のもとで選挙を行わせようとすることにある。したがってたとえば,選挙運動に関する支出制限額を超えて支出し,法定選挙費用違反として刑に処せられた場合,当選は無効となる(251条)。しかし,選挙運動費用と政治活動費用とが区別されており,選挙運動費用は一定の限度額を超えて支出することはできないが,政治活動に要する費用の支出額には制限はない。したがって,選挙期間中の選挙活動費用を制限しても政治活動費用として支出が可能である限り,あまり意味のないものとなっている。
以上のように,選挙運動に厳しい規制が加えられている一方,国および地方公共団体が立候補者に対して各種の便宜をあたえ,費用を負担する選挙公営化が図られている。選挙はがきの支給,選挙公報,政見放送などはその例である(167条など)。
公選法に違反する選挙が行われれば,その違反者は処罰の対象となる。一般に選挙違反を犯した場合の選挙犯罪の内容は二つに大別される。第1は,その違反行為の反社会性・反道徳性のゆえに犯罪となるもの(買収罪,利益誘導罪など),第2は,たんに選挙の適正な執行の見地からの取締り法令に違反したために犯罪となるもの(たとえば,ポスター,演説会,戸別訪問の禁止など)に分かれる。また,近年当選人と一定の関係にある者の悪質な選挙違反によって当選人の当選を無効とする連座制が強化されたことを述べておこう(251条の2,3,4)。
→選挙 →投票
執筆者:吉田 善明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の首長、地方議会議員の四つの公職について定数や選挙方法などを定めた法律(昭和25年法律第100号)。衆議院議員選挙法や地方自治法などでばらばらであった選挙法制を、憲法の理念に基づき、1950年(昭和25)に統一した基本法である。所管官庁は総務省。公職就任者を公明・適正に選び、民主政治の健全な発達を期す目的がある。中央選挙管理会、選挙権、被選挙権、議員定数、選挙区、選挙人名簿、選挙手続(公示・告示、期日、投・開票など)、政党や政治団体の要件、選挙争訟、選挙運動、罰則などについて規定。長く20歳以上の日本国民(地方公共団体の長・議員選挙では3か月以上の居住が必要)としてきた選挙権を2016年(平成28)6月から18歳以上に引き下げ、諸外国と足並みをそろえた。被選挙権については参議院議員と都道府県知事は30歳以上、その他は25歳以上の日本国民と規定。(1)禁錮(きんこ)以上の刑に処せられ執行中の者、(2)収賄罪などで刑に処せられて5年未満の者、(3)選挙犯罪で禁錮以上の刑に処せられ執行猶予中の者、は選挙権、被選挙権ともに保有できない。1982年(昭和57)から参議院議員選挙に拘束名簿式比例代表制を導入し、1994年(平成6)から衆議院議員選挙を小選挙区比例代表並立制に改め、政党選挙化が進んだ。
公職選挙法は時代にあわせて改正を繰り返してきた。選挙の公平性や平等性を保つため一貫して戸別訪問や飲食物の提供などを禁止・制限する一方、死亡や転居しない限りいったん登録すると効力をもち続ける永久選挙人名簿制度を確立(1966年)し、たびたび連座制を強化(1952、1962、1975、1981、1994年など)した。投票機会を広く提供し低迷する投票率を改善するため不在者投票(1975年)、在外投票(2000年)、期日前投票(2003年)制度の整備・拡充、投票時間の延長(1998年)などの措置がとられ、公約を明確に示すマニフェスト配布も解禁(2003年)された。交通の便の向上で選挙運動期間が短縮(1983年)され、テレビ政権放送の実施(1969年)や記号式投票の規制整備(1970年)が進んだ。過疎地の議員や首長のなり手不足に対応し、都道府県議会議員・市議会議員(1992年)や町村長・町村議会議員(2020年)の街宣車や選挙運動用ビラ・ポスターの費用を公費負担する選挙の公営化も進んだ。ただ人口変動にもかかわらず、衆参両院議員の選挙区・定数が手つかずのまま放置され、1票の価値に著しい不均衡を生じ、最高裁判所は1976年以降「違憲」「違憲状態」との判決を何度も出している。国会はその都度、公職選挙法を改正し選挙区の定数を調整しているが、抜本的是正にはほど遠く、後手に回っている。インターネットを利用した選挙運動は2013年に解禁されたが、ネット選挙の解禁論議は10年以上の時間を費やし、日本の選挙制度は急速な情報技術の進展から大きく後れをとっているのが実態である。
[矢野 武 2020年11月13日]
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(金谷俊秀 ライター / 2013年)
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…近年では候補者や政党のシンボル・マークを作成したり,候補者が街頭で握手戦術を行うなどカラフルで新しい選挙戦のスタイルが定着している。
[公職選挙法における選挙運動の規制]
公職選挙法では選挙運動と政治活動は区別されている。選挙運動とは特定の選挙につき特定の候補者を当選させるために投票を得,または得させるために必要かつ有利な行為であると解釈されている。…
…選挙の自由・公正を害するかまたは害するおそれがあるものとして公職選挙法によって刑罰の対象とされている行為。このような行為を行うことを選挙違反ともいう。…
※「公職選挙法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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