翻訳|accelerator
電子や陽子などの粒子を光速近くまで加速させる装置で、宇宙誕生時の高エネルギー状態を再現する。欧州合同原子核研究所の円形加速器(LHC、全周27キロ)は2012年に万物に重さを与えるヒッグス粒子の存在を確かめた。各地で計画される次世代の加速器はこの粒子をたくさん作り出し、性質を解明する「ヒッグスファクトリー」の役割が期待されている。
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電子・陽子、あるいは種々の原子・分子のイオンを加速して、これに高い運動エネルギーを与える装置。電子銃、X線管など加速エネルギーの低い装置は、加速器とはよばない。原子核反応をおこさせうるエネルギー、すなわち数十万電子ボルト以上の運動エネルギーを荷電粒子に与える装置と考えるのが妥当であろう。
[西村奎吾]
1900年の初め、E・ラザフォードとその弟子たちは、放射性物質であるラジウムより放射されるα(アルファ)粒子(ヘリウム原子イオン)を金属薄膜に照射し、原子の中心の非常に小さな体積に原子の質量が集中していることを発見した。これは人類が原子核の存在を直接観測した最初の実験であった。ラザフォードたちは、ラジウムのα粒子を用いてさらに原子核の研究を試みたが、放射性物質からの放射線は、放射される方向がばらばらで、強度も小さく、またそのエネルギーは変えられないという、原子核の構造を調べる手段としてはきわめて不満足なものであった。原子核の構造を調べ、原子核を構成する粒子の相互作用を研究するためには、方向のそろった強度の大きい、そして希望するエネルギーの放射線ビームが得られる装置、すなわち加速器の開発が不可欠であった。
真空中で電位差Vボルトの2枚の電極の間に置かれた電荷Qの荷電粒子は、電極間の電場で加速され、電位差Vと電荷Qに比例する運動エネルギーを得る(電子の電荷eと等しい電荷をもった荷電粒子が1ボルトの電位差の電場で加速されて得るエネルギーを1電子ボルトという)。したがって初期の課題は、安定な、高い加速電圧を得ることであった。雷の電気を利用するなどの試みもあったが、原子核の研究に用いられた最初の加速器は、ラザフォードの弟子コッククロフトとE・T・S・ウォルトンによって開発された多段倍電圧整流型(コッククロフト‐ウォルトン型)加速器であった( )。1932年コッククロフトとウォルトンは、この装置で加速した40万~60万電子ボルトの陽子ビームを用いて、世界で初めて原子核の人工変換の実験に成功した。一方、バン・ド・グラーフは1931年、絶縁ベルトを用いて電荷を電極に運び高電圧を発生させる静電型加速器(バン・ド・グラーフ加速器)を考案した( )。電極の絶縁耐圧の限界がこれら直流型加速器のエネルギー上限となる。これに対して交流電圧の位相にあわせて繰り返し加速すれば、低い電圧で高いエネルギーにまで加速することが可能である。ビデレーRolf Wideröe(1902―1996)は1928年、高周波電圧をかけた円筒形電極を並べた2段加速の線形加速器の開発に成功し、E・O・ローレンスとリビングストンMilton Stanley Livingston(1905―1986)は1932年、一様な磁場内で円運動を行う荷電粒子を、高周波電圧を用いて繰り返し加速するサイクロトロンを発表した。ビデレーはまた1928年、交流磁場の周期的変化による電磁誘導電場を用いて電子を加速するベータトロンの原理を発表した。
[西村奎吾]
これらの加速器は、原子核研究の強い要求に支えられて各地で開発・建設され急速に発展していった。
直流型加速器では、高絶縁耐圧のガスを詰めたタンクに装置を入れることによって、放電による加速電圧の限界が高められた。さらに負電荷のイオンをプラス電極に向けて加速したのち、正電荷のイオンに変換して、ふたたび同じ電圧で加速し、電極電圧の倍のエネルギーを得るタンデム型加速器が開発された。
通常型サイクロトロンは、質量一定の荷電粒子の一様な磁場の中での円運動周期がその運動エネルギーによらず一定であることを利用し、荷電粒子を固定周波数の高周波電圧により繰り返し加速する装置である。しかし、加速され粒子のエネルギーが高くなると、相対論的効果により粒子の質量が増加し、円運動の周期はしだいに長くなる。このため、通常型サイクロトロンでは、加速電圧と荷電粒子の円運動周期の位相のずれがしだいに大きくなり、やがて加速できなくなってしまう。
シンクロサイクロトロン(FMサイクロトロン)では、加速による粒子の質量増加に対応して加速高周波電圧の周波数を下げることにより、加速粒子と加速高周波電圧の位相を同期させ加速を続ける。これにより通常型サイクロトロンのエネルギー限界は取り払われる。
しかしシンクロサイクロトロンでは加速されたイオンは周波数変調の周期ごとに取り出されるので、時間的に一様なビームではなくパルス・ビームとなり、時間平均したビーム強度は通常型サイクロトロンの100分の1程度となり、またパルス・ビームのためその利用は制限される。
これに対しAVFサイクロトロンでは、磁極に扇状の高低を付けることによって強い収束性をもたせるとともに、軌道半径に伴い実質的に強くなる磁場をつくり出し、固定周波数の高周波電圧で加速する。これによりエネルギーの増加に伴う軌道半径の増加が抑えられ、通常型サイクロトロンのエネルギー上限を超えて、時間的に一様で収束性に優れたイオン・ビームが得られるようになる。現在では、すべてのサイクロトロンはAVF型である。
また、荷電粒子の軌道に沿ってリング状に並べた磁石の磁場強度を荷電粒子のエネルギーの増加とともに強め、荷電粒子のエネルギー量にかかわらず粒子の軌道を一定に保つシンクロトロンの考案は、高エネルギー加速器の建設費用を大幅に下げることを可能にした。このようにして、建設費と土地の問題を除けば、加速器のエネルギーの上限は原理的にはなくなったと考えられる。
[西村奎吾]
現在実用化されている加速器はフィラメントからの熱電子を照射してガスをイオン化する、あるいは高周波放電によって気体をイオン化するなどいろいろな方式がある。またタンデム型加速器などの負イオン源では荷電交換反応などが利用される。重イオン(重い原子のイオン)加速器などでは、いかに効率よく大電流のイオンビームを安定的に発生させるかが加速器開発の重要な課題となっている。さらにスピン偏極したイオンビームを発生させる偏極イオン源など特殊なイオン源も開発されている。加速される荷電粒子が残留ガス分子とのクーロン相互作用によってエネルギーを失うことを避けるために、加速器には高い真空度が要求される。真空技術の進歩が加速器開発を支えてきたといっても過言ではない。とくに多価の電荷をもつ重イオンの場合には、残留ガスとのクーロン相互作用の影響は重要で、高エネルギー重イオン加速のためのシンクロトロンなどでは10-10トル(~10-8パスカル)以上の高真空度が要求される。また加速中に荷電粒子の流れ(ビーム)が広がり発散してしまわないために、ビームの収束性を保つことも加速器の重要な要件である。
のように、いずれも電磁的相互作用を利用して荷電粒子を加速するものであり、加速する粒子をイオン化するイオン源あるいは電子銃(電子加速器の場合)を必要とする。イオン源には高温に熱せられた(1)直流電場加速 直流高電圧を発生させ、これによって荷電粒子を加速するもので、交流電圧を変圧器を用いて昇圧、さらに多段倍電圧整流によって高電圧を得るもの(コッククロフト‐ウォルトン型)と、絶縁された電極に絶縁ベルトを用いて電荷を運び、電極の電圧を昇圧する静電型(バン・ド・グラーフ型)がある。前者は構造が簡単で容易に大電流が得られるが、多段倍電圧整流のため電圧変動(リップル)が大きく、加速粒子のエネルギー幅が大きくなる。一方、静電型ではベルトで電荷を運んで昇圧しているので、コッククロフト‐ウォルトン型に比べると得られるイオン電流は少ないが、放電ギャップなどの簡単な電圧安定化装置によって加速粒子のエネルギーの変動幅をきわめて小さく保つことが可能で、加速電圧、つまり粒子のエネルギーを変えることも容易である。アース電位よりプラス電位の高電圧電極に向けて負イオンを加速し、高電圧電極内でイオンの外殻電子をはぎとって正イオンとして、プラス電極よりアース電極に向けふたたび加速するタンデム型バン・ド・グラーフ加速器では、高電圧電極電圧の倍のエネルギーに加速することができる( )。
(2)交流電場加速 (1)の型の加速器では発生させた高電圧によって粒子のエネルギーが決定され、電極の絶縁耐圧によって加速エネルギーが制限される。これに対し交流電場を用い、交流の位相にあわせて繰り返し加速することによって比較的低い電圧で高いエネルギーにまで粒子を加速しようというのが、交流電場加速のアイデアである。磁場を用いずに電極を直線的に配置し、これらの電極に交互に交流電圧をかけて次々に加速する線形加速器と、磁場を用いて加速粒子を回転軌道に沿って走らせて、同じ加速電場で繰り返し加速する円形加速器がある。
のように線形加速器では、荷電粒子が電極内を通過して次の電極との間隙(かんげき)に現れるまでの時間が、電極に加えられる高周波電圧の位相の180度進む時間に等しくなるように、電極の長さが調整されている。したがって電極間の電場で加速された粒子が電極内を通過して次の電極間に現れたとき、電極間の電圧はふたたび加速の位相になっており、粒子は電極間の電圧によって加速されていくのである。陽子あるいは重いイオンの場合には、加速されるにしたがって粒子の速度が速くなるので、電極の長さをそれにあわせて次々に長くしなければならない。しかし電子線型加速器では電子の質量がきわめて小さく、十分低いエネルギーでほとんど光速に達してしまうので、電極構造は単純になり、円筒内を進行波として進むマイクロ波によって加速される。
円形加速器は、直流磁場を用いるものと交流磁場を用いるものとに分けられる。一様な磁場中で荷電粒子は円運動を行うが、非相対論的近似では円運動の周期は粒子のエネルギーによらず一定である。サイクロトロンではこの性質を利用し、一様な磁場内で円運動をする荷電粒子を円運動の中心を挟んで相対する2枚の電極に印加した一定周波数の高周波電圧によって繰り返し加速する(
)。電極の間に置かれたイオン源から高周波電圧によって引き出された荷電粒子は、磁場によって曲げられ半円を描いて電極内を通過し、ふたたび電極の間に顔を出す。この間に高周波電圧の位相が180度進むように高周波の周波数を選んでおけば、荷電粒子はエネルギーの増加とともにしだいに軌道半径を大きくしながら繰り返し加速され、エネルギーを高めていくのである。粒子の運動エネルギーが高くなると相対論的効果により粒子の質量が増加し、回転の周期はしだいに長くなる。このため高周波電圧の位相と粒子が加速電極の間隙に現れるタイミングにずれが生じ、やがてまったく加速されなくなってしまう。サイクロトロン加速のエネルギー上限は加速高周波の電圧にも依存するが、陽子に対して約2500万電子ボルトである。相対論的効果によるサイクロトロンの加速エネルギーの上限を超えるためには、二つの方法が考えられる。一つはエネルギーが増加し粒子の円運動周期が長くなるに伴って加速高周波の周波数を下げていく、すなわち加速高周波を周波数変調して粒子が電極間隙に現れるタイミングと高周波加速電圧の同期をとる方法である。シンクロサイクロトロンでは、加速高周波電圧の周波数変調によって加速粒子と加速電圧位相の同期をとっている。シンクロサイクロトロンはFM(Frequency Modulated)サイクロトロンともよばれる。この方法でサイクロトロンのエネルギー上限を超える高いエネルギーにまで粒子を加速することが可能であるが、周波数変調の1周期ごとに1回の加速粒子ビームを得ることになるので、時間平均したビーム強度はサイクロトロンの100分の1程度となる。一方サイクロトロンの磁場を中心より外に向かってしだいに強くなるようにすれば、粒子のエネルギー増加に伴う軌道半径の増大は抑えられ、粒子の質量の増加による回転周期の遅れをなくすことができる。しかし中心から外に向かって強くなる磁場は、回転軌道を走る荷電粒子に対して上下方向に発散する力を及ぼすので、ビームはしだいに広がり消滅してしまうことになる。AVF(Azimuthally Varying Field)サイクロトロンは、磁極に扇形の山と谷をもつ電磁石により、粒子の運動方向に磁場の強い部分と弱い部分をつくり、これによって加速粒子に対して強い収束作用をもたせ、しかも外に向かって実効的に強くなる磁場をつくった加速器である。AVFサイクロトロンは通常型サイクロトロンのエネルギーの上限を克服できるだけでなく、その強い収束作用によってビームのエネルギー幅、安定度、強度などにおいて非常に優れた性能をもつ加速器である。このため最近ではサイクロトロンのほとんどがAVF型となっている。AVFサイクロトロンはSF(Sector Focus)サイクロトロン、あるいは提案者の名前をとってトーマス・サイクロトロンともよばれる。原理的にはAVFサイクロトロンと同じであるが、リング状に並べた扇形の磁石の間に、ある程度のエネルギーにまで加速した(前段加速という)荷電粒子を入射し、磁石の間に置かれた高周波電極を用いて加速するリング・サイクロトロン(Separated Sectorサイクロトロン)は、高いエネルギーの加速器の場合にはAVFサイクロトロンより建設費を低く抑えることができる。さらにリング状に並べた磁石を交流励磁して、加速粒子のエネルギーの増加にかかわらず粒子の軌道を一定に保つようにすれば、必要な磁場は粒子の軌道に沿った狭い範囲に限られ、加速器の建設材料費を切り下げることができる。交流励磁の小型磁石をリング状に並べ、これによって粒子の軌道を一定に保ちながら加速する加速器がシンクロトロンである(電子シンクロトロンの加速高周波電圧は周波数固定である。
)。シンクロトロンでは運動エネルギーのきわめて低い状態から粒子を加速することはできないので線形加速器、バン・ド・グラーフあるいはサイクロトロンなどの加速器で、ある程度のエネルギーにまで加速した粒子を入射して加速することになる。粒子の速度が運動エネルギーとともに上昇する非相対論的状態では、粒子のエネルギーの増加に伴って磁場の励磁電流とともに周波数を高くする周波数変調の高周波電圧で加速することが必要であるが、粒子の速度が光速に近づけば加速による速度の増加はほとんど無視できるようになり、固定周波数の加速電圧で加速を続けることが可能になる。電子の場合には比較的低いエネルギーでほとんど光速になってしまうので、(3)交流磁場加速 交流磁場の磁束密度の時間的変化によって生ずる電場により荷電粒子を加速するもので、電子を加速するベータトロンはこの型の唯一の加速器である(
)。(4)多段加速器 前述のシンクロトロンでは荷電粒子をエネルギーの低い状態から最高エネルギーまで一気に加速しようとすると、軌道を一定に保持するために磁場の可変範囲を大きくすることが必要になり、技術的に製作が困難になる。このため、バン・ド・グラーフなどの前段加速器によって適当なエネルギーにまで加速してからシンクロトロンに入射するが、非常に高いエネルギーにまで加速するには1段のシンクロトロンで一気に加速するよりもシンクロトロン自体を何段にも分け、適当なエネルギーにまで高めては次の段のシンクロトロンに入射加速する多段加速器が有利になる。
(5)貯蔵リング(Storage Ring)と衝突ビーム型装置(collider) 加速器から引き出された荷電粒子ビームを、静止している標的粒子に衝突させたとき、反応に使われるエネルギーは照射粒子と標的粒子の重心系のエネルギーで、残りは衝突後の粒子の運動エネルギーになる。粒子のエネルギーが高くなると相対論的効果による質量増加のために、反応に使われる重心系のエネルギーは加速粒子の実験室系エネルギーの平方根に比例してしか増加しない。しかし加速粒子どうしを正面衝突させれば、加速粒子のエネルギーのすべてが反応に使われることになる。磁石をリング状に並べた貯蔵リングとよばれる装置に高エネルギーの加速器から引き出された荷電粒子を入射貯蔵し、これに加速器から引き出された荷電粒子を正面衝突させ反応をおこさせるのが貯蔵リング・衝突ビーム型装置である( )。貯蔵リングには、加速器から取り出した荷電粒子だけでなく、荷電粒子を標的に照射して生成された陽電子や反陽子なども入射貯蔵できるので、このような装置を用いて電子・陽電子衝突、陽子・反陽子衝突などの実験も行うことができる。
[西村奎吾]
加速器を用いる研究は物質の構造に関する多くの謎(なぞ)を解き明かしてきた。そして研究の発展は、より深く物質の内部に入り込んでいくために、より高いエネルギーを要求している。こうして次々に、より高いエネルギーの加速器が開発されてきた。現在働いている、あるいは近い将来働きだす予定の巨大加速器は、その占める面積が数平方キロメートルないし数十平方キロメートル、建設費は数億ドルから数百億ドルと、一国で建設維持しうる限度に達している。1987年アメリカのレーガン大統領の決断によって建設を開始したアメリカの巨大加速器SSC(Superconducting Super Collider)計画は40テラ電子ボルト(TeV)=40000ギガ電子ボルト(GeV)陽子―陽子衝突型装置であったが、当初59億ドルと見積もられていた建設費が100億ドルを超えると想定されるに至り、ついに1993年アメリカ議会で否決され、建設なかばで中止に追い込まれることになった。20億ドルを超える予算が費やされ、研究所が設立され2000人を超える物理学者や多数の技術者を巻き込んだ計画の中止は、アメリカのみならず世界各国にも衝撃を与える事件であった。SSC計画挫折後のエネルギー・フロンティアとしてヨーロッパ原子核研究機構(CERN:European Organization for Nuclear Research)が建設した15TeV(テラ電子ボルト)陽子―陽子衝突型加速器LHC(Large Hadron Collider)は2008年に稼動開始、2012年にアトラス(ATLAS:A Toroidal LHC ApparatuS)実験グループによりヒッグス(と思われる)粒子が発見された。日本ではリニアック(400MeV)・シンクロトロン(3GeV)・シンクロトロン(50GeV)の3台で構成される大強度陽子加速器研究施設J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)が建設され、LHCで発見されたヒッグス(と思われる)粒子の検証、詳細解明の作業が進められている。また、独立のリングに蓄積した8ギガ電子ボルトの電子と3.5ギガ電子ボルトの陽電子を衝突させて素粒子実験を行うKEK-Bファクトリーの計画も進行している。さらにLHC実験結果を補完することに期待のかかる「国際リニアコライダー(ILC)」と「コンパクト・リニアコライダー(CLIC)」の直線型粒子加速器建設計画が「リニアコライダー・コラボレーション(LCC)」に統合され、国際素粒子物理プロジェクトとして進行中である。一方、より小型で効率のよい加速方法を求める努力もさまざまに試みられている。高密度の電子の雲によって陽子や重イオンを捕獲して加速する電子リング加速のアイデアが、1956年にベクスラーVladimir I. Veksler(1907―1966)によって提案され各地で研究されているほか、レーザーを用いる加速器、電子よりも質量の大きなμ(ミュー)中間子を加速することによって電子加速器の場合に深刻な問題になるシンクロトロン放射の問題を避けようというμ+μ-コライダー(衝突型加速器)などのアイデアも提案されているが、実用の段階に達しているものはない。
より高いエネルギーによって、より深く物質の構造を極めようとするエネルギー・フロンティアとともに、より低いエネルギー領域の精密な、また多様な系統的研究のために多くのタンデム型バン・ド・グラーフやAVFサイクロトロン、あるいはリング・サイクロトロンが世界各地で建設されている。また非常に重い原子イオンを高エネルギーに加速衝突させ、核物質の高密度状態を研究するための高エネルギー重イオン加速器の計画も進められている。
一方、加速器の原子核・素粒子以外の基礎科学分野への応用や、工業的・医学的利用も注目を集めている。高エネルギー重イオンビームを照射して結晶に重元素を注入する技術は半導体工業などで定着した手段となっており、また高エネルギー重イオンビームや高エネルギーイオンによってつくられる中間子ビームを癌(がん)の治療に使うなど、医学的利用も加速器の重要な応用分野となっている。しかし近年とくに関心をもたれているのは高エネルギー電子によるシンクロトロン放射の利用である。
高エネルギー荷電粒子が円軌道を描くとき、軌道の法線方向にシンクロトロン放射とよばれる光(放射光)が放射される。高エネルギー円形加速器では、シンクロトロン放射による加速粒子のエネルギー損失の問題は深刻で、とくに電子円形加速器ではシンクロトロン放射による加速限界も論じられている。しかし高エネルギー電子によるシンクロトロン放射は真空紫外線からX線領域にわたる広い波長範囲の比類のない強力な光源として注目され、世界各国でこれを利用するための施設(放射光施設、フォトン・ファクトリー)が建設されている。
[西村奎吾]
『M・S・リビングストン著、山口嘉夫・山田作衛訳『加速器の歴史』(1973・みすず書房)』▽『亀井亨・木原元央著『加速器科学』パリティ物理学コース(1996・丸善)』
加速装置ともいう。荷電粒子を電磁場による力で加速し,その運動エネルギーを大きくする装置。加速される荷電粒子は,電子,陽子,重陽子,α粒子,各種重イオンであり,特殊なものとして陽電子,反陽子がある。加速器は本来原子核や素粒子物理の実験に必要な道具として考え出された。量子力学によれば,粒子は波動性を有し,その波長は運動量に逆比例して短くなる。一般に,物体に波をぶつけ,その反射,回折などから物体の形状や内部構造を観察するためには,波の波長が物体の広がりに比べ十分に小さくなければならない。すなわち原子核や素粒子のような極微の世界を見るためには,非常に高いエネルギーの粒子線が必要となる。一方,素粒子の領域ではエネルギーの物質への転換によって新しい粒子がつくり出される。このような素粒子反応は高エネルギー粒子を標的粒子に衝突させて行う。
歴史的に加速器開発が始まるきっかけとなったのは,ラジウムの自然崩壊で生ずる5×106~8×106eVのα粒子を使ったE.ラザフォードによる窒素原子核の人工変換(1919)や,J.チャドウィックによる中性子の発見(1932)である。原子核をさらに詳しく調べるため,このような自然放射線源の限界を超え,強力かつエネルギー可変の粒子線発生装置が必要となった。これに対し,まずJ.コッククロフトとE.ウォルトンが考案した静電加速器(コッククロフト型加速器。コッククロフト=ウォルトンの装置ともいう)が実用化され,1932年にはこの装置で加速した陽子を用い,初めての人工的に加速した粒子による原子核破壊の実験に成功した(コッククロフト=ウォルトンの実験と呼ばれる)。45年ごろまでにはこのほか,バン・デ・グラーフ型加速器(1931),サイクロトロン(1930),線形加速器(1931ころ),ベータトロン(1940),シンクロトロン(1945)などの各種の加速器が考案され,これらが今日の加速器の基礎となったが,著しい進歩をもたらしたのは第2次世界大戦後急速に発達した電波工学,エレクトロニクス,真空技術,材料工学などである。加速器のエネルギーは6~7年に約10倍の割合で大きくなっており,シンクロサイクロトロンによってπ中間子が実験室で人工的に創生(1948)されて以来,大加速器を用いての新しい素粒子の発見が相次いでいる。現在世界最大級の加速器は,エンリコ・フェルミ研究所(アメリカ)とCERN(セルン)(スイス)にある。
日本で加速器を用いての研究が行われるようになったのは1934年からで,同年,台北大学および大阪大学にコッククロフト型が設置されたのをはじめ,37年には大阪大学と理化学研究所でサイクロトロンが完成している。現在,日本における最大の加速器は,高エネルギー物理学研究所(筑波)の〈トリスタン〉と呼ばれる電子・陽電子衝突型加速器である。
なお,自然の高エネルギー粒子線源として宇宙線があるが,強度や制御性の点で加速器がはるかにすぐれているため,宇宙線が原子核や素粒子の研究に用いられるのは,加速器では到達し得ない超高エネルギーの領域である(宇宙線)。
近年,加速器は原子核や素粒子以外の分野でも有力な研究手段として活用されるようになってきた。粒子線回折による物質構造の研究,高分子材料や原子炉材料の放射線効果の研究,腫瘍を診断,治療する医学研究などでは,加速器が強力なγ線,電子線,陽子線,中性子線などの発生装置として使われる。また電子シンクロトロンの中でビームが発するシンクロトロン放射光は,紫外線から硬X線の波長領域にわたる唯一の強力な光源であり,物質の構造解析や光化学反応の研究などに応用される。このほか,慣性核融合の研究には,レーザーと並び重イオン加速器が用いられる。
現在使われているおもな加速器は,その動作原理により,(1)静電場で加速する装置(静電加速器),(2)高周波電場で加速する装置(高周波加速器),(3)時間的に変化する磁場で加速する装置に分類することができる。
(1)静電加速器 相対する電極の間に強い静電場をかけ,一方に取り付けた粒子源から出る荷電粒子を,真空ダクトを通して他方の電極に向けて加速するもの。コッククロフト型加速器とバン・デ・グラーフ型加速器があり,静電高電圧の発生は,前者は変圧器,整流器,コンデンサーを組み合わせて,また後者はベルト起電機を利用して行っている。またバン・デ・グラーフ型には,高圧電極を中央に置いて両端をアース電極とし,陰イオンを一方のアース側から高圧電極に向かって加速した後,高圧電極で陰イオンの電子をはぎとって陽イオンに変え,これをもう一方のアース側に向かってさらに加速するタンデム型のものもある。静電加速器では,加速の最高エネルギーは発生できる高電圧と放電によって絶縁が破壊される限界で決まり,コッククロフト型加速器で2×106~4×106eV,タンデム型のバン・デ・グラーフ型加速器で107~2×107eVである。静電加速器は粒子を静止の状態から加速できるという特徴があり,高周波加速器などに入射する粒子も,最初は静電加速器によって加速する。
(2)高周波加速器 荷電粒子を,高周波電場のかかった加速間隙に何回も通して加速するもの。加速を有効に行うため,粒子がある加速間隙で加速された後,次の加速間隙に到達するまでの時間と,加速間隙にかける高周波電場の周波数について,粒子がつねに加速電場の一定位相のところで加速間隙を通過するようくふうする。加速間隙を直線状に並べ,粒子をまっすぐ走らせて加速するのが線形加速器であり,磁場を用いて粒子に円形の軌道をとらせ,軌道の途中に置いた加速間隙を繰り返し何回も通して加速するのがサイクロトロン,シンクロトロンなどの円形加速器である。円形軌道をつくるために,サイクロトロンでは一定強度の磁場を用いており,加速とともに粒子の軌道半径が大きくなる。一方,シンクロトロンでは,粒子の軌道半径がつねに一定となるよう加速とともに磁場を強くしている。線形加速器と円形加速器を組み合わせた構造の電子加速器もあり,これをマイクロトロンと呼んでいる。
(3)時間的に変化する磁場を利用した加速器としてはベータトロンがある。ベータトロンは電子専用で,電子に一定半径の円軌道をとらせる点では円形加速器の一種であるが,軌道の中に加速間隙をもたないことが特徴である。加速は,円軌道に囲まれた部分に加速用磁場をつくり,それを時間的に変化させて行う。すなわちファラデーの電磁誘導の法則により,軌道を回る電子は円軌道面を貫く全磁束の時間的増加の割合に応じた加速エネルギーを得る。
(2)および(3)に分類される時間的に変化する加速場を用いる加速器は,加速を小刻みに繰り返し行うので,静電加速器と異なり加速電圧による最高エネルギーの制限はない。しかし高いエネルギーまで加速しようとすると,粒子に長い距離を走らせなければならないので,途中でビーム,すなわち粒子の束が散らばらないよう収束する必要がある。これには幾何光学におけるレンズと同様の働きをする収束磁石や収束電極が用いられる。近年,超高真空技術やビーム収束技術の進歩によって,強力なビームを長時間一定エネルギーでシンクロトロンの中に蓄えておくことができるようになった。このような装置はストレージリングと呼ばれる。二つのストレージリングを互いに交差させたり,一つのストレージリングでも粒子と反粒子(例えば,電子と陽電子や陽子と反陽子)を同一軌道上で互いに反対向きに回すことにより,高エネルギーに加速された粒子どうしを十分に大きな頻度で衝突させることができる。この方法を用いると,従来の静止標的に加速粒子をぶつける場合に比べ格段に大きな衝突エネルギーが得られる。
→サイクロトロン →シンクロトロン →線形加速器 →ベータトロン
執筆者:木村 嘉孝
放射線の工業利用を目的とした加速器をいう。現在利用されているのは電子線を発生させる電子線加速器が大部分である。発生した電子線を物体に照射し,その化学作用や生物作用を工業的に利用している。陰極から発生させた電子を電場で加速して電子ビームとして取り出すものであるが,陰極の形態や加速電圧をどのような方式で得るかによって種々のタイプのものがある。従来106~3×106Vと加速電圧の高いものが利用されてきたが,最近105~3×105Vと比較的低電圧で加速するものも用途に応じて使われている。工業用加速器では,電子のエネルギーを決める加速電圧と合わせて放射される電子の数に対応する電流が重要である。電流値は照射プロセスの生産速度を決めるので,プロセスに応じた大きさが必要である。加速電圧と電流の積は電子線として放射される全エネルギーに相当するものであり,加速器の容量と呼ばれ,加速器の大きさの目安を表している。現在10~200kW程度のものが利用されている。加速器から放射される電子線の加速電圧が大きくなれば透過力が増す反面,照射物体に誘導放射能を生ずる可能性もあり,通常,工業用としては,この心配のない107V以下のものが使われている。
電子線加速器を使用した照射プロセスとしてもっとも広く行われているのは,電子線照射により線状高分子化合物間に橋架け結合をつくることである。例えば,ポリエチレンやポリ塩化ビニルは,安価で加工性がよく電線の被覆材として使われているが,耐熱性に劣るという欠点がある。これに電子線を照射して橋架け結合をつくると耐熱性が改良されるばかりでなく,耐摩耗性や難燃性も向上する。照射電線は航空機,自動車,電話交換機などに広く使用されている。ポリエチレンに電子線照射して橋架け結合をつくり,延伸すると,加熱によって収縮する性質を付与することができ,熱収縮性フィルムやチューブとして利用されている。また電子線照射による橋架け結合の生成は,自動車タイヤやポリエチレン発泡体の製造過程でも利用されている。
300kW以下の低エネルギー電子線加速器は表面塗装に利用されている。金属などへは,通常,塗料を塗布後,加熱により化学反応を誘起し硬化させる焼付け塗装を行うが,電子線で反応硬化(電子ビームキュアリングと呼ばれる)を行うことにより,塗料中の溶媒量を著しく減ずることができ,塗装表面の光沢や硬度も増大する効果がある。またフィルムや紙など熱に弱い基材にも塗装が可能となる。このほか,グラフト重合によるイオン交換膜の製造や手術糸,注射器など医療用具の滅菌などにも電子線照射が利用されている。
執筆者:石榑 顕吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
電子,陽子,重陽子,α粒子などの荷電粒子を電場によって加速する装置の総称.世界最大の加速器は,2008年の時点では,シカゴ近郊のFermi国立加速器研究所Tevatron(1 TeV 陽子シンクロトロン)である.このような最高エネルギーの加速器は,宇宙創生期“Big Bang”再現をめざしており,素粒子研究専用である.より低いエネルギーの加速器は,原子核や,化学,工学,生物学に関する基礎的研究から,産業や医療分野の応用まで広く用いられる.産業用としては,非破壊検査(X線転換),殺菌や高分子材料の強化を目的とする照射(X線,電子線)に,また医療の分野では,放射線治療(X線,電子線,陽子線,重イオンビーム)や診断(X線,[別用語参照]医療用加速器),放射性核種製造にも用いられる.軌道放射光施設は,赤外線から硬X線に至る広範囲の波長が強力な電磁波をシンクロトロンによって発生させる.加速器は,イオン源,または電子源と加速部分から構成される.加速電場の種類,作用のさせ方による加速器の分類.【Ⅰ】直流電場.電子加速用のベータトロンは例外で,磁束の時間的変化によって生じる誘起起電力を利用する.
(a)コッククロフト-ウォルトン(Cockcroft-Walton)加速器:電子,陽子用.多段整流回路によって高電圧を発生させる.加速エネルギー2~4 MeV.
(b)ヴァン・デ・グラーフ(van de Graaff)加速器:電子,陽子用.ゴムなどの絶縁体ベルトに放電により発生した正電荷をのせて,高圧絶縁性気体で満たした球形電極内に運んで高電圧を発生させる.金属ペレットを用いるタイプもある.エネルギー10~20 MeV.【Ⅱ】高周波電場.
(1)磁場なし:
(a)電子線形加速器;高周波電場をクライストロンにより供給する.近年,超伝導加速空洞が使われるようになり,最高エネルギーが上がった.最高エネルギー50 GeV 程度.さらに高エネルギー(500~750 GeV)のものが計画されている.
(b)陽子線形加速器;円筒状電極の長さを加速につれて長くして,陽子(イオン)の電極ギャップ通過と同期にする仕組みになっている.高周波電場は数十から200 MHz のものが多い.最高エネルギー1 GeV 程度.
(2)磁場あり:
(a)サイクロトロン;陽子,イオン用.2個のD型電極(中空)を水平に向かい合わせ,上下方向に磁場をかけ,中心部のイオン源で発生するイオンを高周波電場で加速する.最高エネルギーは陽子で25 MeV 程度.ヘリウム原子核で45 MeV 程度.
(b)シンクロサイクロトロン;原理的にはサイクロトロンで,加速により相対論的効果でイオンが重くなってギャップ通過時間間隔が長くなるので,高周波電場の周波数をかえて同期をとるタイプ.最高エネルギー1 GeV 程度まで.
(c)シンクロトロン;軌道半径一定の円形軌道上の加速管に偏向電磁石と集束用の4極電磁石を多数配置し,中間に配置された加速空洞に供給される高周波電場で加速する.直径数 km に及ぶ素粒子研究用の大型シンクロトロンでは超伝導加速空洞,超伝導電磁石が多用されている.陽子・重イオン用では電子の場合と異なり,加速により速度が変化するので高周波電場を変調する必要がある.最高エネルギーは,電子用で104 GeV(LEP-Ⅱ),陽子用で1 TeV(Tevatron)が実現されており,さらに7 TeV のもの(LHC)が欧州合同原子核研究機関で2008年から稼働している.静止標的のかわりに,反対方向に運動する加速粒子ビームを正面衝突させると,衝撃エネルギーを加速エネルギーの2倍に高めることができるので,最近の大型シンクロトロンは,すべて(ビーム)衝突型となっている.衝突型には,加速リング二本を必要とする同一粒子タイプと,加速リング一つの粒子-反粒子タイプがある.シンクロトロンでは,ビームはリング中に蓄積されているので,蓄積リング・ビーム衝突型(storage ring beam collider)と分類され,前出のLEPなどはすべてこのタイプである.しかし,リングタイプでは,シンクロトロン放射によるエネルギー損失のため,さらなる高エネルギー化が困難なため,電子-陽電子線形衝突型加速器が計画されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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