南極大陸を巡る海で、南大洋(なんたいよう)Southern Ocean、南氷洋ともいう。海洋学的に決まった境界はなく、便宜的に南緯55度以南の南極大陸までの海をさすか、南極収束線以南の海をさす。前者の定義による場合、面積は棚氷(たなごおり)縁までで約325万平方キロメートル、平均深度は約3700メートルである。全面積はこれにロス、フィルヒナーなどの棚氷海域が加算される。
[半澤正男・高野健三]
南極海は沿岸部を除き、おおよそ3000~4000メートルの深度をもち、太平洋・南極海盆(南東、南西に分かれる)、南インド洋海盆、大西洋・インド洋海盆はそれぞれ5000メートルぐらいの深度である。最深部はサウス・サンドイッチ諸島のすぐ東にあるメテオール海淵(かいえん)で、深度8200メートルである。南極大陸には、太平洋側のロス海、大西洋側のウェッデル海と二つの大きな海があり、ロス海内奥には幅800キロメートル、高さ30メートル以上のロス氷壁がある。
[半澤正男・高野健三]
南極海の海洋学的特徴は、南極大陸を巡って顕著な収束線と発散線があることで、いずれも海面水温の不連続を伴う。
(1)南極収束線 極前線帯ともいわれ、位置は大西洋とインド洋で南緯50度付近、太平洋で南緯60度付近である。南極海域と亜南極海域を区分する潮境(しおざかい)である。
(2)南極発散線 南極大陸沖をほぼ一周し、南極収束線の約1100キロメートル南にみられる。この位置は南半球の卓越風である西風と、大陸のごく近くの東から北寄りの風の境界付近にあたる。
(3)周南極海流 南極海を一周して流れる海流で、最強部は南極収束線付近にある。流速は約1ノット(秒速約0.5メートル)以下であるが、この海流は深い層にまで厚く及んでいるので流量は大きく、ドレーク海峡では毎秒2億立方メートル、黒潮やガルフストリームの流量をはるかにしのぐ。南極発散線のさらに南では西へ向かう東風皮流があり、ウェッデル海でもっとも発達し、南極半島にぶつかって時計回りの流れを形成する。南極収束線以南の海面水温は冬季は零下1.7℃以下、夏季は0℃前後であり、表面塩分は34psu程度であるが、融氷域では32psu程度になる。深層水のおもな形成域(表層から沈降する所)はウェッデル海であり、南極海の水塊構造は世界の海水の大循環を考えるうえで重要である。
[半澤正男・高野健三]
南極海に浮かぶ海氷(海水が凍ってできた氷で、氷山とは違う)の量は年によって変わるが、100万立方キロメートルを単位として、冬に0.03、夏に0.005くらいである。その面積は、100万平方キロメートルを単位として、冬に20、夏に2.5くらいである。したがって平均の厚さは、冬で1.5メートル、夏で2.0メートルとなり、冬のほうが薄い。南極海は北に広く開いているので、冬には氷が北へ広く薄く延びていくからである。南極海に比べ、まわりを陸に囲まれている北極海では、海氷は冬に広く広がれないので夏よりも厚くなる。
[半澤正男・高野健三]
陸上の大きな氷塊が海に落ちて浮かんでいるのが氷山である。南極海の氷山は巨大な卓状のものが多い。長さ200キロメートルに及ぶものが少なくない。
[半澤正男・高野健三]
外洋性堆積(たいせき)物は主として珪藻(けいそう)軟泥であるが、氷河性の粘土も含まれている。南極海の底質は約160万年前の赤粘土性のものから現在のものに変わっており、これは、南極大陸を巡る環流系が少なくとも160万年前から現在まで継続して存在していることの証(あかし)といえよう。
[半澤正男・高野健三]
『国立極地研究所編『南極科学館』(1990・古今書院)』▽『D・G・キャンベル著、笹野洋子訳『南極が語る地球物語』(1993・講談社)』▽『白川義員著『南極撮影・12万キロ』(1995・小学館)』▽『田辺裕監修『図説大百科世界の地理23 オセアニア・南極』(1997・朝倉書店)』
南大洋や南氷洋とも呼ばれ,南極大陸の周辺を取り巻く海洋。しかし国際水路局では大西洋,インド洋,太平洋を南へ延ばし,南極海の名称を与えていない。付属海にスコシア海,ウェッデル海,ベリングスハウゼン海,アムンゼン海,ロス海などがある。科学者は南極海を独立した海洋として研究の対象としているが,その北限には種々の説がある。南半球の各大陸の南端を結ぶとする説,ほぼ南緯35°~45°にある亜熱帯収束線とする説,南アメリカの先端や南極収束線にほぼ一致する南緯55°とする説などがある。南緯55°以南の海洋面積は約3200万km2,南緯40°以南では約7500万km2となる。南緯50°以南では水深3000m以深の海域が80%を占め,海嶺により,アフリカ南方の大西洋インド洋海盆(最深部5872m),オーストラリア南方の南インド洋海盆(最深部5458m),南東太平洋海盆(最深部6414m)の三つの大きな海盆に分かれる。さらにサウス・サンドウィッチ諸島の東側には全長1000kmにわたるサウス・サンドウィッチ海溝があり,最大水深8264m(メテオール海淵と呼ばれた)に達する。海底堆積物は南極大陸から流氷の北限付近までは陸生のものが多く,氷河で運ばれた礫や泥が氷山の融解や混濁流で堆積している。南極収束線の南北で水質が異なるため,南側にはおもにケイ質軟泥,北側にはおもに石灰質軟泥が堆積している。
ほぼ南緯40°以南の海水は,偏西風帯下にあって,西から東へ流れ,南極環流,周南極海流などといわれる。その流軸は南極収束線の位置にほぼ一致しているが,これらは必ずしも連続した環流ではなく,大小の渦流が連なった結果の時計回り環流で,今後研究が必要である。現在まで,その流量の推定値は0~2.5億m3/sと,研究者によって大きな違いが出ている。流路は海底地形の影響を受けて蛇行し,一部はインド洋やタスマン海に流入している。南極大陸の近くでは東から西へ吹く風のために西向きの弱い海流があり,南極環流との間に海洋前線(南極発散線)を形成するが,顕著なものではない。南極周辺では低温のため表層水も冷却され,結氷によって海水中の塩分が増え,密度が大きくなり大陸斜面に沿って海底へ沈む。これは南極底層水と呼ばれ,ウェッデル海をはじめとして,大陸周辺で生成されおもに大西洋の海底を北上し,インド洋,太平洋にも入る(海洋大循環)。南極海の東流する南極表層水は北向きの成分をもち,南極収束線で密度の小さい亜南極表層水と混合しつつその下に潜り込み,南極中層水を形成する。その深さは500~1000mである。北方へ広がる南極表層水を補うために,北方の深層部から上昇する周極深層水がある。その輸送量は約6000万m3/sであり,表層へ栄養塩を供給しプランクトンの繁殖に寄与している。南極海は3~4月から大陸周辺に海氷が発達し,9~10月には2000万km2に達する。海氷は場所によって異なるが南緯50°~60°まで発達する。海氷は風や海潮流によって沖合へ運ばれるとともに,離合集散をして氷丘や開水面をつくっている。夏には沿岸近くまで後退するが,場所によっては海岸から40~50kmまで定着氷が残ることがある。昭和基地のあるリュツォー・ホルム湾は夏でも海氷が残る年が多い。南極海の海氷,海流,水塊は相互に関連し全地球の気象に大きな影響を与えている。このため今後の研究の推進が計画されている。海氷域には南極大陸の氷河や棚氷から分離した氷山が点在する。大陸棚上には海底に着底したものも多い。棚氷から分離した氷山は表面の平坦な卓状氷山となり,氷厚は約300m,長さはときに200kmに及ぶものもある。最近の調査によると,南極海の氷山の数は20万~30万個以上,全質量は約9兆tと見積もられている。
南極収束線(南緯50°~60°)付近における海水はリン,窒素,ケイ素などの栄養塩が特に多く,南極海は世界の海洋中,最も生物相に富む。夏の日射量は中・低緯度と大差なく,ケイ藻類が繁殖する。これを捕食するオキアミなどの動物プランクトン,さらにこれらを捕食するクジラ類,アザラシ類,海鳥,魚などが一連の食物連鎖を形成している。ナンキョクオキアミの生態を中心とする,南極海海洋生態系および海洋生物資源に関する国際共同研究が1977年から10年計画で進められている。
執筆者:楠 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 (財)日本水路協会 海洋情報研究センター海の事典について 情報
…大洋は形も大きく,またおのおの独立した海流系をもつ。とくに注意すべきは南極海(南氷洋)で,地理的にみれば,太平洋,大西洋,インド洋の各一部にすぎないが,南極大陸をとりまく海として,このように名付けられている。海流も南極大陸をめぐって流れる東向きの周南極海流がある。…
※「南極海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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