改訂新版 世界大百科事典 「司法権の独立」の意味・わかりやすい解説
司法権の独立 (しほうけんのどくりつ)
裁判の厳格・公正を保つために司法権は他のあらゆる権力から独立していなければならないという原則で,権力者による恣意的な裁判や裁判に加えられる不当な圧力・干渉を排除するために,法による裁判の原則とともに近代国家において制度的に確立されたものである。国家統治の一部門としての司法部門が他の権力部門から分離・独立して自主的に活動するという原則(〈司法府の独立〉)を意味する場合と,裁判官が裁判にあたって法以外のなにものにも拘束されることなく独立してその職権を行使するという原則(〈裁判官の独立〉)を意味する場合とがあり,さらにこれらに〈裁判官の身分保障〉を加えた総合的内容を指すことも多い。
日本においては明治憲法の下に近代的司法制度が一応の確立をみ,そこでは司法権の独立も比較的よく確保されていたと評価されることが多い。しかし当時は司法行政権が司法大臣に掌握されていたことをはじめ,さまざまな点で司法権の独立はまだ不完全にしか実現されていなかったといえる。それに対して日本国憲法は司法権の独立を確保する制度を強化し,その完全な実現を目ざしている。すなわち76条3項は〈すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される〉と定めて裁判官の職権の独立を宣言し,それを実効あらしめるために78条は手厚い裁判官の身分保障を定めている。また全体としての裁判所機構を他の権力部門から分離・独立させるとともにその運用面で司法部門の自主性をできるだけ尊重する制度を採用している。具体的には行政機関による裁判官懲戒の禁止,最高裁判所による下級裁判所裁判官の指名制度,最高裁判所の規則制定権,最高裁判所を中心とする〈自主的な司法行政権〉などである。また財政法は裁判所の予算について特別の取扱いを認めている。
しかし司法権の独立は脅かされやすいものであり,このように整備された制度の下でもつねに警戒が必要である。とりわけその中核をなす裁判官の独立は司法府の独立が確保されていても,その司法行政の運用のしかたによっては司法内部の権力によって侵犯されたり脅かされたりすることもある点に注意する必要があろう。
→裁判官 →司法 →司法行政
執筆者:野中 俊彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報