民事訴訟事件については,その第一審および簡易裁判所を第一審とする事件の控訴審を,また,刑事訴訟事件については第一審を扱う裁判所で,下級裁判所のうち基本的な地位を占めている。家庭裁判所は地方裁判所と同格であるが,受け持つ事件が限定されている。簡易裁判所は地方裁判所の下位に位置づけられている。外国においても地方裁判所に相似する基本的第一審裁判所と特別目的の裁判所,略式裁判所の分化がみられ,日本の場合はむしろ地方裁判所の役割が大きく,分担関係が単純だといえる。
現在の地方裁判所は,1947年公布の裁判所法に基づき設置されている。明治期以来,同種の裁判所がその名称を府県裁判所(1872年の司法職務定制,ついで75年の大審院諸裁判所職制章程)→地方裁判所(1876年以後)→始審裁判所(1881年以後)→地方裁判所(1890年の裁判所構成法)と何度も変えてきたのであるが,いずれの名称もこの基本的下級裁判所の性格の一端をよく反映している。
現行裁判所法に基づく現在の地方裁判所は,旧裁判所構成法下の往時の地方裁判所に比し次の点に違いがある。すなわち,非訟事件や執行事件も現在の地方裁判所の管轄に含められているが,以前はこれらの事件が往時の地方裁判所の下位にあった区裁判所の管轄とされていた。その反面,かつての検事局は裁判所の系列外に分離されていたから,現在の地方裁判所の中には検察機構は入っていない。また,行政事件訴訟が司法裁判所の管轄とされるに至り,地方裁判所はその第一審としてこの面でも重要な役割を果たすことになった。
地方裁判所は,都府県庁所在の都市にその都市名を冠した名称で設置されており,管轄区域が都府県の行政区画に一致して定められている(例,東京都を管轄区域とする東京地方裁判所,岩手県を管轄区域とする盛岡地方裁判所)。ただし北海道には,札幌地方裁判所のほか,函館地方裁判所,旭川地方裁判所,釧路地方裁判所の計4地方裁判所が置かれている。なお地方裁判所の本庁とあわせ管轄区域内に支部が設けられて一定部分区域を受け持つことがあるが,法理上は内部分担のことにすぎず,本庁と支部が一体として一個の地方裁判所となる。
地方裁判所の裁判官は相応の数の判事および判事補から成り,そのうち原則として単独の判事が訴訟法上の裁判所を構成する。特別の事件のために地方裁判所で合議体の裁判所が構成されるときは,3人の裁判官によることになるが,そこに判事補は原則として1人しか加えることができない。地方裁判所内部の組織として部が置かれ,合議体を構成するに足りる数の判事または判事補が配属される。この部の名称は便宜的に,例えば民事一部あるいは第三民事部などとされている。そのほか,労働部,執行部,保全部(仮差押え,仮処分事件を受け持つ)など特定類型の事件のみを専門とするために作られた部も,とくに大きい地方裁判所にはみられることがある。
地方裁判所のその他の職員として,まず執行官は地方裁判所のみ特有の司法要員である。民事調停委員も実際には簡易裁判所でも活動することのほうが多いが身分としては地方裁判所所属である。裁判事務に必須の記録や手続調書の作成・管理を任務とする裁判所書記官は,各部あるいは個別の裁判官に付属して活動するものとされている。さらに補助的職務の要員として,裁判所調査官,裁判所技官,裁判所速記官,廷吏が任用されている。地方裁判所の庶務は事務局が掌理し,事務局長と裁判所事務官がこれにあてられる。
地方裁判所の裁判権(職分管轄,事物管轄)の要点は次のとおりである。民事では,一審裁判所として,簡易裁判所の管轄に属する少額の事件(訴訟の目的の価額が90万円を超えない事件)および特別に高等裁判所の権限とされる選挙訴訟事件などを除き,その他の一般の民事訴訟ならびに行政事件訴訟につき管轄が認められている。なお簡易裁判所の管轄とされる民事訴訟事件でも,裁判所の裁量あるいは当事者の選択しだいで,地方裁判所が審理・裁判することもありうる。行政事件訴訟の第一審は,地方裁判所でも本庁のみが審判できる。
地方裁判所は刑事訴訟においても原則として第一審裁判所であり,罰金以下の刑にあたる罪に係る訴訟を簡易裁判所が,内乱罪に係る訴訟を高等裁判所が管轄するほかは,すべての刑事事件が地方裁判所の管轄に属する。
さらに,地方裁判所は簡易裁判所が第一審として下した民事の判決に対する控訴審,同じく決定・命令に対する抗告審となる(ちなみに簡易裁判所の刑事裁判に対する上訴は高等裁判所が管轄を有する)。
そのほか,地方裁判所の管轄に属する手続として,民事執行手続,破産手続,会社更生手続,非訟事件手続,人身保護請求手続など本来の訴訟とはまた別に重要な意義の認められるいくつかの手続がある。
地方裁判所はまた最高裁判所の委任に基づいて裁判所規則を制定することができるし,裁判権の行使のほかに司法行政の権限も行使する。各地方裁判所は自己の職員を監督するほか,管内の簡易裁判所およびその職員を監督する権限も与えられている。地方裁判所がこの司法行政事務を行うについては,最高裁判所および管轄高等裁判所の監督に服する。司法行政事務の内容は,人事監督・管理・計理などいわゆる庶務のほかに,主要なものとして次の事項にわたる。管内簡易裁判所裁判官の職務代行を定めること,執行官の任免および執務の監督,裁判所書記官,裁判所速記官,裁判所事務官,裁判所技官,廷吏らの任免,司法修習生の実務修習,司法委員の選任などである。
地方裁判所においては,所属の判事全員で組織し,所長が議長となる裁判官会議が開かれる定めであり,規則の制定も司法行政も,この会議の議によって行われる。
→裁判所
執筆者:住吉 博
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原則的な第一審裁判所であり、下級審裁判所の代表的なもの。地方裁判所は、各都府県庁の所在地に、その都市名(東京都の場合には都区部名)を冠したものが置かれているほかに、北海道には、札幌(さっぽろ)、函館(はこだて)、旭川(あさひかわ)および釧路(くしろ)の各市にそれぞれの都市名を冠したものが置かれている(合計50か所)。最高裁判所は、地方裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、その地方裁判所の管轄区区域内に支部を設けることができる(裁判所法31条1項)。
地方裁判所の裁判官は、相当な員数の判事および判事補からなる(同法23条)。各地方裁判所の裁判官の員数は最高裁判所が定める。なお、地方裁判所には、1人の所長が置かれるが、これは判事のなかから最高裁判所により命じられる者であり(同法29条1項)、高等裁判所長官のように、判事と別の官名をもつ者ではない。判事は、裁判官として完全な職権を有するのに対して、判事補は、単独では裁判をすることができない(同法27条1項)、合議体の裁判長となることができない(同法27条2項)などという点において、職権に制限がある。なお、判事補の職権の特例等に関する法律(昭和23年法律第146号)によって、職権特例の指名を受けた判事補であれば、判事と同等の職権を有する。
各地方裁判所には民事部と刑事部が置かれ、各部には、合議体を構成するのに足りる数(3人)の判事または判事補が配置される(合議体に判事補は2人以上加われないため、判事は2人以上配置されることになる)。このほか、地方裁判所には、執行官が置かれ、民事調停委員が所属し、事務局が付置される。
地方裁判所の扱う事件には、次のものがある。(1)第一審の訴訟事件(訴額が140万円を超える請求および訴額の算定が困難な請求に関する民事事件、行政事件、内乱罪および罰金以下の刑にあたる罪にかかる訴訟以外の刑事事件)、(2)控訴事件および抗告事件(簡易裁判所の民事の判決に対する控訴事件およびその決定・命令に対する抗告事件)、(3)その他の事件(民事の強制執行手続、破産手続、会社更生手続など)である。
地方裁判所は、原則として、1人の裁判官による単独制、例外として、3人の裁判官による合議制によって、裁判実務を取り扱う(同法26条1項)。
[伊東俊明 2016年5月19日]
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「アメリカ合衆国連邦地方裁判所」のページをご覧ください。
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…それに応じて各国とも上位・下位の関係で何種類かの裁判所を設けている。日本では,最上位が最高裁判所,その下に高等裁判所,その下に同格分担の関係で地方裁判所と家庭裁判所があり,地方裁判所の下に簡易裁判所がある。地方裁判所と簡易裁判所は一面また分担の関係にあるともいえる。…
…現在では,行政事件訴訟法の定める手続により通常の司法裁判所が広く行政事件を処理するしくみになっている(〈行政訴訟〉の項参照)。なお,理論上は最高裁の系列下に地方裁判所などと並立する司法裁判所の一種として行政事件だけを専門とする裁判所を設置することも,そう定める法律が制定されれば可能である。同様の例として,すでに家庭裁判所という専門の裁判所が裁判所法に基づき設置されている。…
※「地方裁判所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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