山田隆也(読み)ヤマダ タカヤ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「山田隆也」の解説

山田 隆也
ヤマダ タカヤ


職業
俳優

本名
横川 唯治

別名
前名=山田 隆弥(ヤマダ タカヤ)

生年月日
明治23年 7月31日

出身地
埼玉県 比企郡唐子村

学歴
早稲田大学文科〔明治44年〕卒

経歴
文芸協会演劇研究所の一期研究生として卒業後は文芸協会へ。大正2年解散後は舞台協会創立。10年帝国劇場で上演した「出家とその弟子」に唯円役で出演。好評を博し全国主要都市で上演され、相手役の岡田嘉子との間にロマンスも生まれた。翌年日活向島と舞台協会の提携映画髑髏の舞」で岡田共演。愛欲の心理描写が話題となりこれを期に日活は女優採用の方向に動いた。日活と提携映画を6本作った後、14年舞台協会解散。同志座に加わり、東亜キネマとの提携映画「敵と女敵」に主演。昭和2年天台宗の宗教映画に主演後引退。11年宗教家・西田天香の一灯園に入り、のち理事となった。

没年月日
昭和53年 6月8日 (1978年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「山田隆也」の解説

山田 隆也
ヤマダ タカヤ

明治〜昭和期の俳優



生年
明治23(1890)年7月31日

没年
昭和53(1978)年6月8日

出身地
埼玉県比企郡唐子村

本名
横川 唯治

別名
前名=山田 隆弥(ヤマダ タカヤ)

学歴〔年〕
早稲田大学文科〔明治44年〕卒

経歴
文芸協会演劇研究所の一期研究生として卒業後は文芸協会へ。大正2年解散後は舞台協会を創立。10年帝国劇場で上演した「出家とその弟子」に唯円役で出演。好評を博し全国主要都市で上演され、相手役の岡田嘉子との間にロマンスも生まれた。翌年日活向島と舞台協会の提携映画「髑髏の舞」で岡田と共演。愛欲の心理描写が話題となりこれを期に日活は女優採用の方向に動いた。日活と提携映画を6本作った後、14年舞台協会解散。同志座に加わり、東亜キネマとの提携映画「敵と女敵」に主演。昭和2年天台宗の宗教映画に主演後引退。11年宗教家・西田天香の一燈園に入り、のち理事となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田隆也」の解説

山田隆也 やまだ-たかや

1890-1978 大正-昭和時代の舞台俳優。
明治23年7月31日生まれ。坪内逍遥(しょうよう)にまなび,文芸協会演劇研究所1期生となる。舞台協会を創立し,岡田嘉子と共演の「出家とその弟子」が評判をとる。映画,松竹家庭劇をへて昭和11年一灯園すわらじ劇園に参加した。昭和53年6月8日死去。87歳。埼玉県出身。本名は横川唯治。名は隆弥ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android