日本の公務員に対する年金制度の一種。主として第二次世界大戦終了までの旧軍人と、共済組合制度に移行する前に退職した文官の、本人および本人死亡後の遺族の生活保障として給付される年金または一時金であり、社会保障制度の一環とされる。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
1875年(明治8)の太政官達(だじょうかんたっし)「陸軍武官傷痍(しょうい)扶助及ヒ死亡ノ者祭粢(さいし)並ニ其(その)家族扶助概則」および「海軍退隠令」によって陸海軍人を対象として発足し、1884年には「官吏恩給令」によって文官にも支給されるようになった。別に学校教職員、警察官などに対する恩給制度も制定された。このように官吏の種類ごとに設けられてきたものを整理統合したのが、1923年(大正12)の「恩給法」であり、1933年(昭和8)の大改正をはじめとする数次の改正を経ながら、官吏の年金制度として特権的な役割を担ってきた。第二次世界大戦後、軍国主義体制の解体、民主化を求める占領政策のもとで、軍人などの恩給は停止されたが、対日講和条約発効後、1952年(昭和27)に「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が制定され、翌年には軍人恩給も復活した。文官については戦後も戦前の制度が適用されていたが、1956年に「公共企業体職員等共済組合法」、1958年に「国家公務員共済組合法」、1962年に「地方公務員等共済組合法」が制定されて、順次恩給法の適用外となり、共済組合制度に移行することとなった。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
現在支給されている恩給には年金と一時金がある。年金には普通恩給、傷病恩給、扶助料、傷病者遺族特別年金があり、前二者は本人、後二者は遺族に支給される。一時金には傷病賜金、一時恩給、一時扶助料がある。普通恩給は、公務員として一定年数(職種別に12~17年の幅がある)在職し、退職したときに支給される。傷病恩給には、公務傷病のため重度障害となった者に支給される増加恩給、重度障害に達しなかった者に支給される傷病年金などがある。
年金恩給受給者は、その性質上しだいに減少してはいるが、2020年度(令和2)末において19万2000人(うち旧軍人18万9000人)であり、恩給関係費は2020年度一般会計歳出の0.2%を占めている。共済制度と異なりその財源がほとんど国庫負担であること、第二次世界大戦中の旧植民地から事実上徴兵された人たちに適用されていないこと、近年の防衛意識増進の意向と結び付いて考慮されることが多いこと(換言すれば、社会保障制度の一環と認識されていないこと)などが問題点とされる。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
一定年限勤務して退職した公務員またはその遺族に対し,国庫または国の指定する団体が給付する一時金または年金。なお,封建社会における恩給については前項を参照されたい。日本の恩給制度は1875年の海軍退隠令,76年の陸軍恩給令に始まり,当初は軍人,官吏,教職員などに個別的に定められていたが,1923年公布の恩給法によって統一された。天皇制国家のもとでの軍人,官吏(第2次大戦後の国家・地方公務員を含む)の永年勤続に対する慈恵的特権的待遇として,本人またはその遺族に年金または一時金が支給され,その反面で国に対する無定量の服従義務の精神を培養する役割を果たしてきた。第2次大戦後の被占領体制下では軍人軍属およびその遺族に対する恩給は停止されたが独立後に回復された。恩給の対象外の政府職員を対象として戦前から設けられていた官業共済組合(1907年設立の帝国鉄道庁救済組合など)等は48年に旧国家公務員共済組合法にまとめられ,このうち国鉄,電電,専売の3公社を対象として56年に公共企業体職員等共済組合法が公布された。独立後に回復された恩給制度は,国家公務員が58年に,地方公務員が62年におのおの社会保険原理に基づく公務員共済制度に移行したので,その後も恩給法は存続しているものの新法移行時期までの退職公務員,旧軍人・軍属またはこれらの者の遺族に対する恩給給与の根拠法としての意味をもつにすぎない。
恩給は年金給付と一時金給付に大別され,年金給付には退職者に対する普通恩給,公務上の障害者に対する増加恩給,傷病年金,遺族に対する普通扶助料,公務関係扶助料,増加非公死扶助料,傷病者遺族特別年金がある。一時金として傷病賜金,一時恩給,一時扶助料が規定されている。恩給の受給権者は恩給法上の公務員およびその遺族であり,その具体的要件は一定期間の勤務(普通恩給の場合,文官,教育職員,待遇職員は17年,准士官以上の軍人は13年,下士官以下の軍人および警察監獄職員は12年)または公務傷病である。これらの事由が生じたとき受給権は当然に発生するが,現実に恩給を受けるためには総理府恩給局長の裁定に基づく恩給証書の交付を受けなければならない。
恩給は公務員の永年勤務に対する恩恵としての報償であり特権的待遇であって,天皇制下の官僚機構を維持するための人事管理制度の一環としての性格は,共済組合制度への移行後にもその影響を及ぼしている。例えば,(1)その年金給付額の算定方式(最終俸給額×在職期間による支給率)が示すように階層差別的人事管理を反映する,(2)例年の恩給額の物価スライド的引上げに伴う既裁定の共済年金額の引上げが実施され,恩給・共済両制度は関連性をもち続け,この受給平均額が厚生年金等他の公的年金よりも有利とみられる,(3)共済制度へ移行後の退職公務員であっても,その在職期間のうちの恩給期間(国家公務員の場合では1959年9月以前)については給付費の全額国庫負担制が存続している,などが問題点と考えられる。これらは法制度の沿革や年金制の成熟度によるものであるが,近年では官民年金格差として批判されている。しかし社会保障の先駆ともいうべき役割,スライド制導入をはじめ,公的年金の給付水準の引上げ,充実に貢献してきた役割は評価されよう。
→共済組合 →年金
執筆者:坂本 重雄
広くは主従関係において主人から従者に与えられる恩恵行為,あるいはその恩恵物をさすが,典型的には武家社会における双務的な封建的主従制における御恩をいう。それもとくに日本では鎌倉時代に発達した所領給与について言われることが多い。鎌倉幕府はその成立にあたって,御家人が以前からもっていた本領の権利を保障するとともに,新たに所領を恩賞として与えた。前者を安堵といい,後者を新恩という。これら安堵,新恩をあわせて恩給というが,時に新恩のみをさす場合もある。御恩を与えられた御家人は軍役を中心とする奉公を義務づけられ,その義務への違反行為に対しては,所領没収の処置がとられた。そうでなくても新恩の場合は,一方的意思で没収されることもあり,またその所領の自由な売買は制限された。したがって恩給を〈新恩〉においてみると,主人の権利が強く,従者の権利は弱い。しかし〈安堵〉においてみると,謀反,殺害などの重大な犯罪以外では没収されることはなく,売買,譲渡も自由であった。そこでは主人の恩給地への介入は制限され,主人と従者との関係は比較的対等なものであった。
このように,恩給が安堵か新恩かで主従関係のあり方が大きく左右されていたので,幕府政治の展開とともに,幕府は安堵地を新恩なみに扱い,幕府の力を強めようとした。すなわち売買を制限し,譲渡についてもさまざまな制限を加え,また御家人に対する罪科に対し,所領没収を何かにつけて規定した。こうした幕府の政策に対し,御家人は新恩地に安堵なみの権利を確保しようとした。将軍の代替りや所領の譲渡に際して,安堵を請求してこれを獲得し,幕府の所領没収については,被没収者一族に所領が再給与されるように働きかけ,そうした慣行が定着した。こうして新恩も安堵も比較的似た権利形態をもつようになって,恩給制度はその後の武家社会において展開してゆくことになる。
恩給の内容は所領以外にも,米や銭などの恩恵物や官職授与などの恩恵行為にまで広くみられるが,所領を中心とする恩給制度においては,それらは付随的なものであって,所領の恩給とくらべて一段と低いものとみなされたり,あるいはそれを補うものとみられていた。恩給に対する従者の奉公義務は,与えられる所領の標示量に比例して負った。例えば20町の地の恩給の場合は,その面積に応じて町別あるいは反別に公役が課され,その分の軍事的,経済的な義務が負わされた。室町時代末から土地を貫高や石高で標示することが行われるようになると,その貫高や石高に応じて軍事的,経済的な負担が義務づけられたのであった。
→御恩・奉公
執筆者:五味 文彦
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恩恵を施すこと。中世では,封建的主従関係のなかで奉公をねぎらい功労を賞するため,主人から従者に与えられる報償(恩)のうち,所領の給与をいうことが多い。鎌倉幕府の御家人に対する所領給与は,旧来の所領に対する権利を確認する本領安堵と,新たに所領所職を給与する新恩給与とに大別されるが,新恩だけを恩給という狭義の用法もあった。安堵された本領は私領,新恩として給付された所領は恩領として区別され,恩領の処分がきびしく制約されていたのに対し,私領の処分は原則的に自由だった。しかし幕府はしだいに私領も恩給として扱い,処分権を制約するようになった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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