所得に応じて個人に課される国税。消費税や法人税と並ぶ主要税目で、2022年度の税収は約22兆5千億円。会社員やパート、アルバイトの場合は、年間の給与や賞与などの収入額から必要経費に相当する「給与所得控除」などを差し引いて、課税対象となる所得を算出するのが一般的だ。自営業では売上高から経費を差し引いて所得を計算する。家族構成や働き方などに応じて配偶者控除や扶養控除、住宅ローン控除といった控除項目もある。所得税収の33・1%は自治体に配分する地方交付税の原資に充てている。
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広義には個人の所得に対する個人所得税のみならず、法人の所得に対する法人所得税も含めるが、日本では法人の所得に対する税は法人税とよんで区別し、また、個人の所得に対する税でも、地方税である住民税は含めず、国税としての所得税だけをさすのが普通である。
[林 正寿]
経済協力開発機構(OECD)の分類では所得、利潤および資本利得に対する税(分類項目1000)のもとで、個人に対する税(同1100)と法人税(同1200)とに分類する。2005年におけるOECD単純平均値では、税収総額に占める比率は個人所得税25%、法人所得税10%であり、先進諸国においては所得税が国税総額中に占める割合はきわめて高い。それらの租税総額に占める比率は比較的安定している一方、社会保障拠出金(同2000)の比率は、1965年には19%だったものが2005年には26%と上昇している。個人所得税と法人所得税の税収総額に占める比率は、日本がそれぞれ31.9%と25.4%、アメリカ67.5%と23.5%、イギリス38.7%と12.3%、ドイツ33.1%と5.0%、フランス18.9%と15.6%、イタリア43.2%と12.6%などとなっており、いずれの国においても税制の根幹をなしている。他の諸国と比較すると、日本は個人所得税の比率に相対的に法人所得税の比率が高いのが特徴である。
所得税はこのように広く各国で受け入れられているにもかかわらず、理論的にも実践的にも、いろいろむずかしい問題が付きまとっている。そのもっとも大きな問題が所得の定義に関するものであり、制限的所得概念と包括的所得概念の二つの考え方の対立がある。制限的所得概念は、所得を経済的利得のうちの利子・配当・地代・利潤・給与などのように反復的・継続的に生ずる実現した金銭的利得として限定的にとらえる。他方、包括的所得概念の典型的例は、純資産増加説とよばれるものであるが、所得をある一定期間中に生じた消費と純資産の増加額の合計として定義する。この定義によれば、一時的・偶発的・恩恵的なものも、現物給与のものも、未実現のものも、すべて所得とみなされる。したがって、宝くじの賞金、持ち家の帰属家賃、現物給与の報償、未実現の土地や有価証券などの資産価値の上昇分なども、すべて所得とみなされるのである。
所得税には、分類所得税と総合所得税の二つの類型がある。分類所得税は、所得をその源泉ないし性質に応じていくつかの種類に区分し、各所得の種類ごとに異なる控除や税率を適用して別々に課税する方式である。これに対して総合所得税は、すべての種類の所得を合計して一本化した累進税率を適用する方式である。日本の現行所得税制においては、所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得、雑所得の10種類に分けて各種類ごとに所得の計算法を定めているが、これは分類所得税の名残(なごり)である。しかし他方、すべての種類の所得額を合計したうえで一本化した累進税率を適用しているから、基本的には総合所得税であるといえる。
[林 正寿]
所得税が先進諸国の税制で重要な地位を占めるようになったのは、多数の納税者からきわめて大きな税収をあげることができること、納税者の負担能力にあわせてきめ細かな調整をすることが可能であるから重要な租税原則である公平の原則を満たすのに適していること、など多くの長所をもっているからである。
しかし他方、所得税の短所もしばしば問題にされる。その一つは、税務行政上の限界の問題であり、日本でしばしば、サラリーマン、自営業者、農家の所得捕捉(ほそく)率の割合として「10・5・3」とか「9・6・4」といわれるのは、所得捕捉率に関して一般納税者が抱いている疑問を表明したものである。源泉徴収の対象となる給与所得者はその所得の100%(あるいは90%)を税務当局により捕捉されるのに対して、所得捕捉の困難な種類の所得が存在するのは事実であり、所得税が理論的にいかに優れた税であっても、税務行政上すべての所得を公平に捕捉できないならば、この長所も大幅に割り引かざるをえない。検討されている納税者背番号制度は、所得捕捉率の格差から生ずる不公平感を緩和する点でも、有効な政策となることが期待されている。第二の問題点は、所得に実際に何を含めるかである。経済理論的に考察すれば、人々は所得と余暇の間に選択をする。1時間1000円の仕事よりは余暇を選択する人にとっては、1000円の所得よりは余暇の価値のほうが高いのである。しかし、所得税は、所得に対しては課されるが、余暇に対しては課税されないという点で、勤労により稼得される所得に対して不公平な部分税の性格を有する。低所得者に対する福祉の充実と相まって、人々の間に、勤労によって所得を自ら稼得するよりは余暇を選択し、移転所得の形で労せずして所得を獲得しようとする意識が広がると、深刻なモラル・ハザードが発生するおそれがある。なお、所得の分配の平等性を高めるには、より急激な累進税率構造が望ましいのであるが、他方では、それは人々の勤労意欲・貯蓄意欲・投資意欲などに影響を与えて、分配のもととなるパイの大きさを変えるかもしれない。いわゆる平等主義と経済的効率性との間には、むずかしいトレード・オフの関係が存在するのである。また、持ち家のサービスや主婦の家事労働に対する帰属所得を、税制上どのように扱うかの問題がある。
[林 正寿]
所得税は、1799年にイギリスにおいてW・ピットがナポレオン戦争の戦費調達のために創設したのに始まる。その後、廃止・復活を繰り返したが、1842年にR・ピールによって復活されてから定着するようになった。これは、種類の異なる所得に別々に税が課される、いわゆる分類所得税であったが、1913年の税制改正によって、累進税率を適用した総合所得税の性格をもつものに改められた。アメリカでは1913年に所得税制が導入されたが、これは徹底した総合所得税の形をとるものであり、1920年にドイツで採用された所得税制も典型的な総合所得税制であった。フランスでは1914年に、総合所得税と分類所得税とを折衷した形の所得税制が採用された。
日本で所得税が設けられたのは1887年(明治20)である。当初は個人所得のみを対象にし、総合所得税制をとり、年収300円以上の者に1~3%の累進税を課するものであったが、1899年に分類所得税制に改められ、法人所得への課税も行われるようになった。大正時代にも数次にわたる改正が行われ、勤労所得控除や扶養控除などを取り入れた総合所得税制を柱にした租税体系が編成された。1940年(昭和15)には、戦時体制の進行とともに財源の確保をねらって、従来の所得税制が根本的に改められた。すなわち、法人税が所得税から分離されて独立の税となるとともに、個人所得税については、これまでの総合所得税制から分類所得税と総合所得税の二本立ての制度となり、分類所得税は利子所得・配当所得・勤労所得・事業所得などの所得源泉別に比例税率で課税され、これらを総合して一定額以上のものに超過累進税率による総合所得税が課されるようになった。
第二次世界大戦後の1947年(昭和22)には、分類所得税制を廃止してふたたび総合所得税一本の制度に改め、前年の所得に課税する実績課税から、その年の所得に課税する予算課税へと移行し、申告納税制度が取り入れられた。シャウプ勧告による1950年の改正では、利子所得の分離課税の廃止や譲渡所得の全額課税などが行われ、所得税が負担の公平原則にもっとも適した税として徹底した総合所得税制が採用された。しかし、その後の税制改正、とくに特別措置の導入によって、その性格はしだいに変容するのである。
[林 正寿]
日本の現行所得税制は、所得税法(昭和40年法律第33号)に基づいて運用されている。所得税の納税義務者は、原則として居住者(日本国内に住所を有し、または1年以上居所を有する個人)および日本国内に源泉のある所得を有する非居住者(居住者以外の個人)であるが、法人および人格のない社団等が納税義務者となる場合もある。所得税の課税所得の範囲は、1月1日から12月31日までの1年間に、居住者については国内および国外で得た全所得であり、非居住者については国内に源泉のある所得である。ただし、遺族の恩給、一定金額以内の通勤手当、一定基準内の有価証券の譲渡による所得などは非課税所得とされている。
[林 正寿]
所得税算出の手順は、まず所得の算出に始まる。所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得および雑所得の10種に分類される。経費などを控除する前の粗所得は収入とよばれ、収入から必要経費、給与所得控除、特別控除など所得の種類ごとにその性質に即して定められている控除額を差し引いて得た額が所得である。この所得を集計して、所得税の課税標準である総所得金額が算出される。ただし、退職所得、山林所得、利子所得、配当所得、土地譲渡所得の一部は分離課税となる。退職金は一般に長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに、退職後の生活の原資にあてられる性格を有しているが、一時に受給するために累進緩和の配慮が必要とされる。そのために退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として、他の所得と分離して累進税率により課税される。山林所得も長期間にわたり育成した立木を譲渡することにより生じるものであるから、5分5乗方式で所得を計算し分離課税される。利子所得は15%の一律分離課税、配当所得は35%の税率での源泉分離選択課税および源泉徴収を伴う小額配当申告不要制度、証券投資信託(公募)の収益の配分については、15%の一律分離課税が課されている。株式等譲渡益は、20%の申告分離課税を基本としつつ上場株式等については源泉分離課税の選択も認められてきたが、1999年(平成11)4月1日より、有価証券取引税を廃止するとともに、株式等譲渡益課税については申告分離課税に一本化されることになった。
[林 正寿]
しかし、この総所得金額がそのまま課税対象となるわけではなく、所得税法では、つぎのような16種類の控除と8種類の加算が設けられている。
(1)基礎的な人的控除 基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除。
(2)特別な人的控除 障害者控除、老年者控除、寡婦控除、寡夫控除、勤労学生控除。
(3)その他の控除 雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、損害保険料控除、寄付金控除。
(4)控除の加算、割増 配偶者控除では老人控除対象配偶者、同居特別障害者加算、扶養控除では特定扶養親族、老人扶養親族、同居老親等加算、同居特別障害者加算、障害者控除では特別障害者、寡婦(寡夫)控除では特定付加加算。
このような控除制度が設けられているのは、一般にもっとも必要度の高いものに向けられる所得の部分は課税すべきでないと考えられており、また、この控除制度を利用して、社会的に望ましいことを奨励しようという政策目的があるからである。なお、所得税の課税最低限は、基礎控除・配偶者控除・扶養控除と給与所得控除、社会保険料控除を加えた形で算定されることが多い。日本の課税最低限は夫婦子2人の給与所得者でみると、2000年度(平成12)において384万2000円と主要諸外国に比べて高くなっている。
[林 正寿]
所得から所得控除を行ったあとに残る額が課税所得といわれるものであり、この額に対して税率を適用する。税率は、1962年(昭和37)には課税所得額10万円以下に対する8%から6000万円を超える金額に対する75%まで15段階にわたる超過累進税率がとられていたが、1989年(平成1)からは税制簡素化のため10%から50%までの5段階の税率に簡素化された。1999年(平成11)からはさらに税率は簡素化され引き下げられ、課税所得330万円以下の金額に対する10%から、1800万円を超える金額に対する37%までの4段階の超過累進税率構造に改正された。2009年には、195万円以下の金額に適用される5%から、1800万円を超える金額に適用される40%までの、6段階の超過累進税率構造が適用されることとなった。これによって担税力に応じた適正な負担配分がもたらされ、所得の分配の平等化が図られることとともに、過度の累進性がもたらす勤労意欲や投資意欲、危険負担意欲に対する租税の歪曲(わいきょく)効果の緩和が期待されている。
[林 正寿]
このように、課税所得に税率を掛けることによって得られた額から税額控除を差し引くと所得税の税額が確定する。税額控除には、配当控除、外国税額控除、住宅ローン控除がある。配当控除は法人所得のうち配当部分の法人税と所得税による二重課税を緩和するための措置であり、外国税額控除は国際的二重課税を調整するためのものである。また、住宅ローン控除は租税特別措置法によって住宅建設促進のために設けられたものである。一般住宅は住宅ローンの年末残高の1%、長期優良住宅は1.2%の税額控除を10年間にわたり受けることができる。累進税率構造のもとでは、所得控除と税額控除の違いは所得階層間にきわめて大きな差異を生じるため、両者間の選択は租税政策上の論争点の一つとなっているが、高額所得者にとっては所得控除のほうが有利となる。同じ100万円の所得控除でも、5%の限界税率の低額所得者には節税額は5万円であるが、40%の限界税率の適用される高額所得者には40万円の節税額が生ずる。税額控除ではたとえば両者に対して同じ10万円とするならば、節税額で等しくなる。
[林 正寿]
所得税は、利子所得、配当所得、給与所得、退職所得などのように源泉徴収制度をとっているもののほかは、原則として前年実績を基準として、その3分の1相当額をそれぞれ7月中および11月中に納付する予定納税制度を取り入れた申告納税の制度を採用しており、その確定申告書の提出および第3期分の納付の期限は翌年3月15日とされている。また、正確な記帳の風習を奨励する意味から、法人税とともに青色申告の制度が採用されている。
[林 正寿]
『R・グート著、塩崎潤訳『個人所得税』(1976・日本租税研究協会)』▽『岩崎勇・小松哲著『所得税法の解説 3訂版』(1998・一橋出版)』▽『野水鶴雄著『基本所得税法 平成14年度版』(2002・税務経理協会)』
所得税は,正確にいえば個人所得税と法人所得税の両方を指す。日本では前者を所得税,後者を法人税と呼んでいる。ともに稼得された純所得が課税対象となる点で共通している。また所得税といえば,日本では一般に国税としての所得税を指し,同じく所得を課税対象とする住民税(県民税,市民税)は含まないのが通常である。所得税は,いまやアメリカのみならず,日本,イギリス,ドイツ,イタリアでも国税のなかで最大の税収をあげており,税制の根幹となっている。
所得税が初めて創設されたのはイギリスで,1799年にW.ピットがナポレオン戦争の臨時財源として始めた。その後,廃止されたり復活されたりしたが,1816年に戦争終結とともに廃止された。インドでの反乱を契機に42年R.ピールが臨時税として復活させ,以後数度の改正はあったが廃止されることなく現代に及んでいる。イギリスの所得税は,分類所得税という特色をもち,不動産所得から勤労所得まで5種類に分類し,各種所得別に税率を異にして課税していた。1913年には累進税率(累進税・逆進税)が初めて採用された。同年にアメリカでも設けられた所得税は,総合所得税の特色をもっている。ドイツの連邦所得税は20年に制定され,その後の改正はあるが,原則として総合課税主義をとっている。フランスの所得税は1914年に制定され,戦争のため2年遅れて施行された。その特色は分類所得税と総合所得税の2本立てにあった。
日本では,すでに1887年(明治20)に所得税が創設され,海軍費その他の増大に応ずるためと商工業発達に応じた税制の近代化とを目的としていた。その特色としては,総合課税主義をとり税率も1~3%の全額(単純)累進税率を課したことがあるが,個人的事情(扶養者数の多少など)を考慮していない点では,総合課税主義の長所を生かしているとはいえない。89年からは,総合課税主義から分類課税主義に移行し,法人所得(第1種)は2.5%の比例税率,公社債利子所得(第2種)は2%の比例税率,個人所得(第3種)は300円以上1%より10万円以上5.5%にいたる12段階の累進税率を適用した。これにより法人所得に初めて課税されるようになった。大正時代にも所得税制の近代化が進み,(1)超過累進税率の採用と税率の高度化,(2)勤労所得控除の創設,(3)扶養控除の創設,などがみられた。1940年の大改正では,法人税が所得税から別建てとされ,分類所得税と総合所得税の2本立てに改められたが,第2次大戦後の47年には再び総合所得税1本に戻るとともに,申告納税方式が採用された。また譲渡・一時所得が新たに課税対象に加えられた。しかし最も根本的な改革は50年のシャウプ勧告に基づくもので,譲渡所得を全額課税し,利子所得の分離課税を廃止するなど,徹底した総合課税主義が採用された。その後の所得税は,いわばシャウプ税制の中核である総合課税主義の崩壊過程の歴史と評されている。
所得税は〈租税の女王〉と呼ばれ,税制の近代化は〈所得税中心主義〉がどこまで徹底しているかにより判断されるようになった。このような高い評価は,主として所得が担税能力の尺度として最も適切とみなされているためである。けれども果たしてどの程度まで適切かとなれば,それは所得という概念の定義次第といってよい。課税対象としての所得はどのように定義しても恣意的になりやすいが,しかし最も広く支持されているのは,H.サイモンズによる定義である。それによると,所得とは一定期間(通常は1年)における資産の純増と消費の和として定義される。この定義では所得の源泉が少しも問われてはいないところに特色がある。賃金,俸給,配当,利子,地代などの明白な所得も含まれるが,資産価値の上昇によるキャピタル・ゲイン(インカムゲイン・キャピタルゲイン),帰属家賃(他人に貸せば得られたはずの家賃),現物所得(社宅や日曜大工の製品)のように測定にあたり種々の問題がからむものも含まれている。キャピタル・ゲインは資産価値の上昇分が所得とみなされ,資産が売却されて値上がり益が現金化(実現)されているか,売却されないで未実現であるかを問うものではない。また賃金や利子のように周期的に安定的に予測可能な所得と,宝くじの賞金のような不安定で予測不可能な所得との間の区別もなされていない。また逆に,キャピタル・ロスのように資産価値の減少となるものは所得の計算に際し控除される。このように,所得の定義をできるだけ広げ各種の所得を差別せずに課税しようとする所得の定義は,〈包括的所得〉の概念と呼ばれている。
この定義は理想的所得の概念であって,この定義に完全にしたがった所得税法は世界のどの国にもない。それにもかかわらずこの定義が役立つのは,税法に盛られた現実の所得概念が適切かどうかを判定する基準となるからである。包括的所得がなぜ重要な概念かといえば,第1に,所得を包括的に定義しないならば,非課税の形の所得を得る人は税負担が軽くなり,それは不公平だからである。第2は効率という観点からであり,もしある種の所得が非課税ならば,人々は所得を非課税の形に変えようとするが,そのような資源の再配分は非効率をもたらすからである。このような考え方にのっとった理想的所得税を〈包括的所得税〉と呼ぶ。先に述べた〈総合所得税〉もこの考え方に近いが,一般には〈分類所得税〉との対比で用いられることが多い。分類所得税のもとでは,不動産所得や勤労所得などの所得源泉の異なるものに別々の税率を適用するから,免税点(課税標準が一定限度額以下であるときには課税しないとしている場合におけるその一定限度額)の設定や累進税率の適用などを合理的に行うことは困難である。利子・配当の源泉分離課税はこれまでも厳しく批判されてきた。所得税が最も公平な税とされる理由は,あらゆる所得を合計し,それに累進税率をかける総合課税方式をとるところにあるから,そのような批判は当然である。
所得税が税制の中心的地位を占めるのが理想的税制の必要条件とされている。その理由は次のようである。(1)所得税は十分な税収を確保することができ,しかも市場の価格機構を通ずる資源配分に対して比較的中立的でありうる。(2)控除と累進税率とによる所得税の負担配分が公平であり,かつ税負担の転嫁がほとんどないので最終的負担が明確であり,それゆえ所得平準化効果が確実である。(3)所得税の税収の所得弾力性が高度であるため,ビルトイン・スタビライザーとしての安定化機能が高く,経済安定化に貢献するところが大きい。以上のような所得税のもつメリットとは逆の,次のようなデメリットも考慮さるべきである。(1)先に述べたように所得の概念そのものがあまり明確ではなく,なにを経費とみるかといった課税所得の計算も難しい。(2)納税者のプライバシーを侵しやすく〈税痛〉を強く与え,また税務当局の徴税費と納税者の納税労力が比較的高くつくにもかかわらず,税法遵守による実質的な税負担の公平を確保することが難しい。(3)累進所得税は,個人の勤労意欲や個人企業のリスクをものともしない事業意欲を阻害する。(4)貯蓄を阻害し,消費を優遇するという誘因を生みだし,貯蓄の供給を減少せしめ投資を阻害するから,経済成長に悪影響を及ぼす。(5)一般に低成長時代の所得税は,財政配当を生みだすよりは財政障害となって経済成長を阻害し,税収に貢献することも期待できない。
このように所得税はいろいろな角度から評価されているが,視点を変えれば評価が逆転することもありうる。たとえば,所得税は負担感の厳しい税であるというデメリットは,納税者が自分の負担する税額をはっきりと意識し,民主政治における主権者としての責任感を高揚するに役立つかぎりは,むしろメリットである。民主政治における租税は公共サービスに対するタックス・プライス(租税価格)であるから,租税価格が高すぎるときには,投票プロセスを通じて財政規模を縮小するようなメカニズムが働く。逆に比較的安いときには,財政規模の拡大が選ばれよう。
日本の所得税制を理解するには,所得税額の算定方式が手がかりとなる。それはおおむね次のとおりである。
[(総収入-必要経費控除)-所得控除]×税率-税額控除=税額
第1段階では,1年間にわたる各種所得を集計して総収入を求め,それから必要経費を控除する。税法では所得は10種類に分けられる(利子,配当,不動産,事業,給与,退職,山林,譲渡,一時,雑)。各種所得ごとに収入金額を計算するが,所得の種類による担税力や取得方法の差を考慮して,必要経費と特別控除が差し引かれる(利子所得は収入金額そのもの,不動産・事業・雑所得は総収入金額から必要経費を控除,一時所得は収入金額から所得を得るために支出した金額および特別控除額を控除,など)。
第2段階として,以上の所得が集計されて総所得金額が算出される。ただし,退職所得と山林所得は別に分離課税される。租税特別措置法により源泉分離選択を認められるものに配当所得がある。また非課税所得として,老人等の少額預貯金利子,財形住宅貯蓄利子などがある。先の総所得から15種の所得控除(基礎,配偶者,配偶者特別,扶養,障害者,老年者,寡婦(寡夫),勤労学生,雑損,医療費,生命保険料,損害保険料,社会保険料,小規模企業共済等掛金,寄付金)を差し引くと,課税所得が得られる。このような所得控除を設けている理由は大別して三つある。(1)最低生活費には免税という理由であり,基礎控除はその典型といえる。先の第1段階で設けられている給与所得控除,退職所得控除,そして山林・譲渡・一時所得の特別控除も少額所得非課税という意味でここに入る。(2)納税者の担税力が低下する個別的事由を考慮するものであり,雑損・医療費・障害者・老年者・寡婦・勤労学生控除がこれに当たる。配偶者・扶養控除は主として第1の理由ながら第2の理由も加味されている。(3)一定の政策目的達成のために設けられた控除がある。生命保険料,損害保険料,寄付金などの控除は,そのような支出を奨励しようとする政策目的達成のために設けられている。なお所得税の〈課税最低限〉とは,基礎・配偶者・扶養・給与所得・社会保険料控除の合計という形で算定されることが多い。
第3段階として,算出された課税所得に対して税率が適用される。税率は10%から50%まで5階層にわたる超過累進税率であり,これにより担税力に応じた適正な負担配分がもたらされ,税制を通ずる所得平準化機能を実現するための中心的役割を果たすことが期待されている。けれども,先に述べた分離課税,非課税制度,特別控除などで代表されている課税の優遇措置が多いと,累進課税による所得平準化機能は期待どおりには働かなくなる。このような優遇措置により本来徴税すべき税収が徴収されない現象を指して所得税のイロージョン(侵食)と呼ぶ。イロージョンが多ければ多いだけ必要な税収をあげるため累進税率を高めねばならず,それは勤労意欲ひいては納税意欲を阻害する。もし課税標準をより包括的にとるならば,税率を低くしても必要な税収は確保できよう。所得税の公平という点で,包括的所得税の考え方は重要である。
第4段階として,課税標準に税率をかけることによりでた金額から税額控除(配当,外国税額,住宅取得)が差し引かれて所得税の税額が確定する。配当控除は法人税との二重課税調整のため,また外国税額控除は国際的二重課税調整のため設けられている。住宅取得控除は租税特別措置として,マイホーム建設を促進する目的で設けられている。累進税率を考慮すれば,税額控除よりも所得控除のほうが高額所得者にとって有利とされている。
→租税
執筆者:古田 精司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式公開支援専門会社(株)イーコンサルタント株式公開用語辞典について 情報
所得に対する国税で,直接税。1887年(明治20)に海軍軍拡費の調達などの理由から,個人のみを対象に創設,世界的にも早い導入だった。99年から法人課税を開始,見返りに個人配当所得を免税としたが,1920年(大正9)に配当所得に対する課税を再開。同時に累進税率引上げなど社会政策的配慮にもとづく改正も行った。創設時は国税収入の1%未満だったが,第1次大戦後には第1位の租税となった。40年(昭和15)の税制改正で法人税が独立し,現在に至る。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
(浦野広明 立正大学教授・税理士 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 (株)シクミカ:運営「会計用語キーワード辞典」会計用語キーワード辞典について 情報
…税負担を増加する措置である〈増税〉の反対語。一般減税と政策減税という区別では,前者は所得税の税率引下げのように減税効果が納税者一般に及ぶものであり,後者は租税特別措置のようにたとえば貯蓄奨励のための利子所得減免措置が特定の納税者に適用されることを意味する。また税法上の減税と実質的減税という区別では,前者は累進税率構造のもとで物価上昇により自然に増大する税負担を調整する減税(物価調整減税)であり,後者はたとえば酒税の引下げにより酒の値段が下がり消費者の負担が軽減されるケースを指す。…
…租税は経済活動のいろいろな側面に着目して課されるが,収得税は,納税者が金銭あるいは物の形で収入を得ているという事実に着目して課される税である。収得税は所得税と収益税に分けられる。所得とは個人やその他の経済主体に関して観察された収入であり,収益とは収入を生み出す特定の物体ないし生産要素に関して観察した収入である。…
…しかし,明治期の離陸が,第2次・第3次産業の勃興と生産力の拡大という形で成功を収めると,税制が地租に依存する度合は急速に低下してきた。所得税の創設は87年で,各国の所得税に比べても,かなり古い歴史をもつが,当初の収入は微々たるものであった。97年になると,地租は税制の王座を,消費税を中心とする間接税に譲り渡すことになる。…
…一般的には収入を得るために必要な経費をいうが,所得税法上の各種所得のうち,事業所得,不動産所得,山林所得および雑所得の所得金額を計算するにあたり,所得を獲得するのに要した費用のことで,〈必要経費〉として収入金額から控除される。その場合に,個人は消費生活を営んでいるので,業務外の支出である家事費は必要経費から除外される。…
※「所得税」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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