(1)人形浄瑠璃。世話物。2巻。角書〈語伝た袂の白絞言伝た忍の寝油〉。菅専助作。1767年(明和4)12月大坂北堀江市の側芝居初演。お染・久松の心中事件を題材にした作品で(お染久松物),紀海音の浄瑠璃《お染久松袂の白しぼり》を改作したもの。すでに山家屋清兵衛への嫁入りが決まっている質店油屋の娘お染が,丁稚久松との恋を思い切ることができずに,両親油屋太郎兵衛夫婦を初めとして,婿の清兵衛や久松の父久作らの実意にあふれる配慮にも背いて心中を遂げるという経緯が描かれる。大晦日の大坂の商家を舞台にして若い2人の許されぬ恋の悲劇がしみじみと語られていく過程に,道楽者の兄多三郎や好色で欲深な手代善六などが配されて喜劇的な色どりを添えている。作中,上の巻の〈油屋〉でお染に横恋慕する善六のおかしみ,下の巻の〈質店〉で土産の革足袋を用いた久作の懇篤な意見事,同じ巻の〈蔵前〉におけるお染・久松の愁嘆と太郎兵衛の情愛等々,見せ場,聞かせ場も多い。特に下の巻は初演の2世豊竹此太夫が好評を博し,その曲風が今日まで伝えられている。(2)歌舞伎狂言。世話物。上記の人形浄瑠璃は1782年(天明2)4月大坂山下金作座(中の芝居)で歌舞伎化され,その後もしばしば上演されてきた。なお,善六の道化ぶりを誇張した《是評判浮名読売(これはひようばんうきなのよみうり)》も本作を原拠としたものである。
執筆者:原 道生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。世話物。二段。菅(すが)専助作。1767年(明和4)12月、大坂・北堀江座初演。お染久松の情話に取材した作で、紀海音(きのかいおん)の『お染久松袂(たもと)の白絞(しらしぼり)』(1710)の改作。大坂東堀の質店油屋太郎兵衛の娘お染は丁稚(でっち)久松と深い恋仲で、山家屋(やまがや)清兵衛への嫁入りが近づくのを悩み、いったんは思い切ろうとするが、結局は蔵に入れられた久松としめし合わせ、内と外とで心中を遂げる。上の巻「油屋」は、お染に横恋慕する好色な手代善六のおかしみが中心。下の巻「質店」は久松の親久作が訪れ、みやげの革足袋(たび)を用いて意見するくだりが眼目で、俗に「革足袋の久作」といわれる。歌舞伎(かぶき)にも移され、とくに「油屋」は善六の道化ぶりを強調した脚本で俗に「ちょいのせ」とよばれ、これに「蔵前」の場をつけ、『是評判浮名読売(これはひょうばんうきなのよみうり)』の外題(げだい)でしばしば上演される。
[松井俊諭]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…和泉国の侍相良丈太夫の遺児で野崎村の百姓久作に養育された久松が,奉公先の大坂の質店油屋の娘お染との許されぬ恋のために心中するに至るという経緯を主筋とし,それに久松の主家の宝刀の詮議,悪人たちによる金の横領,久松の許嫁お光の悲恋等々のプロットを絡めて展開させたもの。先行する紀海音の浄瑠璃《おそめ久松 袂の白しぼり》や菅専助の《染模様妹背門松》を踏まえて脚色された作品で,お染久松物の代表作となっている。お家騒動的な要素を採り入れた複雑な筋立てが,上の巻〈座摩社〉〈野崎村〉,下の巻〈長町〉〈油屋〉の各場にわたって繰り広げられていくが,その中では,お染・久松の死の覚悟を察知したお光が,2人の命を救うために,それまで楽しみにしていた久松との祝言をあきらめて尼になるという悲劇を山場に構成されている〈野崎村〉の段が最も優れた一幕であり,また,上演頻度も高い。…
※「染模様妹背門松」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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