植田和男(読み)ウエダカズオ

デジタル大辞泉 「植田和男」の意味・読み・例文・類語

うえだ‐かずお〔うゑだかずを〕【植田和男】

[1951~ ]経済学者・銀行家静岡の生まれ。マクロ経済学金融論研究日本銀行政策委員会の審議委員などを経て、令和5年(2023)日本銀行総裁に就任した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「植田和男」の意味・わかりやすい解説

植田和男
うえだかずお
(1951― )

経済学者。日本銀行第32代総裁(2023年4月~ )。初めての経済学者出身の総裁として注目を集めた。昭和26年9月20日生まれ。静岡県出身。東京大学理学部、同大学経済学部卒業。マサチューセッツ工科大学で経済学博士号(Ph.D)を取得。東京大学教授、日本銀行政策委員会審議委員(1998~2005年)、東京大学大学院経済学研究科教授、共立女子大学ビジネス学部ビジネス学科教授を歴任、東京大学名誉教授。金融論などでは日本を代表する経済学者。日本銀行は1999年(平成11)に世界に先駆けてゼロ金利政策を導入し、当時の総裁速水優(はやみまさる)(1925―2009)が記者会見で「デフレ懸念が払拭(ふっしょく)されるまでゼロ金利政策を続ける」と発言した。この発言は現行金融緩和を一定の条件が整うまで継続する方針を市場に示すことで金融緩和効果を強めるねらいがあった。こうした将来の金融政策の方針を示すことは「時間軸政策」、または「フォワードガイダンス」とよばれており、当時日本銀行政策委員会審議委員を務めていた植田は、時間軸政策を実際の金融政策運営に反映させた立役者とみなされている。その後、時間軸政策はアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)やヨーロッパ中央銀行(ECB)をはじめ多くの中央銀行が実践しており、現在では、「量的緩和」と並び、非伝統的金融緩和政策の有力な手段とみなされている。

 日本銀行はこのゼロ金利政策を2000年(平成12)8月に、まだ需給ギャップマイナス(需要不足)の状態にあり、デフレ懸念が払拭されていない状態で解除を決めた。この際に、植田は審議委員として拙速な解除だとして反対票を投じたことで知られる。日本銀行のゼロ金利政策解除の判断に対しては政府も強く反対した経緯があり、その後、アメリカのITバブル崩壊によって日本経済も景気減速すると、2001年3月にふたたび金融緩和に転換し「量的緩和」を2006年まで続ける結果となった。こうしたことから、今日では当時の日本銀行が金融緩和の出口の判断を急ぎ過ぎたとみなされることが多い。

 2023年(令和5)4月10日の総裁就任記者会見で、植田は、1998年新日銀法で物価の安定を明記して以来、そのミッションが未達成であることが「日本銀行と自分にとっても積年の課題」として、自分の任期で消費者物価指数の対前年比上昇率2%の物価安定目標の実現の総仕上げに尽力すると強調した。前総裁黒田東彦(はるひこ)が維持してきた大規模緩和については、「基調的にインフレ2%の達成には時間がかかりそうなので現行の金融緩和継続が基本」「安定持続的に2%に達する状況を見極めてから正常化する」と説明し、「2%物価安定目標をできるだけ早期に実現することを目ざす」と明記した2013年1月の日本銀行と政府の共同声明についても維持を決めた。基本的には現状維持派とみられているが、その一方で、就任前から国債市場の流動性低下などの副作用にも言及し、金融緩和が長期化する場合には副作用にも考慮すべきであるとの見解を表明してきたため、市場参加者の間では早期に政策が調整されるのではないかとの思惑が、植田の総裁就任当初から台頭した。インフレ率が3%を超える状況下で、植田は「コストプッシュインフレであり、いずれ価格転嫁は減衰しインフレ率は低下するし、この状態での利上げは経済・雇用にマイナス」として2023年4月と6月の金融政策決定会合では現状維持を貫いた。

 ところが2023年7月、就任後3回目の金融政策決定会合で、サプライズで長短金利操作の柔軟化を実施した。それまでの10年物国債金利を0%程度で上下0.5%程度の変動幅とする枠組みは示したものの、0.5%の変動幅を「目途」の位置づけに転換した。つまり、日本銀行は1%までの金利変動幅を認めつつも、できるだけ0.5%に近い金利水準を維持する方針に転換したことになる。かつ、それまで0.5%の利回りで10年物国債を毎営業日買い入れる指値(さしね)オペレーションを実施していたが、それを1%の指値オペレーションを毎営業日実施する運営に変更した。これは事実上、金利の上限を画するために連続指値オペを導入した2021年3月の方針と、それを毎営業日実施する方針へ強化した2022年4月の方針を撤回する修正となる。1%を上限として国債市場の需給にあわせて金利が変動するのを容認し、急ピッチで上昇する場合には機動的に共通担保資金供給オペレーションなどで上昇ペースを抑制するとしたこの決定は、事実上変動幅を上下1%に変更した利上げ政策ともみられるが、植田は運用の柔軟性・持続性を高める調整だとし、為替(かわせ)相場の変動も考慮に入れたと説明した。今後、かりに日本のインフレ率がふたたび上振れ(オーバーシュート)した際にも10年物国債金利の上限を0.5%に維持すると一段の円安を招くことから、輸入物価が高騰するリスクを回避する動きだったとも考えられる。その後の長期金利は0.5%を上回っており、上述の長短金利操作の柔軟化は事実上の利上げだったとの見方が広がっている。インフレ目標2%の安定的な実現に自信がもてないと述べているなかでの事実上の利上げとなり、任期中に2%の安定的実現が可能なのか懸念する見方もある。

[白井さゆり 2023年10月18日]

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