俳人。富山市に生まれる。加藤楸邨(しゅうそん)、中村草田男(くさたお)に師事。1946年(昭和21)『風』創刊。のち主宰誌となるが、当時は同人誌で、俳句の社会性論議の中心的な場であった。「塩田(えんでん)に百日筋目つけ通し」を含む「能登(のと)塩田」30句は、欣一の代表句であるばかりか、この時代の代表作としても記憶される。塩田の作業を凝視してうたった写真句であるのでいつまでも色褪(いろあ)せぬ秀作である。1947年、年上の俳人細見綾子と結婚。句集に『塩田』(1956)、『沖縄吟遊集』(1974)、『二上挽歌(ふたがみばんか)』(1976)、『遍歴』(1983)、『眼前』(1994。詩歌文学館賞)、『交響』(1999)などがある。即物、即興、対話を重んじ、日本人の心の原郷に触れようと努めた。東京芸術大学教授、のち名誉教授。俳人協会会長をも務めた。1996年(平成8)自伝的回顧録『昭和俳句の青春』(1995)で俳人協会評論賞を、また同年第十句集『白鳥』(1995)により蛇笏(だこつ)賞を得た。『白鳥』の代表作は「八雲わけ大白鳥の行方かな」で、新潟県瓢湖(ひょうこ)での作。雄大な心象風景となり、どこか大人物の逝去を思わせるところがある。2001年11月5日死去。主宰誌の『風』は、「一代限り」との遺言によって、その死去とともに終刊となった。
[平井照敏]
『『地聲 句集』(1973・角川書店)』▽『『赤富士』(1974・牧羊社)』▽『『定本塩田 沢木欣一句集』(1976・牧羊社)』▽『『二上挽歌』(1976・永田書房)』▽『『自註現代俳句シリーズ第2期17 沢木欣一集』(1980・俳人協会)』▽『『遍歴 句集』(1983・立風書房)』▽『『日々の俳句』(1983・求龍堂)』▽『『往還 句集』(1986・角川書店)』▽『『俳の風景』(1986・角川書店)』▽『『奥の細道を歩く』(1990・東京新聞出版局)』▽『『沢木欣一 自選三百句』(1991・春陽堂書店)』▽『『眼前 句集』(1994・角川書店)』▽『『俳句の基本』(1995・東京新聞出版局)』▽『『昭和俳句の青春』(1995・角川書店)』▽『『白鳥 句集』(1995・角川書店)』▽『『交響 句集』(1999・角川書店)』▽『『綾子の手 句集』(2000・角川書店)』▽『『沖縄吟遊集 沢木欣一集』(邑書林句集文庫)』▽『沢木欣一編著『子規・写生 没後百年』(2001・角川書店)』▽『沢木欣一ほか著、聞き手・黒田杏子『証言・昭和の俳句』下(2002・角川書店)』▽『細見綾子編『欣一俳句鑑賞』(1991・東京新聞出版局)』
外国人や外国の思想・文物・生活様式などを嫌ってしりぞけようとする考え方や立場。[類語]排他的・閉鎖的・人種主義・レイシズム・自己中・排斥・不寛容・村八分・擯斥ひんせき・疎外・爪弾き・指弾・排撃・仲間外...
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