湖北省(読み)コホクショウ

デジタル大辞泉 「湖北省」の意味・読み・例文・類語

こほく‐しょう〔‐シヤウ〕【湖北省】

湖北

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改訂新版 世界大百科事典 「湖北省」の意味・わかりやすい解説

湖北[省] (こほく)
Hú běi shěng

中国,長江(揚子江)の中流域,洞庭湖の北方に位置する省で,北は河南省と陝西省,西は四川省,南は湖南省,東は安徽省,江西省と境を接する。中国全域の水陸の交通大動脈の中枢にあたる地域である。略称は鄂(がく)。面積18万5900km2,人口5951万(2000)。省都は武漢市。1996年現在,35市(武漢,黄石,十堰,沙市,宜昌,襄樊(じようはん),鄂城,荆門,恩施,随州,老河口など),2地区,1自治州,40県,2自治県(五峰トゥチャ(土家)族,長陽トゥチャ族),1林区(神農架)から構成される。住民のほとんどは漢族だが,少数民族が約214万人含まれる。うち4/5がトゥチャ(土家)族で,ミヤオ(苗)族とともに南西部の宣恩,来鳳などの山村に住み,満州族とモンゴル族が沙市市,江陵県一帯に居住している。

もと湖南省と合わせて湖広省と呼ばれていたが,1667年(康熙6)に洞庭湖を境にして南北に分けた。これが湖北省の起源であり,湖北と名づけるゆえんである。古く春秋戦国時代に楚国の領域であったので楚省とも呼ばれる。また楚の鄂王が今の武漢に都したのにちなんで鄂省とも呼ばれる。〈禹貢〉の荆州の地域にあたり,周もまた荆州とした。春秋戦国時代は楚の国の地,秦代に南郡が置かれ,漢代は荆州に,唐代は江南西道,淮南(わいなん)道,山南東道および黔中(けんちゆう)道に属した。宋代は荆湖北路,京西南路,淮南西路および夔(き)州路に,元代は湖広行中書省に,明代は湖広布政使司に属し,清代になって湖北省が置かれた。

本省の地勢はほぼ西高東低で,主要な山地は西半部にあり,東半部では北と東の省境部に丘陵性の山地があるにすぎないが,これらにとり囲まれた中央部は低湿な盆地を形成している。地形上,次の6地区に分けることができる。(1)鄂西南山地高原区 省南西部を占め,長江三峡(瞿塘峡,巫峡,西陵峡)地帯および清江流域と巫山,武陵山の一部を包括し,雲貴平原の東部縁辺に属する。平均の標高は1000~1500mである。本区の大部分は山地で,少数の山間盆地を除くと平地は少ない。長江三峡地帯の地形は複雑であるが,細長い谷底平原は農地として高度に利用される。(2)鄂西北山地区 本区は秦嶺山脈と大巴山脈の東延部分に属し,秦嶺山脈東部と武当山,荆山,大神農架山などを包括する。標高は1000~2000m前後で,最高は大神農架の3105mである。また石灰岩が広範に分布し,カルスト地形が比較的発達している。山地が多く,漢水の谷底と山間盆地を除くと耕地は少なく,林業が主となる。(3)鄂北台地区 省北部に位置し,北は河南省の南陽盆地と相接し,南は江漢平原に連なる。南陽盆地の南縁にあたり,武当,大洪,桐柏の3山地に堺される。高度差20m前後と平たんであるが未開拓地が多い。(4)鄂東北低山丘陵区 大洪山,桐柏山,大別山などの山地を包括する。北部は大別山脈で主峰天堂寨(1729m)をはじめ,50余りの1000m級の峰がある。中部から南部へと北東から南西方向へ地勢は降下し,低山,丘陵が広範に分布する。標高は500m以下であるが,直接平原に続くため相対高度は比較的高い。省内で土壌の浸食・流失が最も激しい地区でもある。(5)鄂東南低山丘陵区 長江および湖南,江西との省境で境される狭い地区で,幕阜山地など北東~南西方向に走る山地の間に,通城,崇陽,通山,陽新などの盆地が連続する。(6)江漢平原区 本省の中心部分で,地勢が低く河川が集中する地区である。数多くの湖沼が分布し,全省では大小合わせて1万以上に達する。比較的大きな湖は洪湖,梁子湖,黄塘湖,張渡湖,(ちようさ)湖などである。これらの湖は古代の大湖である雲夢沢のなごりで,現在では天然の遊水池として,長江,漢水の増水を蓄えるのに活用されている。

 三峡を通り本省の平野部に流入する長江は,勾配が急に減少するため,泥砂の堆積が激しく,河道は大きく蛇行し,夏から秋にかけての増水期にははんらんしやすかった。特に中流の,湖北省枝江から湖南省の城陵磯までの部分は荆江と称されるが,河川は湾曲し,排水能力が低く,両岸の地勢もくぼんでいるためたびたび洪水を引き起こした。1952年4月より,もと荆江大堤のあった北岸を修築・補強したほか,南岸に分洪区を新設し,周囲におのおの進洪閘,節制閘,囲堤などを建設した。荆江の水位が高くなった場合,水門を開いて水を引き込み,江漢平原が洪水の脅威から免れるようにした。分洪区ではふだんは耕作を行っている。

 漢水は長江最長の支流で,上流部は陝西省南部から湖北省北西部にかけての山地のあいだを流れ光化県に達した後,水勢はゆるやかとなり白河を合わせて水量を増し,鍾祥県より下流は完全に平野部に入る。潜江県に至って後,蛇行部が非常に多く,解放前はたびたびはんらんした。しかし解放後は杜家台に洪水調節用ダムが建設され,また支流の丹江との合流点に丹江口水利センター完成して中流と下流の洪水の脅威を軽減した。漢水と長江の間は江南デルタ同様,クリーク地帯で水路が網の目のように走り,地元ではこれを内河と呼び,長江を外河と呼んでいる。これらの水路は灌漑に利用されるほか,長江と漢水の間の諸集落を結ぶ交通路としても盛んに利用されている。これに対して丘陵地帯はたびたび干ばつの害に悩まされてきたが,解放後盛んに用水路が建設され,また用水路と多くの溜池を結びつけて,雨の多い時期に用水路から溜池に水を送って貯水しておき,必要な時期に溜池から放水する方式を採用するに至ったので干害はほぼ解消した。

 本省の地形は東部は平原が,北西部は山地が卓越し,そのため気候も東西でかなり異なる。東部平原では夏の気温は非常に高く,武漢では7月の平均気温は28.8℃,日中はふつう35℃を超えている状態で,南京,重慶とともに中国三大火炉の一つと称せられるほど夏の暑さで有名な地区である。しかし冬は北からの季節風が桐柏山や大別山によってさえぎられるため,寒さはそれほど厳しくはなく,1月の平均気温は3~5℃である。対して北西部は東部に比較すると気温は低く,7月は25~28℃,1月は2~4℃であり,漢水以北の北西隅の地域は1月には-5~-6℃になる。作物の生長期間は東部が約300日,北西部は約250日である。年間降水量は北西部では600~1000mm,東部の江漢平原では1000~1400mm,南西山地では地形性降雨のため1400~1800mmに達する。東部では初夏に梅雨が顕著にみられる。

夏季の高温多湿と灌漑の便に恵まれて,古くより水稲の栽培が行われ,その産量もきわめて多く〈湖広熟すれば天下足る〉といわれてきた。耕地面積は全省面積の約20%を占め,特に江漢平原では農業が高度に発達し,山地には棚田が多い。しかし解放前は水害がはなはだしい省の一つであったが,解放後,荆江,杜家台などの遊水池が建設されるなど治水・治土工事が各地で推進され,穀倉に変えられた。省内では水稲と小麦の二毛作が一般に普及している。食糧作物はほかにトウモロコシ,サツマイモ,コーリャンがある。経済作物には綿花,茶,ナタネ,ゴマを主とし,生糸,ラミー麻,タバコがこれに次ぐ。綿花は江漢平原が中心で中国で重要な綿産地の一つである。茶は主として南東部丘陵に栽培され,南西部山地がこれに次ぎ,宜紅茶,老青茶が有名である。ラミー麻の生産量は全国でも有数であり,ゴマは中国の重要な輸出品の一つである。西部の山地と南東部の幕阜山の一帯は森林の面積が広く,用材の生産が盛んなほか,漆,キリ油を産し,漆は中国第1位の産額を示している。来鳳のキリ油,恩施地区の生漆,保康と房県のキクラゲ,咸寧区柏墩のキンモクセイは全国的に有名である。本省の淡水漁業と養殖業は発達し,ハスの実,れんこん,ヒシの生産高も多い。また中国内の青魚,草魚,シラウオ,鱅魚などの稚魚の供給地でもある。畜産は農村副業として重要で,卵,豚毛,牛皮,羊皮など種類も多い。

 地下資源も豊富で工業の発展の基礎となっている。鉄鉱石の埋蔵量が最も多く,大冶鉄山は中国内でも有名である。鉱石中の鉄分含有率が65%を超える優良鉱で,副産物として銅やそのほかの非鉄金属の鉱床も多い。主要炭田は二つあり,一つは南東部の大冶一帯で,数県にわたって埋蔵される。もう一つは西部の宜昌から秭帰にかけての地区である。セッコウは湖北省が全国生産量の86%を占め,応城が産地の中心である。応城はまた岩塩の生産も多い。陽新と清江流域,大別山地は銅の産出が多い。リン鉱石は宜昌,鍾祥,神農架林区で産出が多い。工業は武漢を最大の中心として,古くから紡織・食品工業が盛んであった。解放後,鉄鋼・機械・化学・建設資材などの重工業が急速に発展し,武漢鋼鉄コンビナートは中国の三大コンビナートの一つである。そのほか新興工業都市として,黄石,宜昌,沙市,襄樊などがある。伝統手工芸には天門の捺染布,広斉の竹細工,江陵のしゅす,黄陂のフランネルが全国的に有名である。包蔵水力の最も大きいのは長江本流の三峡地帯であるが,1981年,出口の宜昌市に建設された長江葛洲壩ダムでは出力271.5万kWの中国最大の水力発電所が稼動している。また漢水の支流の丹江に建設された丹江口ダムと黄竜灘ダムの水力発電所は湖北・湖南両省の工業と農業の発展を支えている。

湖北省は水陸交通の中枢としても重要である。水運は武漢を中心とし,長江本流が最大の幹線水路で,増水期には1万トン級の大型船が武漢まで遡航できる。武漢より上流は宜昌まで8000トン級,重慶まで3000トン級の汽船がさかのぼりうる。長江本流の最大の難所は三峡地帯で河道は蛇行し,水流は急であちこちに暗礁があり,俗に〈三里行けば曲がり,五里行けば浅瀬〉といわれる。しかし葛洲壩ダムの完成により1万トン級の船舶の航行が可能となる。漢水では老河口まで小汽船を通じ,長江と漢水との間の水路網にも小汽船が就航している。木船なら陝西省まで漢水を遡航できるし,支流の白河は河南省の南陽まで,西部地区の清江は資丘を経て恩施まで,溳水は随県まで木船が遡航する。省内を南北に京広鉄道(北京~広州)と京九鉄道(北京~九竜)が貫通し,1957年に完成した武漢長江大橋の完成により北京と広州は直通で連絡されている。そのほか焦枝,漢丹,武大,鉄霊の各線がある。道路網は東部と中部に密で,武漢と襄樊がそのセンターである。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「湖北省」の意味・わかりやすい解説

湖北〔省〕
こほく

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