基本的人権の一つで、個人の生存、生活の維持・発展に必要な諸条件の確保を国家に要求する国民の権利をいう。社会的基本権あるいは生存権的基本権などともよばれる。
[池田政章]
社会権は、人間の生存本能を基礎とするものであるから、人間社会において、いつの時代でも問題とされてきた。近代国家が成立した17、18世紀のころになると、恐怖や圧制からの解放が主張され、生存に対する危害・障害を除去するよう、国家が公共的配慮をなすべきものと考えられた。このような国家の国民に対する配慮は、今日いわれている社会権のそれとは異なり、個人の生命と身体の自由の保障であった。確かにこのような自由権の保障により、人間は物質的にも精神的にもその創意に基づく生活ができるようになった。その後19世紀後半から20世紀にかけて、資本主義に内包された矛盾が顕在化するにしたがい、自由権だけではもはや社会構成員の生存を確保することが不可能な状況の下に置かれるようになった。そこで社会主義・共産主義の思想家たちは、資本主義を制限あるいは否定することにより、個人の生存の維持・発展に関し、国家が公共的配慮をすべきであることを説いた。
このような思想を取り入れて、社会権について規定した著名な憲法が1919年のワイマール憲法(ドイツ共和国憲法)である。この憲法は、所有権や個人の経済的自由を認めたうえで、財産権の制約、生存権の保障を目的としていた。このような社会権を積極的に承認して、自由主義の弊害を除こうとする人権体制を、普通、人権の社会化といい、その国家体制は社会国家とよばれた。
人権の社会化の思想は、第一次世界大戦後、チェコスロバキア憲法(1920)、ポーランド憲法(1921)などに継受されたが、それが広く普及するのは第二次大戦後で、フランス第四共和国憲法(1946)、イタリア憲法(1947)、中華民国憲法(1947)などがあげられる。日本国憲法もこの範疇(はんちゅう)に属する。社会国家における社会権は、国家に一定の施設、給付の提供をなすことを義務づけた結果、それを具体化する法律によって、初めて請求権が具体化される。
[池田政章]
ロシア革命によって成立したソビエト共和国は、1918年の憲法(レーニン憲法ともいう)において、生産手段の国有化を中心とする社会主義社会の確立を宣言し、社会権の保障を宣言した。その発展としてとらえられる1936年のソ連憲法(スターリン憲法ともいう)においては、社会権はその保障の方法その他の点で、社会国家の場合より、いっそう徹底している。これは人権の社会主義とよばれ、第二次世界大戦後の人民民主主義国家の場合も同様である。これらの国においては、社会権の保障は実質化され、国家はこの権利を現実化するために物的手段を確保し提供する義務を負い、他方、人民はそれを請求する権利をもっているとされる。
[池田政章]
日本国憲法も社会権を定めており、具体的に、生存権、教育権、勤労権および勤労者の団結権・団体交渉権・団体行動権を規定している。まず、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が憲法で規定され(25条)、その保障のために、社会諸立法(たとえば生活保護法、社会福祉法、厚生年金保険法、国民年金法、雇用保険法、国民健康保険法など)によって生活福祉の増進が図られており、国民はこれらの諸法規を通じて国家の配慮を要求することができる。
教育権については、機会均等な教育を受ける権利と義務教育の保障が規定され、小・中学校の9か年の義務教育についてこれを無償としている(26条)。生存権の実質的な保障のためには、勤労の権利の確保が必要であるが、国家は労働の機会提供について、職業安定法、雇用保険法などを制定し、労働基準法を設けて勤労条件に関する基準を定め、児童の酷使を禁止している(27条)。さらに、使用者の経済的優位に対抗して契約の実質的平等を確保するためには、労働者が団結して交渉にあたる自由の保障が必要とされるが、そのために勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権(労働争議や示威運動など)が憲法で保障されている(28条)。
[池田政章]
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国家が個人の生存の維持・発展に必要な諸条件の確保に責任を負う社会国家において,社会保障施策などを要求しうる国民の権利をいう。社会的基本権または生存権的基本権ともいう。資本主義経済の発達によって生みだされた富の偏在,労働者の貧困,失業などの社会問題を克服し,伝統的自由権が形式化することを防ぎ,実質的な自由と平等を保障するために登場した,新しい型の基本権である。ワイマール憲法(1919)の〈経済生活の秩序は,すべての者に人間に値する生存を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない〉(151条)という規定はその先駆である。日本国憲法の保障する社会権には,生存権(25条),教育を受ける権利(26条),勤労の権利(27条)および労働基本権(28条)がある。社会権は国家権力の積極的関与により社会的・経済的弱者の生存の維持をはかるものであり,その実現には立法による具体化が先決である。
→基本的人権
執筆者:阿部 照哉
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…19世紀に入ると,人権の保障は成文憲法の構成部分となって,世界各国に普及するが,ドイツや日本のように市民革命を経験せずに上からの近代化が進められたところでは,基本的人権も欽定憲法のなかで君主より恩恵的に与えられた国民の権利であって,国家以前の人権ではありえなかった。
[自由権から社会権へ]
18世紀に成立し,19世紀に普及した古典的人権は,信教の自由,言論・出版の自由,住居の不可侵,財産権の不可侵のように,本質的に個人の〈国家からの自由〉をその内容とする自由権であった。それは,市民革命が市民の自由に対する国家の介入と抑圧の排除を目的としておこったこと,および市民階級の最大の要求が自由と財産権の保障であったことから理解される。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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