不特定多数の旅客や貨物の輸送を行う鉄道のうち、JRグループと地方公共団体が経営する公営鉄道を除く鉄道をさす。私設鉄道、私有鉄道ということもある。民鉄(民営鉄道)は、私鉄の別称である。ただし、国土交通省の鉄道輸送統計上の民鉄は、私鉄と公営鉄道の総称である。私鉄は、おもに比較的短距離の地域旅客交通サービスを供給する。
[新納克広]
私鉄は、規模により、大手、準大手、中小の三つに分類される。大手、準大手は大都市圏に路線をもっている。大手とは、東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、京王電鉄、小田急電鉄、東急電鉄、京浜急行電鉄、東京地下鉄、相模鉄道、名古屋鉄道、近畿日本鉄道、南海電気鉄道、京阪電気鉄道、阪急電鉄、阪神電気鉄道、西日本鉄道の16社をさす。準大手とは、新京成電鉄、大阪府都市開発(泉北高速鉄道)、北大阪急行電鉄、神戸高速鉄道、山陽電気鉄道の5社をさす。中小はこれら以外の私鉄であり、地方鉄道とよぶこともある。規模とは別に、地域と機能によって、大都市高速鉄道、路面電車、地方旅客鉄道、観光鉄道、貨物鉄道に分類することがある。
[新納克広]
日本の私鉄第一号は1882年(明治15)に開業した東京馬車鉄道である。1906年の鉄道国有化法制定以前は、幹線鉄道の一部も日本鉄道会社などの私鉄が建設し経営してきたが、同法制定によりそれらは国に買収され、国鉄の一部となった。以後、私鉄は一地方の交通を目的とし、国有の幹線鉄道を補完する局地的なものに限られた。鉄道が陸上交通を独占できた明治から大正にかけて、全国各地で私鉄の開業が相次いだ。大手私鉄は、昭和初期にほぼ現在の路線網を形成した。一方、昭和に入ると、バスの進出で小規模私鉄には廃止されるものが出始めた。第二次世界大戦以後の1950年代から1980年代にかけて、人口の都市集中と勤労者の郊外への住居移転による通勤距離の延長で、大都市私鉄の輸送量は飛躍的に増加した。それに対応して、大都市私鉄は輸送力増強工事を続けてきた。しかし、1990年代中期から、輸送量の伸びが止まり始めた。とくに、京阪神圏の私鉄の輸送量減少が目だっている。
大都市圏外の中小私鉄は、バス輸送とトラック輸送の発達、過疎化、自家用乗用車の普及によって、輸送量の減少が続いている。これら私鉄は、輸送需要が小さく、経営効率が悪いため、大都市私鉄に比べ、運賃が高く、列車運行頻度が低い。20世紀後半から多くの私鉄が、経営難のため廃止あるいはバス輸送に転換した。1960年(昭和35)には3185キロメートルあった中小私鉄の営業キロが、1983年には1674キロメートルまで減少した。1983年から2011年(平成23)までに、次の段落で述べる国鉄からの転換線を含め、さらに577キロメートルの路線が廃止された。大都市圏外の私鉄の多くは、運賃収入だけで経営を維持することが困難になっており、存続のために政府の支援を必要としている。
[新納克広]
1984年(昭和59)開業の三陸鉄道を最初に、1980年代には、旧国鉄における地方交通線の多くが、その経営を地元で設立した第三セクター私鉄に引き継がれた。そのため、中小私鉄の営業キロは増加した。これらの第三セクター私鉄には、沿線の地方自治体と地元民間企業が出資している。旧国鉄線以外にも、国鉄線として開業が計画されていた新線を引き継いで開業した第三セクター私鉄がある。さらに、北陸(長野)・東北・九州の整備新幹線開業に伴い、並行在来線(信越本線、東北本線、鹿児島本線、北陸本線の一部区間)の経営が、JRグループから各地域で設立された第三セクター私鉄に引き継がれている。また、富山県の万葉線や福井県のえちぜん鉄道のように、経営難の中小私鉄の経営を第三セクターが引き継いだ事例も出てきている。
[新納克広]
2010年度における国内旅客総輸送量のうち、私鉄の旅客輸送量は、輸送人員が108億人、輸送人キロ(乗客数×輸送距離)が1295億人キロであった(国土交通省『鉄道輸送統計年報』、総務省『地方公営企業年鑑』から計算)。2009年度における全輸送機関に占める私鉄の分担率は、輸送人員で12%、輸送人キロで10%であった。私鉄の輸送量の大部分は大都市圏の旅客輸送である。大都市交通において私鉄が発達し、経常費に対する公共補助なしに経営を続けているのは世界で日本のみであり(2013)、わが国の交通市場の大きな特徴の一つである。
国内貨物輸送における私鉄の役割はきわめて小さく、2009年度の国内貨物輸送に占める分担率は、輸送トン数で0.3%、輸送トンキロ(トン数×輸送距離)で0.05%である。私鉄の貨物輸送は、鉱産品や化学工業品の輸送やJRと港湾を結ぶ臨港線の輸送に専門化している。
[新納克広]
大都市圏では一時に集中する大量の通勤通学客を自動車交通でさばくことは物理的に不可能であり、鉄道が不可欠の存在である。大都市圏の私鉄は、ほかの鉄道との並行路線を除いて独占的地位にあり、大量の旅客需要を安定して確保している。これが、鉄道業に固有の「規模の経済性」を発揮させ、輸送単位当りの費用を逓減させ、自立採算で低運賃輸送の提供を可能にしている。しかし、朝夕のピークの激しい混雑は大きな社会問題である。私鉄各社は輸送力増強工事を進め、その結果、混雑率(乗車人員÷車両定員)は減少傾向にあるものの、混雑を解消するには至っていない。沿線の高地価と用地買収の困難さや地下線建設費の高さから、輸送力増強には莫大な資金が必要である。混雑率の低下は単位輸送量当りの費用の上昇を招き、その恩恵を受けるのが収受運賃水準の低い定期客である点で、私鉄にとって妙味ある投資ではない。公共部門からの出資、補助金、低利長期資金の融資なしには、地下鉄を含めた新線建設はむずかしい。そのため、1990年代以降の新線の多くは、沿線の地方自治体が主導し地元企業や私鉄などが参画する第三セクターが、建設主体となっている。この場合、線路施設の建設・管理と、列車運行を別の経営主体が行う「上下分離」方式がとられ、JRや大手私鉄が列車運行を担う。これにより、私鉄は新線建設に要する費用負担を少なくし、経営への悪影響を防いでいる。
[新納克広]
大手、中小を問わず、大部分の私鉄は兼業部門をもち、系列企業をその勢力下にもっている。私鉄の兼業、系列企業の多くは鉄道業と補完関係にあり、鉄道旅客をその顧客にする一方で、鉄道の旅客誘致に貢献している。これら事業の営業範囲はおもに自社の鉄道沿線であり、そこでは私鉄は地域コンツェルンを形成している。代表的な事業は、自動車輸送(バス、タクシー)業、不動産業、百貨店・スーパーマーケットなどの小売業、観光・レジャー業、宿泊業である。ターミナル駅に百貨店やホテルをもち、郊外で宅地開発や観光開発を行い、駅までのアクセス手段にバス、タクシーをもつというのが典型的な私鉄の姿である。中小私鉄では、鉄道部門の全収入に占める割合はさらに小さく、実質的にはバス事業者といえるところが多い。そのなかで、第三セクター私鉄は、兼業の比重が小さく、系列企業も少ない。
上記のように大手私鉄が多角経営化を強めた最大の理由は、鉄道事業の収益性と発展性が乏しいことである。さまざまな公的規制の下で、鉄道業は安定した収入を得られるものの、収益性の高い部門ではない。大都市圏の私鉄でも旅客需要が伸び悩んでおり、運賃収入の増加を期待できない。私鉄の事業拡大は鉄道やバス以外の分野に向けられている。その対象として、小売業やレジャー業に重点が置かれ、介護や保育事業などの成長分野へも進出している。
[新納克広]
『斎藤峻彦著『私鉄産業――日本型鉄道経営の展開』(1993・晃洋書房)』▽『日本交通学会編『交通経済ハンドブック』(2011・白桃書房)』▽『国土交通省鉄道局監修『数字でみる鉄道』(年刊・運輸政策研究機構)』
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…1980年代以降,旧国鉄から第三セクターに転換した路線も多い),国と東京都が共同出資する東京の帝都高速度交通営団(特殊法人),に分類される。このうち公営,営団を除く民鉄(いわゆる私鉄)をさらに,大手民鉄(1990年以降15社),大都市中小民鉄,地方中小民鉄,貨物鉄道,観光鉄道に分ける方法もある。 日本の鉄道輸送における国鉄と民鉄の輸送分担は表1に示すとおりであったが,旅客輸送人員では民鉄が国鉄のそれを大幅に上回っており,鉄道輸送上,民鉄が重要な位置を占めている点に注目する必要がある。…
…これら高速道路は,自動車交通量の大きな部分を分担している。
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日本の都市交通のいま一つの特色は,私鉄の役割が(とくに外周部で)大きいことである。欧米諸国では,今日都市交通はほぼ公的経営の下にある。…
…鉄道の経営形態のうち,国有鉄道以外のもので,私鉄,民鉄とも呼ぶ。株式会社,個人など純粋に民営のもののほか,県,市など地方公共団体の営むもの(公営),営団・公団など特殊法人のものを含む。…
※「私鉄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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