研究費の配分主体(政府や財団など)が研究提案を公募し,当該研究分野の専門家を中心とする関係者の評価に基づいて配分する時限付き研究費を競争的資金と呼ぶことが一般的である。競争的研究資金ともいう。研究提案の公募方法に注目して,研究者の自由な着想に応じて研究費を配分するボトムアップ型と,公募に際して研究分野をあらかじめ限定するなどの形で政策的な意思を反映して研究費を配分するトップダウン型の二つに大別される。広義には,大学の教育改革などを目的とする資金も含まれる。以下,中央政府が大学(大学に所属する研究者)に配分する競争的研究資金に焦点を当て,「大学と研究」の文脈に関連付けながら,その特徴と課題について述べる。なお,中央政府が配分する競争的資金の一覧は,内閣府ウェブサイトで確認できる。
[大学に対する公的研究費の配分政策]
大学の研究費はそもそも,常に増加する傾向がある。その理由には諸説あるが,H. ボウエン(Bowen,1980)の「費用の収入理論」を大学の研究に敷衍できる(阪本崇,2013)ならば,①大学は非営利組織であるなどの理由により,コスト削減の誘因が生じないこと,②投入費用と研究成果との関係を正確に把握できず,費用と研究成果との間には正の相関があるという信念を研究者が有していることが原因だとされる。大学の研究費にはこのような基本的性質があるため,限りある公的財源から研究費を配分する方式の決定が政策上の重要事項となる。
従前の公的研究費の配分方式は基盤的経費を主とし,ボトムアップ型を中心とする科学研究費補助金等の文部省予算がこれを補う形であったが(小林信一,2012),政府は1996年(平成8)から5年ごとに科学技術基本計画を策定し,「競争的資金」という言葉を定義のうえ,公的研究費の大幅な拡充と競争原理の拡大を進めた(田中久徳,2006)。創造性の源泉は研究者の自由な発想に基づく研究であるからこそ,競争的研究資金制度が重視される(内閣府編,2004)という信念に基づき,研究費の獲得競争が研究水準の向上を促すものと期待された。その後,経済再生や持続的発展などのために累次策定された「科学技術イノベーション総合戦略」に競争的資金制度の再構築が位置付けられた。政策的意思が反映されたトップダウン型の研究費配分方式を重点化する政府の姿勢がうかがわれる。
このような科学技術政策の変遷と並行して,大学政策においても,1998年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」で競争的環境という言葉が使われるなど(阿曽沼明裕,1999),競争の導入による大学改革が明確に志向されるようになった。2005年の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」以降,大学政策における競争的資金は,基盤的経費の助成と両輪をなす「多元的できめ細やかなファンディング・システム」(デュアル・サポート)を形成し(水田健輔,2011),大学改革(機能別分化)に資する公的研究費の配分方式としての役割を担うものとして期待されている。
[制度拡大に伴う研究への影響]
日本の競争的資金は,公的研究費の配分政策の変遷を受けて,政府の科学技術関係予算に占める比率を上げてきた。競争的資金額の比率は2009年度の13.8%を頂点に減少に転じているが(『科学技術指標2016』),社会保障関係費の自然増などによる財政難を考慮すれば,競争的資金は優遇されてきたとみることもできよう。また,競争的資金の配分結果を機関別にみれば,特定大学への集中が顕著である。
その結果,大学の研究の生産性が向上していれば,まだ良いのかもしれない。しかし実際には,大学の研究活動の生産性が2000年以降低下していることが示唆されるという(小林信一,2012)。このことから競争的資金制度のあり方を問うとすれば,競争的資金の拡大は,大学に措置される基盤的経費の削減とほぼ同時的に進められてきたことに留意する必要があろう。大学の研究費は,時限が設定されていない恒久的な財源から,数年という時限付きの財源にシフトしつつあるといえる。その結果として,政策的な期待とは逆に,研究者が自由な発想を育む環境が損なわれているおそれがある。
たとえば競争的資金で設置されるポストは任期付きであり,そのポストに採用された研究者は,より安定したポストを得るために,その任期内に結果が出やすい研究を行う誘因に直面する。また,とくに生命科学系分野で被引用頻度が高い研究におけるポスト・ドクターの役割は大きいことが知られているが(科学技術・学術政策研究所,2015),ポスト・ドクターの雇用財源はしばしば競争的資金であり,そのポストは不安定である。ゆえに中堅以上の研究者は,若手研究者の雇用財源の確保に頭を悩ませることになり,競争的資金の獲得自体が自己目的化する余地があることは否定できない。
競争的資金制度の拡充が,大学の研究の活性化という所期の目的を果たしていないとすれば,その制度的前提の吟味の必要性が示唆される。研究者が研究成果それ自体を競い合うことで,科学研究の発展が達成されうることは事実かもしれない。しかし,研究費の獲得競争が研究成果の競争と同等の成果をもたらすためには,研究費配分時の事前評価が,当該研究の成果を完全に予見できるという非現実的な仮定が必要であり,研究費に占める競争的資金の比率を高めていくことが科学研究の発展に資する保証はないという指摘がある(小林信一,2012)。日本の研究費に占める競争的資金の比率はまだ小さいという見解もあるが(OECD,2009),競争的資金の比率を拡大することが研究の生産性向上に資するのか検証が求められる(丸山文裕,2013)段階にあることに留意する必要がある。
他方,競争的資金へのシフトが行き過ぎたと認識してこれを是正するとしても,常に増加を求め続ける大学の研究費を,限りある財源からどう措置するのかという難問から逃れることはできない。競争的資金が惹起している課題の一つは,大学の研究費の基本的性質をどう受け止めるのかという,社会の側の認識のあり方でもある。
著者: 日下田岳史
参考文献: 阿曽沼明裕「国立大学における研究費補助のパターン変化―特定目的化と競争化」『高等教育研究』2集,1999.
参考文献: 科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2016』,2016.
参考文献: 科学技術・学術政策研究所『科学技術イノベーション人材育成をめぐる現状と課題―科学技術分野の高度専門人材の流動化・グローバル化・多様化の観点から』NISTEPブックレット2,2015.
参考文献: 小林信一「科学技術政策と大学財政」『高等教育研究』15集,2012.
参考文献: 阪本崇「社会は大学のコストを支えていくことができるか―大学の生産性とコスト病」,広田照幸ほか編『大学とコスト―誰がどう支えるのか』岩波書店,2013.
参考文献: 田中久徳「競争的研究資金制度―不正防止対策と審査制度の拡充を中心に」『調査と情報』第555号,2006.
参考文献: 内閣府編『科学技術創造立国のための競争的研究資金の制度改革―政府研究開発データベースに基づく実態分析と改革設計』,2004.
参考文献: 丸山文裕「高等教育への公財政支出の変容」,前掲『大学とコスト―誰がどう支えるのか』,2013.
参考文献: 水田健輔「競争的資金による大学改革の光と影1」『週刊教育資料』No. 1167,2011.
参考文献: OECD編『日本の大学改革―OECD高等教育政策レビュー』明石書店,2009.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
競争的な研究環境を形成し、研究者が独創的な研究開発に取り組むうえで基幹的な研究資金。競争的研究資金ともよぶ。政府の第3期科学技術基本計画では、「資源配分主体が広く研究開発課題等を募り、提案された課題の中から、専門家を含む複数の者による科学的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施すべき課題を採択し、研究者等に配分する研究開発資金」と定義されている。原則として、日本学術振興会や科学技術振興機構などの研究資金配分機関Funding Agency(略称FA)が、公募したなかから優れた研究課題を採択し、研究資金を配分している。おもなものとして、学術研究に対して重点的に配分される科学研究費助成事業(科学研究費補助金)、政府の長期戦略指針などに関連した研究課題に対して重点的に配分される戦略的創造研究推進事業がある。これらの競争的資金では、選定された研究者が所属する各大学や研究機関に対し、直接経費の一律30%にあたる間接経費が支給されるため、施設側にとっても重要な資金源になっている。
2014年度(平成26)予算では、内閣府と7省庁による競争的資金として、18の研究資金制度が設けられており、合計予算額は4143億5700万円であった。競争的資金が世界的な研究成果の創出に寄与した事例として、京都大学教授の山中伸弥(やまなかしんや)によるiPS細胞の作成、東京工業大学教授の細野秀雄(1953― )による鉄系超伝導物質の発見などがあげられる。
競争的資金制度は、1930年代のアメリカで分子生物学の確立に大きな役割を果たしたロックフェラー財団の研究プログラムに始まるとされる。その後、アメリカでは1950年に設立された国立科学財団National Science Foundationが、国立衛生研究所や国防総省などとともにFAとなり、大学へ競争的資金を積極的に配分するようになった。今日、主要先進国が科学技術を振興するうえで、競争的資金の配分はもっとも重要な施策になっている。
[編集部]
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