アベグレンJ.C.Abbeglenが《The Japanese Factory》(1958。邦訳《日本の経営》)の中で,日本の企業の雇用慣行の特徴をlife-time-commitmentと名づけて以来,その訳語〈終身雇用〉または〈生涯雇用〉が年功賃金(年功的労使関係),企業別組合とセットで,日本の労使関係の特徴を表す用語の一つとして,国内だけではなく国際的にも広く使用されることとなった。しかし,その用語法はきわめて多様で明確に定義づけられているわけではなく,また形成・変容の根拠についてもさまざまな解釈がされている。日本の労使関係においては古くから,企業が正規従業員を採用するにあたって,特定の職務を遂行できる能力をもっていることを基準にするのではなく,新規学卒者またはそれに近い若年者を出身学校,人物などを基準に採用し,企業内で養成訓練を行い,適職に配置し昇進させる慣行があった。また,企業が重大な過失なく勤務している従業員を解雇すること,従業員が正当な理由がなく転職することを悪と考える道徳観が存在し,これに反して解雇,転職が行われた場合には,道徳的非難,解雇反対・解雇手当要求の労働争議,また強制貯金の没収や一部支給停止などの制裁が加えられることが当然とされてきた。この結果,日本の正規従業員は,企業に定着する以前の若年期と定年時を除いては離職率が低く,一般に勤続年数が長い。このような雇用慣行は,第1次大戦ころから徐々に制度化され,1950年代には,毎年4月に新規学卒者を採用する定期採用,企業内養成訓練施設の設置,定期昇給により長期勤続者を優遇するいわゆる年功賃金,自己都合退職者より会社都合退職者,とくに定年退職者に有利な退職金制度など,採用から定年までの雇用保障の制度,会社都合退職の場合の補償の制度が,労使交渉のなかで作りあげられてきた。また,経営上の理由で過剰人員が発生した場合にも,企業は残業規制,配置転換,一時休業などの方法で可能な限り解雇者を出さないよう努め,やむをえず人員整理を行う場合にも,希望退職者を募集しそれに応じ退職をするものには退職金の割増しを行うなどの方法をとり,これらの条件について,労使交渉が行われるという慣行ができてきた。
終身雇用とは,このような労使の雇用に対する態度,それが結実した諸制度の総体を意味していると思われるが,このうちとくに勤続年数が長いという事実,制度の整備の程度を重視する観点からすると,中小企業,女子労働者,臨時工,パートタイマーなどでは,制度も整備されていず,労働組合もなく,経営も不安定で労働移動が大きいので,終身雇用は大企業の正規従業員にしか存在しないという説もある。このような制度・慣行の発生の根拠については,第2次大戦前については日本の近代的企業が前近代的な家族主義的社会関係(家父長的関係,無限定な権利と義務の交換関係など)を取り入れながら成立したこと,労働組合が普及し家族主義的思想が衰退した第2次大戦後においては,個人の価値より集団の価値に重きをおく集団主義的社会関係が日本社会の基礎になったことなどに求める社会学的解釈,後発工業国で急速な経済成長を遂げた日本では,先進工業国から輸入した生産・経営の技術・技能に適合した社会的な労働者訓練施設がなく,学校教育と企業内訓練で養成せざるをえなかったので,年少の未熟練労働者は多数存在したが,絶えず熟練労働者,技術者,中間管理者が不足していたために,引抜きを防止する必要があり,また勤続=企業内経験年数に応じて平均的に熟練度が高まり,上位の職位を補充するのに直近下位のものをあてるのが最も経済的であるという,いわゆる労働市場の内部化に原因を求める経済学的解釈などがある。近年,人口の中高年齢化と定年延長に伴い,中小企業では若年者の採用が困難になり,大企業では昇進の頭打ち現象が生じ,採用慣行・昇進制度・退職金制度の変更,早期退職優遇制度の導入,定年後の勤務延長,再雇用制度の新設など,制度面から終身雇用の変容がみられる。
執筆者:氏原 正治郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(桑原靖夫 獨協大学名誉教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…それを支えるのが,俗に経営家族主義といわれる,能率の論理よりは生活保障の論理を重視した人事管理である。 まずその特色として,(1)終身雇用の慣行があげられる(終身雇用制)。企業は新規学卒者の採用に情熱をもやし,学卒者のほうも定年まで同一企業に勤務するつもりで入社するのが常で,企業と従業員の関係は長期的,永続的と考えられがちである。…
…年功的熟練は以上のように,それぞれの企業の技術と結びついて固着する傾向があり,他の企業ではそのまま通用しがたいという点で,閉鎖的な性格をかなりもっている。そして企業自身がこのような形で養成した労働者を技能養成工としてブルーカラーの基軸にすえ,可能な限り定年退職まで雇用の保証を与え,終身雇用(終身雇用制)の対象としていったから,いっそうその性格は強まっていった。そこで勤続年数の上昇とともに技能レベルが上がるということにおおむね対応させて,昇給―昇進の仕組みをつくりあげていった。…
…
[〈日本的経営〉ブーム]
1973年の第1次石油危機とそれに続く低成長時代には,批判派は影をうすくし,代わって日本的経営に対する二つの分裂した関心が現れてきた。その一つは,終身雇用制と〈水膨れ〉体質との矛盾,年齢構成の高度化に伴う給与負担の増大・管理職ポストの不足と年功制との衝突など,低成長時代に日本の経営体が直面しはじめた諸困難への対応についてである。いま一つは,日本的経営に対する海外での高い評価・関心を反映した,日本的経営の海外適用可能性についての論議である。…
…この退職金は,原則的には基本給×勤続月数×係数で計算されるから,勤続年数が長いほど有利であり,年功累進的退職金制度といわれ,また定年退職の場合,最も優遇される。このような人事処遇制度のもとでは,従業員が他企業に移動することは,既得権,期待権を放棄することになり,不利になるうえに,定年退職の場合には,老後生活の支えになるかなりの額の退職金を受領できるので,いわゆる終身雇用制の制度的表現ともいえる。
[背景]
こうした年功的労使関係は経済学的には,後発工業国として発達した日本の企業が必要な熟練労働者,職員,管理者を養成し,他企業に引き抜かれないように確保するためにつくられた制度として説明される。…
※「終身雇用制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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