特定の少数者が権力を背景として集団に一定の秩序を付与しようとすること。政治とほぼ同義に用いられることが多いが,厳密に解すれば,統治は少数の治者と多数の被治者との分化を前提とし,治者が被治者を秩序づけることを意味するのに対して,政治は,少なくとも,対等者間の相互行為によって秩序が形成されることを理想としている。こうした差異を端的に示しているのは,政治と統治の言語としての差異であろう。すなわち,〈統治〉は〈統治する〉という他動詞の名詞形であるが,〈政治〉には同様の他動詞が対応していない。〈政治する〉は正しい用法とはいえないであろう。こうした関係は英語にもみられて,governmentはgovernの名詞形であるが,politicsは対応する他動詞をもたない。要するに,統治は治者が被治者を治めるのであるが,政治は平等な市民間の自主的な協働によって秩序がつくられる可能性を示唆しているといえよう。しかし,市民間の自主的協働によって秩序が形成されうるのは,現実にはきわめて特殊な場合に限られる。したがって秩序形成の方法として,統治は普遍的でほとんどあらゆるところに見いだすことができるが,政治は特定の場所にしか見いだされないといえよう。ただ日常用語では,ここまで政治を狭く用いることはない。むしろ政治は統治を含む広い意味で用いられることが多い。こうした用法では,統治に対比されるのはむしろ自治である。すなわち,統治の場合,少数者,極限的には単一者が多数者に対して秩序を強制するのに対して,自治の場合,社会の構成員全員による自発的選択によって秩序が形成される。
このように対極的な位置におかれた統治と自治は,いずれも極限的な概念であって,現実の世界には存在しえない。もし現実の世界で完全な自治や完全な統治を実現しようとすれば,自治の極限にはアナーキーという危険が,統治の極限には個人あるいは人間性の否定という危険が存在するであろう。むしろ,現実の政治は統治を主体にして,アナーキーへの危険を回避しながら,可能な範囲で自治を制度化することにより,個人の否定に至ることを防いできたといえる。その典型的な例が代議制にほかならない。しかし代議制が空洞化されて自治の側面が後退すると,参加デモクラシーという形で,より徹底した自治への要求が強まる。さらに平等化の進行によって,一方で政府への要求や圧力は増大の一途をたどりながら,他方で政府の権威も低下し,制度や規範の権威も低下しているとすれば,統治可能性は低下せざるをえないであろう。かくて,ガバナビリティ(統治可能性)の喪失が今日の統治における最大の問題である。なお,日本では中央統治対地方自治という形で,統治はもっぱら中央政府と結びつけられ,地方はもっぱら自治と結びつけられる傾向があるが,政府は中央にも地方にも存在し,したがって統治も中央にも地方にも存在することはいうまでもない。
→支配 →政治
執筆者:阿部 斉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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