産業発展にとっては,そのために必要な技能・熟練・職業的知識を有する労働者が随時提供される条件が満たされていなければならない。人間の職業的能力の形成・向上は,学科教育を授ける学校教育,主として実技を授ける職業訓練,仕事をしながら習熟する職場訓練などによって達成される。通例,学校や職業訓練施設で行われる教育訓練をoff-JT(off the job training),職場訓練をOJT(on the job training)と呼び区別している。これらの教育訓練制度は,工業技術の発達に伴う複雑な機械・装置の実現,多様かつ多種類の商品の登場,大規模経営を中心とする管理技術の発達などによって,手工業段階で支配的であった熟練職人養成のための徒弟制度に代わって,組織的かつ大規模に行われるようになってきた。
職業訓練を公的に行うのは公共職業能力開発施設で,現在の日本では都道府県立または市町村立の職業能力開発校(229校,年間訓練定員約15.9万人),都道府県立の職業能力開発短期大学校(5校,同定員約0.1万人),および雇用促進事業団立の職業能力開発促進センター(65所,同定員約23.5万人),ならびに職業能力開発短期大学校(26校,同定員約1.7万人)などがあり,これ以外に国立または都道府県立の障害者職業能力開発校(19校,同定員約0.4万人)が設置されている(1997年度現在)。これらの公共職業能力開発施設での職業訓練の目的は,職業に必要な知識・技能を授けて職業能力を開発・向上させ,労働者の雇用の安定と社会的・経済的地位の向上と改善に役立てることにあり,労働者の職業生活の全期間にわたって必要な職業能力を段階的かつ体系的に開発・向上させ,これによって獲得された職業能力が適正に評価されるようにすることにおかれている。
この目的を実現するために,職業訓練は習得させようとする技能・知識の程度によって普通職業訓練,高度職業訓練に大別されて実施されている。普通職業訓練は,新規学卒者を対象として将来多能工となるために必要な基礎的な技能・知識を習得させるための普通課程(中卒2年,高卒1年),離転職者,在職労働者等多様な労働者や就職希望者等を対象として,その対象者に応じて職業に必要な技能(高度の技能を除く)・知識を習得させるための短期課程(12時間以上,6ヵ月以下)の二つの課程が置かれている。短期課程には,管理者,監督者等を対象とする管理監督者コース,技能検定受検を目指す労働者を対象とする技能士コースが含まれている。高度職業訓練は,新規学卒者等を対象として将来高度熟練技能労働者となるために必要な基礎的な技能・知識を習得させるための専門課程(高卒2年),在職労働者等を対象として職業に必要な高度の技能・知識を習得させるための専門短期課程(12時間以上,6ヵ月以下)の二つの課程が置かれている。公的職業訓練としては,上記の職業訓練施設以外のものとして,事業主等が都道府県知事の認定を受けて行う認定職業訓練がある。これについては,運営費および施設・設備費について,国ならびに都道府県から1/3ずつの補助が与えられる。また,労働者に所定労働時間中に通常の賃金を支払って,自社内または自社外の認定職業訓練施設で行う職業訓練を受講させる中小企業事業主に対しては国から賃金の1/3が助成される(認定訓練派遣等給付金)。
また,労働者の技能習得意欲を増進させるとともに,技能および職業訓練の成果に対する社会的な評価を高め,労働者の技能と地位の向上を図るため,国が労働者の有する技能を一定の基準によって検定し,これを公証する技能検定制度のほか,団体が実施する技能審査を労働大臣が認定する技能審査認定制度や社内検定を労働大臣が認定する制度がある。技能検定職種は133職種(1997年3月末現在)あり,各職種ごとに特級,1級,2級,3級,基礎1級および基礎2級(この区分がない職種は単一等級)の等級に区分されている。技能検定試験の基準は試験の科目等と試験の程度からなっており,その実施は職種ごとに実技試験および学科試験により年1回実施されている。技能検定に合格した者には合格証書が交付され〈技能士〉と称することができる。また,職業能力の開発,向上が,労働者の職業生活の全期間を通じて,段階的かつ体系的に行われることを促進するために設けられている制度として,事業内職業能力開発計画に基づき,その雇用する労働者に対し職業訓練を行う事業主に対して,生涯能力開発給付金により賃金や諸経費の助成が行われている。
技術の進歩,産業構造の変動,少子・高齢化社会への移行など経済社会が急激に変動するなかで,今日では,ますます生涯職業訓練体制の整備・充実の必要性が増大しつつあり,公共職業訓練の役割は重要性を増してきているが,日本では公的職業訓練制度に対する社会的評価はそれほど高いわけではない。これにはさまざまな理由があるが,産業界が企業内でのOJTによる教育・訓練と熟練形成にもっぱら期待し,公共職業能力開発施設のみならず学校教育に対しても職業人の養成について低い評価しか与えていないことが最大の問題点である。もちろん,こうした産業界の評価は,受験技術教育に偏した学校教育や,国民大衆に根強い学歴偏重意識と職業・産業教育の軽視などの社会的風潮によるところが大きい。こうした風潮のなかで,学校教育でも,高校では大学・短大への受験予備校化した普通課程が重視され,職業課程が〈落ちこぼれ〉として軽視され,このあおりで公共職業能力開発施設の社会的評価はなおのこと低められるという悪循環が起きている。こうした社会的風潮は容易に変わらないとしても,公共職業訓練制度についても改善すべき余地は大きい。たとえば訓練職種の偏りを是正し,第3次産業関連の職種やME関連職種にまで訓練職種を拡大すること,特にホワイトカラーの能力開発を推進すること,技術進歩による社会の要請の変化に不断に対応できる訓練技法を開発し,訓練指導員の質の向上と再訓練体制を強化すること,そのために民間企業の定年退職者など熟練技能者を訓練指導員として採用すること,公共職業能力開発施設と学校教育(専修学校を含む)との連係関係をつくり,学科教育は学校で,実技教育は公共職業能力開発施設でという分業体制を確立すること,職業訓練生を民間企業などへ派遣し,実技訓練を委託する道を拡大すること,など工夫改善する余地は大きい。
執筆者:高梨 昌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
近代社会における機械体系の急速な発展に対応して労働者の職業上の地位を維持し向上するために、職業に必要な知識や技術を習得もしくは向上させることをいう。日本では、広義に学校教育の分野まで含めて職業技術教育という場合と、狭義に学校教育における職業教育を含まないでいう場合とがある。歴史的には各国で多様な形態のもとに発展したが、共通に確認されることは次の5点である。第一に、職業訓練が狭い職人的な伝達による方法から抜け出して、公的な訓練施設において行われるようになったこと。第二に、若年者を対象に開始された訓練が、その対象を拡大してすべての年齢階層を包括していること。第三に、訓練の内容が充実され、これに応じて訓練時間も延長されていること。第四に、訓練の成果を公的な資格として認定し、これが賃金をはじめとする労働条件に反映するような制度が採用されていること。最後に、訓練の費用負担における雇主と国の責任および労働者の権利性と労働組合の関与が明確にされてきたことである。
日本の職業訓練は、歴史的には、企業内職人徒弟制が1880年代から1890年代にかけて職業訓練の基本的な形態をなし、その後工場徒弟制を経て1910年代以降には企業内学校による講義を含む養成工制度が普及した。1920年代には、養成工制度が「産業合理化」運動の展開されるなかで大企業において確立した。1939年(昭和14)に制定された工場事業場技能者養成令は、主として大企業において実施されていた養成工制度の拡大によって、戦時の熟練工不足に対処しようとした。同じ年の国民徴用令のもとで増加する徴用工に対する訓練も行われたが、その内容は、具体的な作業内容についてよりも集団的な規律に重点を置く軍隊式の精神主義的なものであった。前年の1938年には、職業紹介法の全面改定による機械工補導所が全国的に設置されたが、勤労意欲を鼓吹する精神的・肉体的な鍛練を行うにとどまった。
第二次世界大戦後は、労働基準法による企業内の技能者養成と職業安定法による職業補導の二つの系統に沿って開始され、1958年(昭和33)には職業訓練法として単独立法化された。アメリカの労務管理技術の導入が1950年代の後半から進み、企業内教育がこの一環として大企業を中心に制度化された。その後、職業訓練法は、1969年、1978年の改正を経て、1985年に職業能力開発促進法と改められた。
職業能力開発促進法は、労働者の職業能力の開発および向上を促進し、労働者の雇用安定と地位向上を図るとともに、経済の発展に寄与することを目的としている。同法では、普通職業訓練および高度職業訓練を示し、その具体的な訓練課程、訓練期間および訓練時間の基準については厚生労働省令で定めている。
職業能力開発促進法に基づき、5年ごとに職業能力開発基本計画が策定され、2006年度(平成18)から第八次計画がスタートした。同計画ではとくに労働者の自発的な教育訓練を重視している。労働者の教育訓練を支援するための制度として、労働者が教育訓練施設に支払った教育訓練経費の一定割合に相当する額が支給される教育訓練給付制度が用意されている。
[三富紀敬・笹島芳雄]
『隅谷三喜男編著『日本職業訓練発展史』上下(1970、71・日本労働協会)』▽『人材開発研究会編『解説日本の職業能力開発』(2009・労働新聞社)』▽『厚生労働省編『厚生労働白書』各年版(ぎょうせい)』
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…(3)高い水準の技術教育 技術の開発・改善等の研究,あるいは生産工程の管理に従事する高い水準の技術者養成は,大学の理工系学部あるいは大学レベルの専門教育機関で行われる。(4)特定の職業の技能に習熟させることを目的とする訓練は,学校制度になじみにくいので,職業訓練vocational trainingと呼ばれる。職業訓練については,職人が単独または共同で行うもの,労働省のような公共機関の行うもの,企業が行うものなど多様な施設が発達している。…
…ある職業に従事するのに必要な知識と技能を与えるための教育。現代日本の学校制度にそくしていえば,高等学校の職業学科のほか,各種学校,専門学校および職業訓練の一部の教育がこれに相当する。西欧諸国においては,職業あるいは職種ごとに,職業上の資格によって従事すべき職域demarcationや要求される技能の水準を雇用契約などで明示する慣行が一般化しているので,個々の職業教育の目的,内容,水準などが明確である場合が多いが,日本では,医師,電気工事士,理容師などのように公的資格が設定されている領域を除くと,このような職業慣行は一般的でないため,その職業教育は西欧諸国のそれのように教育内容が細分化されてはいない。…
…職業に必要な技能と関連知識を教授することを目的とする教育訓練施設で,職業能力開発促進法に準拠している。(1)中学卒業を入学資格とする2~3年の課程,あるいは高校卒業を入学資格とする1年前後の課程をおく職業訓練校が最も多く,都道府県,雇用促進事業団,個々の企業,あるいは職人・小企業主の組合が設置運営している。そのほか,(2)高校卒業を入学資格とする2年課程の職業訓練短期大学校,(3)同じ入学資格の4年課程で職業訓練の指導員養成を主目的とする職業訓練大学校,(4)身体障害者職業訓練校などがある。…
…しかし,職業的リハビリテーションの従事者のなかで中心的活動を行う専門職である職業カウンセラーvocational counselorの資格づけが日本ではなされていないなど,教育制度面でも立ち遅れていることは問題である。 障害者の一般雇用は,労働省の管轄下にある心身障害者職業センターにおける障害評価,職業能力判定に始まり,身体障害者職業訓練校で職業訓練を行ってから職業紹介にいたる道すじがある。さらに厚生省においても保護雇用として,一般には就職できない障害者に対して,その障害に適した環境や職種などの条件をととのえて労働の機会を提供することが行われている。…
※「職業訓練」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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