蔡英文(読み)さいえいぶん//ツァイ・インウェン

知恵蔵 「蔡英文」の解説

蔡英文

第14代中華民国(台湾)総統。1956年8月31日、台北市生まれ。法律学者から政治家に転身し、民主進歩党(民進党)主席として総統選に臨んだ。2度目の2016年総統選で他候補に大差をつけて勝利し、同年5月に総統に就任した。女性の総統は台湾史上初。
台湾南部の出身の実業家を父として、多くの兄弟姉妹と共に育つ。国立台湾大学法学部を卒業後は米国や英国に留学して学位を取得した。帰国後に、同国の大学で教員となり、国民党李登輝(リー・トンホイ)政権下で学識経験者として政府の様々な委員会委員などを歴任した。00年に民進党の陳水扁(チェン・ショイピエン)政権が発足した後は、閣僚である行政院大陸委員会の主任委員に就任。04年には台湾の国会に相当する立法院に民進党から出馬して当選し、後に、行政院副院長(副首相)を務めた。08年、民進党下野後の党主席選で圧勝し、同党の党勢挽回に力を尽くした。総統選の初出馬は12年、立法院(立法委員選挙)とのダブル選挙で競り合ったが、国民党現職馬英九(マー・インチウ)には及ばなかった。16年の総統選に再出馬し、朱立倫(チュー・リールン)国民党主席らと覇を競い、再度のダブル選挙となった立法委員選挙ともども大勝を収めた。この背景としては、国民党の馬政権が進めてきた対中関係緊密化に対する、台湾社会の警戒感があるものと見られている。
蔡英文の政治姿勢については、党内でも主張が空虚曖昧(あいまい)で終始一貫しないなどの批判もあるが、柔軟で現実的な新しい時代の指導者として台湾での人気は高い。台湾独立を標榜(ひょうぼう)する民進党の中で、蔡英文は比較的穏健な立場に属しており、台湾は独立国家と主張し、今は国民党を離れている李登輝とも一定のつながりを持つとされる。総統就任演説では、民主的な選挙で3度目の政権交代を実現し民主国家として歩みを進めることを強調し、中国には東シナ海や南シナ海での領有権争いを棚上げして共同開発を主張するなど対話継続を呼びかける。一方で、日米欧など共通の価値観を持つ諸国との全方面の協力を進め、環太平洋連携協定(TPP)などへの参加を積極的に進める意向を表明した。また、中国・台湾を不可分と定める中華民国の憲法体制は中台の政治的基礎に含まれるとも述べたが、中台を一体とする「一つの中国」原則に言及することは避けた。これについて、中国側からは不満が示されている。「一つの中国」原則(92年コンセンサス)は中台双方の窓口機関の間での事務レベルの折衝過程で口頭で形成したとするが、合意文書は交わされておらず中台双方の当局者もその解釈や有効性について流動的である。台湾は、馬政権下ではこれを中台交流の基礎にするとしたが、民進党はそのような共通認識は存在せず認められないと主張してきた。政権発足後、中国側はいかなる形の台湾独立運動にも断固反対であるとし、「一つの中国」原則を受け入れない限り、対話・連絡メカニズムを継続できないと牽制(けんせい)を強めている。
日台関係は、領土問題や抗日戦争の歴史などを強調する馬政権で冷え込んでいたが、蔡政権では対日窓口機関トップに有力者を配するなど関係の改善に意欲的で、関係改善・緊密化が進むと期待されている。

(金谷俊秀 ライター/2016年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蔡英文」の意味・わかりやすい解説

蔡英文
さいえいぶん
Tsai Ing-wen

[生]1956.8.31. 枋山
タイワン(台湾)の政治家。総統(在任 2016~ ),民主進歩党(民進党)主席(在任 2008~12,2014~18)。裕福な商家の 9人兄弟の末子に生まれ,台湾南部ピントン(屏東)県枋山郷で幼少期を過ごす。のちタイペイ(台北)市に移り,1978年国立台湾大学法学部を卒業。1980年アメリカ合衆国のコーネル大学で法学修士号,1984年イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法学博士号を取得。帰国後,2000年まで台北の大学で法律を講じた。1990年代初め,李登輝政権の通商政策顧問に就任し政界入り。在任中,台湾の世界貿易機関 WTO加盟に向けた交渉において重要な役割を果たした。2000年,民進党の陳水扁政権下で,対中政策を担う大陸委員会の主任委員に任命された。2004年民進党に入党し,立法院委員に当選。2006~07年行政院副院長。2008年民進党が総統選挙に敗れたあと,同党初の女性主席に選出され,2010年再選された。同 2010年のシンペイ(新北)市長選挙で中国国民党公認候補の朱立倫に敗れ,2012年の総統選挙でも現職だった中国国民党の馬英九に敗れ落選。2016年1月の総統選挙で,中国国民党による親中政策の是非と長引く不況を争点に選挙戦を繰り広げ,朱立倫に圧勝。同 2016年5月,中国国民党以外の政党出身者としては 2人目の,またハッカ(客家)および女性として初の総統に就任した。

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知恵蔵mini 「蔡英文」の解説

蔡英文

台湾の政治家。台湾第14代総統(2016年5月就任)。1956年8月31日、台北市生まれ。台湾大学法律科卒業後、米コーネル大学大学院、英ロンドン大学大学院にて、それぞれ博士課程を修了。帰国後、国立政治大学、東呉大学の教授を務める。国民党政権下の90年代後半、当時の総統・李登輝の法律顧問となり、中国と台湾を対等な関係と位置付ける「二国論」の起草にも携わった。2000年の民進党政権誕生後は、対中国政策を担当する行政院大陸委員会主任委員や、副首相に当たる行政院副院長などを歴任。08年に民主進歩党(民進党)の第12代主席に就任し、その後、第13代主席、第15代主席を再任した。12年の総統選挙では国民党の馬英九に敗れたが、16年の総統選挙で国民党の朱立倫主席を破り、初当選。台湾初の女性総統となった。

(2016-1-19)

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