中央省庁や地方自治体が個人・事業者に対し、一定の行為をしたり、やめたりするよう求める指導や勧告、助言。国が行う場合は行政手続法に基づく。通信事業者では、2018年に大規模障害を起こしたソフトバンクに、総務省が復旧作業や利用者周知の改善を求める行政指導を行った例がある。行政指導より強力で、義務を課すような措置は行政処分と呼ばれて区別される。
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行政法学上の用語で、法令上は指導、助言、勧告、勧奨、指示などの語が用いられ、従来、その定義に議論があったが、1994年(平成6)に施行された行政手続法(平成5年法律第88号)は、「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう」(同法2条6号)と定義した。それ自体としては法的拘束力(強制力)のない行為である。
義務を課したり権利を制限したりする不利益処分なら、法律の根拠がなければ許されないが、行政指導は、法令上の根拠規定がある場合も、ない場合もある。行政行為と異なり、行政指導に従うかどうかは相手方の任意にゆだねられ(服従の任意性)、刑罰や行政強制の適用はないのが原則であるが、行政指導に従わないと、次には行政処分を受ける旨規定されている例(宅地建物取引業法65条、建設業法28条など)もある。また、行政指導自体は事実行為であり、法的効果を生じない。
行政指導には助成的行政指導(例、農業改良普及指導)、相手方の権利や自由を規制する規制的行政指導、対立する当事者間の利害調整を目的とした調整的行政指導(例、マンション建設業者と付近住民との話し合いの調整)の3種がある。
行政指導は、1965年(昭和40)に通産省(現、経済産業省)が住友金属工業(現、日本製鉄)に対してした粗鋼の減産指導以来、日本の行政の特色として諸外国にも広く知られるようになった。欠陥医薬品排除、物価抑制、健全な街づくり、ゴルフ場規制、廃棄物処分場規制、大規模小売店舗(スーパー、百貨店)の出店・立地抑制、過剰生産の抑制など、幅広い領域で用いられている。行政指導が活用される理由としては、めんどうな手続を要せず、争われることも少ないから行政側に便宜であること、法律の不備に対して緊急に対応する必要があること、権力を嫌い、合意による解決を好み、また、行政の権威にとことん抵抗しない国民的体質があること、などが指摘される。行政指導はたてまえ上は任意手段であるが、ある程度は合理的な内容をもつうえに、違反に対し公表、水道供給の保留、建築確認の保留、各種補助金・融資のストップなどの制裁手段が用意されているため、現実には実効性をもつ。
しかし、公表以外のこれらの制裁手段を用いることは、指導の限界を越え、一般に違法である。行政手続法は、これについて明確な規制制度をおいた。行政指導強制禁止の原則、不利益取扱い禁止(32条)、許認可の申請を、申請者の意思に反して握りつぶすこと、行政指導に従わなければ許可しないなどと脅すことも禁止(33条)、申請に対し拒否処分をなしえない場合に、住民の同意を取ってこなければ不許可にするといって、取り下げを求めることも禁止(34条)される。また、行政指導の担当者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨および内容ならびに責任者を明確に示さなければならず(35条1項)、求められれば、特別な支障がない限り、これらの事項を記載した書面を交付しなければならない(35条2項)。行政指導は口頭でなされることが多いが、強引な行政指導を受けた場合は、書面の交付を求めるだけで、行政機関が強引な行政指導をやめることもある。
本来、行政指導には強制力がなく、法的には従う必要がないため、違法な行政指導を受けた場合でも取消訴訟等を起こすことはできないが、従う以外に方法がないような事実上の強制手段である場合や、次の処分(指示など)や公表の前提となる場合などでは、取消訴訟等を認めるべきだとの説も有力である。また、行政指導の違法を理由に国家賠償を認める判例は少なくない。
なお、公表も、とくにホームページでの公表は、少々の違反に過大な制裁を課すことになるので違法との見方が有力である。
[阿部泰隆]
法令上の用語ではなく厳密に定義することは難しいが,慣例的な用法では,行政機関が国民の自発的協力を前提として一定の行政目的を実現するように働きかける行為を指す。行政指導のうちには,勧告,指示などといった法律上の規定に基づいて行われるものもあるが,多くは,行政処分と異なり,法律の根拠を有しない事実上の行為として行われる。自治体が要綱などに基づいて実施する開発指導はその好例である。指導の内容については,営農指導のように民間活動を促進するための助成的行政指導と,逆に減反指導のように民間活動を抑制するための規制的行政指導の区別があるといわれるが,現実には両者の限界は必ずしも明確ではない。
ところで,行政指導には,国民の自発的協力を前提とする行為であるという点で,権力性が薄く,官民間に無用の摩擦が生ずるのを回避できるという長所がある。また,一般的にみれば,行政処分の場合と比べて,行政目的の実現に要するコストも少なくてすむ。さらに,法律の根拠を必要としないという点で,行政が国民の利便に柔軟に対応していくことを容易にする。だが,その反面で,これに伴う問題も少なくない。第1に,行政指導が適切さを欠き,それに従った国民の権利や利益が侵された場合にも,事実上の行為であるということで法的救済が与えられないという問題がある。第2に,自発的協力といっても建前上のことであり,現実には,官尊民卑の風潮や事大意識を背景にして,服従に対する心理的強制が加えられているのではないかという問題がある。とくに指導が許認可や補助金の供与と結びついている場合には,強制的な性格を帯びる。このような場合,指導は通達や要綱などの内規に基づいて行われることが多いが,その指導の基準をより客観化,公正化して,指導結果に対する実質的責任の所在を明確にすることが今後の課題となる。
執筆者:伊藤 大一
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(新藤宗幸 千葉大学法経学部教授 / 2007年)
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…行政庁が下命をなしうるためには原則として法律または条例の根拠が必要である。下命は相手方を法的に拘束する点で,単なる勧告その他のいわゆる〈行政指導〉と区別される。下命に従わない者については,強制執行または何らかの制裁(刑罰その他)を加える旨が定められていることが多い。…
…たとえば,輸出入取引法に基づく輸出カルテル,中小企業団体法による中小企業カルテルの場合には,員外者(アウトサイダー)に対して政府が規制命令を発動できることになっているが,これは,これらの法律においてカルテルが政府の通商政策ないし中小企業政策実現の手段と考えられていることを示すものにほかならない。さらに,これらのカルテルに関連して,政府の行政指導が行われることも多く,行政指導によってこれらのカルテルを結成させて,それにより一定の政策的目的を実現しようとするのである。
[経済統制法]
ここにいう経済統制法とは,政府が企業活動に直接的な規制を及ぼすことにより,競争を制限し,それによりある政策的目的を実現しようとするものである。…
※「行政指導」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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