軍事目的に開発・使用される人工衛星システムをいう。その主要な用途は,偵察や監視などの軍事情報収集,通信や航法などの軍事行動の統制・支援,敵衛星や弾道ミサイルなどの要撃,および技術開発実験である。その歴史は1957年の世界初の人工衛星スプートニクSputnik打上げ直後に始まり,冷戦期間中はアメリカおよび旧ソ連が打ち上げた衛星総数の75%以上が軍事衛星と推定されている。システムは,衛星本体,打上げ施設,地上局,艦船,航空機などで構成される。その最大の特徴は,国境の存在や地形・気象・昼夜に関係なく,衛星の寿命が尽きるまでの長期間,持続的に全地球規模で所望の任務を達成できる点にあり,その保有の有無による国防力の格差はきわめて大きい。アメリカおよびソ連は冷戦体制の中で戦略的・戦術的軍事力の中核としてその開発競争を展開し,特にアメリカは83年から約8年間にわたって戦略防衛構想Strategic Defense Initiative(SDI)を推進して,この分野でソ連を圧倒した。91年の湾岸戦争は〈世界初のハイテク・ウォー〉と呼ばれ,アメリカの軍事衛星が多国籍軍の勝利に大きな役割を演じている。1967年発効の宇宙天体条約は,核兵器等の地球周回軌道上への展開,天体および宇宙空間への配置を禁止したが,軍事衛星に対する制限条項は設けていない。むしろ軍事衛星は,各種の戦略兵器削減条約や核不拡散条約等の順守状況を相互に査察して国際的な信頼醸成を支援する有力な技術的検証手段national technical means of verification(NTM)としての地位を確立しており,領空主権の範囲は衛星の最低軌道までとすることが国際的な一般的了解事項となっている。冷戦終結後の現在では,局地紛争および偶発的な弾道ミサイル攻撃の脅威に対処するため,指揮統制・通信・情報に重点をおいた軍事衛星の運用が各国でますます盛んになっており,イギリス,フランス等のNATO諸国および中国も独自の軍事衛星を保有している。軍事衛星には,次のような種類がある。
戦略・戦術通信のほか,偵察衛星や気象衛星などのデータを中継する目的の衛星。民間の通信衛星とは使用周波数帯が異なり,対妨害性,秘匿機能および高い残存性をもつ。アメリカは国防通信衛星DSCS-III,海軍通信衛星FLTSATCOM/LEASAT/UFO,軍事戦略戦術・中継衛星MILSTARを静止軌道上に,小型衛星MACSATを極軌道上に,データ中継衛星SDSを長楕円軌道上に配置し,全世界軍事指揮システムWWMCCSを中核として陸海空軍用戦略・戦術衛星通信システムを展開している。ロシア(旧ソ連)は1965年から94年までに長楕円軌道のモルニヤMolniya衛星約90個を打ち上げており,1975年からは静止衛星ラドゥガRadugaを用いた軍用通信網を構築している。また,NATO,イギリス,フランスも個別の軍用衛星通信網を運用中である。地上端局は個人携帯用から航空機・艦船搭載用および固定基地用に至るまできわめて広範に装備化されており,全世界即時の軍事通信を可能としている。今後は商用衛星に軍用通信機器を搭載する方式および小型衛星が普及しよう。
偵察衛星の写真撮影条件予測のほか,各種の軍事行動や射撃精度に影響を与える詳細な局地気象の観測を目的とする衛星。軍事目的には一般の気象衛星データも広く利用されているが,アメリカは独自の軍用極軌道気象衛星DMSPを30個以上打ち上げており,米空軍が運用して今後も新型衛星の打上げを継続する。最近そのデータの一部が民間にも公開され,高精度の気象データが入手できるようになっている。
航行・移動する艦船・航空機・車両・人員,あるいは飛翔するミサイルや砲弾の精密な現在位置データを得る目的の衛星群。アメリカは1964年に海軍航法衛星網Navy Navigation Satellite System(NNSS)を世界に先駆けて実用化し,1967年からデータの一部を商船用として公開,12機の衛星が1996年まで運用された。しかし,NNSSには運用条件・測位所要時間に問題があり,艦船以外の高速移動体には不向きであった。この欠陥を解決するシステムの開発が米空軍・海軍の協力で1973年から開始され,1986年から実用段階に入り,1993年12月に全システムが完成した。これが時間・距離測定方式衛星航法-全世界測位システムNavigation Systemusing Time and Ranging-Global Positioning System(NAVSTAR-GPS)で,高度約2万0200kmの6個の円軌道面に各4個,計24個の衛星を展開し,地球上のどこからでも4個以上の衛星からの精密時間信号電波を受信して瞬時に現在位置の決定が行えるようになった。衛星は高精度・高秘匿性をもつ軍用のPコードおよび低精度の民間用C/Aコード(誤差は水平100m,高度150m)を送信する。前者は人員・車両・艦艇・航空機の航行支援からミサイルや砲弾の誘導にまで利用されており,後者は誤差補正を行ったDGPSが日本でも〈カーナビ〉として急速に普及しつつある。ロシアはGPSにきわめて類似したGLONASSシステムの運用を1995年から開始しており,アメリカのGPSとの共同運用が検討されている。
軍事施設や兵力の規模・種類・位置・活動状況などの軍事情報を得る目的の衛星。地表の画像データを収集する画像偵察衛星と,通信内容やレーダー等の特性を探知する電子偵察衛星に大別される。画像偵察衛星は,アメリカは1959年に打上げを開始し,最近では発展型KH-11(KH-12)写真偵察衛星とラクロスLacrosse合成開口レーダーSynthetic Aperture Radar(SAR)搭載偵察衛星を運用中である。旧ソ連は1962年から打上げを開始し,1991年の湾岸戦争では第5世代のコスモスCosmos 2113を使用したといわれる。狭域型写真偵察衛星の地表分解能は15cmに達し,車両の種類の識別も可能という。電子偵察衛星は,92年までにアメリカが約90個,旧ソ連が約180個を打ち上げ,フランスおよび中国も打上げ実績をもつ。画像偵察衛星は天空からの目,電子偵察衛星は耳として相互に補完しつつ,軍縮条約の順守状況偵察,平和維持活動,地域紛争の未然防止等に今後も重要な地位を維持するであろう。なお,高性能の資源探査衛星等は,限定的な偵察目的には十分使用可能と考えられる。
弾道ミサイル発射を早期に発見して警報を発する早期警戒衛星,核爆発で生じる放射線・閃光を探知して地下核実験を除く核実験を監視する核爆発探知衛星,広大な海洋上の艦船および潜水艦の動向を監視する海洋監視衛星に大別される。アメリカは湾岸戦争で第3世代の早期警戒衛星DSP-14および15を用いてイラクのスカッド・ミサイルの発射を探知し,データ中継衛星を経由して米本土内で解析,発射地点を6km以内の精度で標定,軌道を計算して予想弾着地点と時刻を計算,射撃データを現地のペトリオット要撃ミサイル部隊に伝送している。海洋監視衛星では,アメリカは1976年からNOSSを8機打ち上げ,旧ソ連はRORSATシリーズの原子炉搭載衛星を打ち上げている。そのうちのCosmos954は1977年にカナダに墜落,さらに1987年にはCosmos 1900も事故を起こして宇宙空間に投棄された。現在,この種の衛星の機能は偵察衛星との統合化の傾向にあり,アメリカはLacrosseレーダー偵察衛星をこの目的に運用しているが,ロシアは計画を中断している。
敵衛星あるいは弾道ミサイルを要撃する衛星。旧ソ連は1968年ころから軌道上で目標衛星に衝突して破壊する衛星の実験を行っている。一方,アメリカは1983年に開始した戦略防衛構想(SDI)で本格的な弾道ミサイル要撃衛星の研究開発に着手し,高エネルギーのレーザー・ビーム,粒子ビーム兵器等の指向性エネルギー兵器Directed Energy Weapon(DEW)を搭載した宇宙設置型要撃兵器Space Based Interceptor(SBI)の基礎研究と実験を行い,1980年代末からはSDI計画を縮小したGPALS計画に移行し,弾道ミサイルを探知する高性能センサー搭載のBrilliant Eyes衛星からの情報を受けて小型ロケットを目標ミサイルに発射する自律型要撃衛星Brilliant Pebblesを地球周回軌道上に多数配備する計画を推進した。冷戦終結に伴い,これら要撃衛星の配備は中止されたが,研究と一部の開発は継続されており,蓄積された関連技術は,拡散する弾道ミサイルの脅威に対処するための戦域ミサイル防衛Theater Missile Defense(TMD)や米本土ミサイル防衛National Missile Defense(NMD)計画の推進および一般衛星技術基盤の発展に大きく寄与している。
執筆者:菰田 康雄
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偵察・監視による情報収集および通信など、軍事目的で使用される人工衛星。1955年に米空軍が偵察衛星の開発計画を推進したことに始まり、1957年にソ連がスプートニク人工衛星の打上げに成功してから米ソ間で軍事衛星の開発競争が本格化した。軍事衛星には、軌道方式に応じて一般的に早期警戒衛星(静止軌道衛星)と偵察衛星(周回偵察衛星)に区分される。早期警戒衛星は特定地域の上空3万6000キロメートルを地球の自転にあわせて移動する常態監視可能な静止衛星である。一方、偵察衛星は上空200キロメートルから800キロメートルまでの低高度を周回して画像を取得する衛星であり、その解像度は早期警戒衛星よりも精密であるといわれているものの特定地域の常態監視ができない。
また、軍事衛星は、画像取得方式に応じて、光学衛星および合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)衛星に区分することもできる。光学衛星には光学カメラが搭載され、可視光線を利用して写真を撮影することができるが、雲や雨等の悪天候には活用することはできない。一方、SAR衛星はマイクロ波を利用して画像を取得するためにあらゆる環境下で活用できる全天候型の衛星である。現在、アメリカの保有する代表的な軍事衛星には、光学カメラを搭載したKH-11やKH-12、SARを搭載したラクロスなどがある。
なお、日本では、1990年代に外務省で国産の情報収集衛星の開発が検討され、1998年(平成10)のテポドン・ショックを受けて国産の情報収集衛星が本格的に導入された。その基本構想は、光学衛星2機とSAR衛星の2機でペアを組み、2組4機で運用するというものである。
[村井友秀]
『春原剛著『誕生国産スパイ衛星――独自情報網と日米同盟』(2005・日本経済新聞社)』
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…人工衛星も数個同時に用いて精度を上げており,NAVSTAR(ナブスター)と呼ばれる航行衛星システムは,すでに商業化されて船舶でごくふつうに用いられている。
[軍事利用]
これまでにあげた各種の機能,あるいはこれらを組み合わせた機能をもった衛星を,軍事目的のために用いるものを軍事衛星と称している。例えば通信衛星により軍用機,艦船,基地間の通信を行うためのシステムがある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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