学校給食や授業を通じて、子どもたちに正しい食習慣や知識を身に付けさせる取り組み。牛海綿状脳症(BSE)問題や偽装牛肉事件などで食への不安が高まった01~02年ごろから必要性を指摘する声が広がった。05年には食育基本法を施行。政府が定めた第2次食育推進基本計画は、15年度までに小学生全員が朝食をとる、地域の食文化を学ぶため給食の都道府県内産食材の割合を30%以上にするなどの目標を掲げている。
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出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報
食育とは、いわゆる「食べる」という面からの「食事」や「食材」のことだけでなく、食物をバランスよく食べるためのさまざまな知識を身につけること、食品の選び方を学ぶこと、また食堂(ダイニングルーム)、食卓、食器、食具などの食事の環境、そしてそれらを計画すること等といった「食の周辺」のことや食文化をはぐくみ伝えていくこと、さらに新しい食文化の創造、など広い視野で「食」について学んだり、考えたりすることをさす。また、食育は、学校という場での学習のみならず、家庭、地域をはじめ社会全般のテーマとしてとらえることがたいせつである。
「食育」は、新語ではなく、1898年(明治31)には、石塚左玄(いしづかさげん)(1851―1909)が『通俗食物養生法』のなかで「今日、学童をもつ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と表現している。また、1903年に出版された村井弦斎(むらいげんさい)著の『食道楽』のなかにも出てきており、それによると「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも食育が先。体育、徳育の根元も食育にある」と書いてあるように、歴史的にも長い間、どの家庭でも子育てとしつけの基本であったことがうかがえる。
ところが、第二次世界大戦後から高度経済成長期、バブル経済期に至る日本の食生活が大きく変化した時代を経て、1990年代に入るまでは、「食育」がたいせつであるという認識は、あまり強くもたれないでいた。しかし、1990年代後半になると、食は健康の源であり、身体に必要で安全なものを選んで食べていくことは、生命のあり方に直結するという認識が、高まってきた。食の安心や安全が求められる時代となったのである。1990年代後半の日本で、こうした食意識の転換があった要因として、以下のことがある。家庭での食事が健全なかたちを維持できなくなってきた状況、軽食の増加などにより学童の咀嚼(そしゃく)回数が著しく低下したこと、若年層の血糖値の高数値化と糖尿(とうにょう)病予備軍化ともいえる状況、そして、これらを招いた日本の食生活の問題が社会的に認識されるようになったことである。海外から、スローフード、スローライフ、ロハスLOHASといった概念やキーワードが日本に紹介され、社会的流行となり、広く受け入れられたことも一因といえよう。
[國本桂史]
食を真摯(しんし)に考えるようになった背景として、地球環境の悪化や食生活を取り巻く状況の変化などがあげられよう。わが国では、食生活が豊かになるとともに、食をめぐる諸問題が社会・環境問題とともに顕在化してきた。生活様式の多様化、食料自給率の低さ、増大する海外からの食料輸入、外食産業の巨大化などが進むなか、食生活は飽食(ほうしょく)と孤食(こしょく)の傾向を強め、脂質の過剰摂取などからくる栄養バランスの偏り、生活習慣病の増加、食料資源の浪費などが問題となっている。そして、流通や販売の方法により、全国どこでも同じ食材と食事という「食の画一化」、食の生産の現場から食卓への道程が見えなくなっているという状況がある。また、BSE(牛海綿状脳症)や食品表示などの「食の安全」に関わる問題も大きい。
[國本桂史]
このような状況を踏まえ、食生活の指針を示す国の施策として、2000年3月に「食生活指針」が策定された。内容は、日本国民が食生活の改善に取り組めるように配慮した10項目からなり、バランスのとれた食事を、楽しく味わえるような提言がなされている。諸外国でも、政府が食生活に関する指針を策定しているが、(1)食事を楽しむこと、(2)野菜や穀物、果実、豆や乳製品、魚などをバランスよく組み合わせて摂り、脂肪を含む食材や塩を控えること、という点は、そのほとんどに共通している。
しかし、日本の食生活指針には、ほかの諸外国の食生活関連の指針には含まれていない重要な項目が二つある。その一つは、「食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も」という項目である。食文化というものは、各地域で生産される農産物や、その地域の漁業でとれる魚介類・海産物を中心とした食材でつくられてきたものであり、各地域の食材は、その地域に住んできた人間の身体に適しているとされる。「身土不二(しんどふじ/しんどふに)」(住んでいる地域でとれたものを食べることが身体によいということ)や、「地産地消(ちさんちしょう)」(地元でとれたものを地元で消費すること)などとも表現され、推奨されている。フードマイレージを減少させること(食べ物が供給されるときに長い距離を移動させないこと)や、食料自給率を上げることにより、将来にわたり食料の安全供給を図り、地球環境の保全の一助にしていこうとするものである。
もう一つは、「調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく」という項目である。背景には、全地球的な食料問題と、関連する環境問題があるが、食材の無駄づかいや過剰生産をしないような配慮が求められている。廃棄食材をなくし、農産物や海産物をたいせつに使っていこうという希望がこめられている。
[國本桂史]
さらに、食育を推進するべく定められた法律として、2005年6月10日に成立した「食育基本法」(平成17年法律第63号)がある。
この法律では、第一条に「近年における国民の食生活をめぐる環境の変化に伴い、国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性をはぐくむための食育を推進することが緊要な課題となっていることにかんがみ、食育に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、食育に関する施策の基本となる事項を定めることにより、食育に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来にわたる健康で文化的な国民の生活と豊かで活力ある社会の実現に寄与することを目的とする」とあり、食と豊かな人間性について言及している。
基本理念としては「国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成、食に関する感謝の念と理解、食育推進運動の展開、子どもの食育における保護者、教育関係者等の役割、食に関する体験活動と食育推進活動の実践、伝統的な食文化、環境と調和した生産等への配意及び農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献、食品の安全性の確保等における食育の役割」ということを謳(うた)っており、食の安全性、伝統的な食文化などについて触れている。また、同法では国、都道府県、市町村それぞれに食育推進会議、都道府県食育推進会議、市町村食育推進会議を設置することをすすめている。
「食育」の名のもと、行政や自治体、学校、NPO法人や民間企業などによって、さまざまな食育推進活動が行われている。地域の農作物に根ざした学校給食、地域の伝統料理や食物の紹介、農業体験学習、食育を支援するネットワークづくり、シンポジウム、啓発イベント、講座、料理教室の開催、出版、研究、交流、食育アドバイザー養成、食育推進校、優良事例の顕彰(食育コンクール)など、活動内容は多岐にわたる。しかし、法律で推進するだけでは「食育」は根付かないであろう。栄養素を食品成分表に照らし合わせて「頭で考えて」摂取したり、カロリーをどれだけ、ビタミンをどれだけ摂れば「健康」になる、といったようなマニュアル化された生活にとらわれることなく、自分の身体に足りないモノや栄養素を本能的に感じるという、本来人間がもっていたはずの機能を取り戻すことが必要である。「おいしいものを食べよう」というグルメ志向ではなく「おいしく食べよう」ということを念頭に、「食」をしっかりと見直し、食べる意味を考えて食べることができるかということが「食育」の第一歩だと考えられる。
[國本桂史]
『吉田隆子編著『いただきます!からの子育て革命』(1998・金の星社)』▽『服部幸應著『食育のすすめ――豊かな食卓をつくる50の知恵』(2004・マガジンハウス)』▽『毎日新聞北海道支社報道部編『いただきますからはじめよう――みんなの食育講座』(2004・寿郎社)』▽『農山漁村文化協会編・刊『食育のすすめ方』(2005)』▽『食育基本法研究会編著『Q&A早わかり食育基本法』(2005・大成出版社)』▽『福田靖子編著『食育入門――豊かな心と食事観の形成』(2005・建帛社)』▽『砂田登志子著『楽しく食育』(2005・潮出版社)』▽『森久美子著『「食育」実践記――きゅうりの声を聞いてごらん』(2005・家の光協会)』▽『沼田勇著『日本人の正しい食事――現代に生きる石塚左玄の食養・食育論』(2005・農山漁村文化協会)』▽『嶋野道弘・佐藤幸也著『生きる力を育む――食と農の教育』(2006・家の光協会)』▽『佐々木輝雄著『「年中行事から食育」の経済学』(2006・筑波書房)』
(的場輝佳 関西福祉科学大学教授 / 2008年)
(池上甲一 近畿大学農学部教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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