世界大百科事典(旧版)内のフダイビヤの和議の言及
【ムハンマド】より
… 一方,偶像を崇拝するメッカのクライシュ族の人々とは,バドルの戦,ウフドの戦,ハンダクの戦と3度戦った。戦力的には優位にあったメッカは勝利できず,フダイビヤの和議で両者は和した。しかし,ムハンマドは条約違反をたてに,630年にメッカを征服し,ここをイスラムの聖地とした。…
※「フダイビヤの和議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
… 一方,偶像を崇拝するメッカのクライシュ族の人々とは,バドルの戦,ウフドの戦,ハンダクの戦と3度戦った。戦力的には優位にあったメッカは勝利できず,フダイビヤの和議で両者は和した。しかし,ムハンマドは条約違反をたてに,630年にメッカを征服し,ここをイスラムの聖地とした。…
※「フダイビヤの和議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...