マウレタニア・ティンギタナ(読み)まうれたにあてぃんぎたな

世界大百科事典(旧版)内のマウレタニア・ティンギタナの言及

【マウレタニア】より

…その過程でローマの被保護王国となり,ユバ2世(在位,前25‐後23)の治世には,ヘレニズム文化の影響が強まり,ローマ法やギリシア美術が摂取された。その後継者たる息子プトレマイオス(在位23‐40)の殺害後の内乱に続いてローマ国家が介入し,クラウディウス帝はこの地を二分して,東部のマウレタニア・カエサレンシスMauretania Caesarensisと西部のマウレタニア・ティンギタナMauretania Tingitanaの2属州を設けた。帝政初期には数多くの植民市が創設され,イタリアからの移住者も増大したが,総じていえば,都市化・ローマ化は補助軍構成を中核とした軍事的性格の強いものであった。…

※「マウレタニア・ティンギタナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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