ウイルス性脳炎

内科学 第10版 「ウイルス性脳炎」の解説

ウイルス性脳炎(ウイルス感染症)

(2)ウイルス性脳炎(viral encephalitis)
概念
 ウイルス感染による脳実質の炎症が起こり髄膜刺激徴候に加え,意識障害や痙攣を示す.ウイルス性脳炎の原因として,単純ヘルペスウイルスが最も多く,その他水痘・帯状疱疹ウイルス,インフルエンザウイルス,および麻疹ウイルス風疹ウイルスエンテロウイルス,Epstein-Barrウイルスなどがある.地域流行性のウイルスとしては東~東南アジアでは日本脳炎,欧米でウエストナイル脳炎,オーストラリアでエンテロウイルス71(EV71)脳炎が発生している.
 症状は発熱,頭痛,髄膜刺激徴候に加え,意識障害,精神異常,痙攣,脳局所徴候(片麻痺,失語,半盲など)を示す. ウイルスの証明にはPCR法によるウイルス核酸の検出や,ウイルス抗体価が補体結合反応(CF),中和反応(NT)などの2段階希釈法で2管以上の上昇がある場合または髄腔内抗体産生を示唆する所見(血清/髄液抗体比≦20)または抗体指数;(髄液抗体価/血清抗体価)÷(髄液アルブミン濃度/血清アルブミン濃度)>1.91が認められた場合,原因ウイルスが決定される.
 予後は死亡率が高く,重篤な後遺症を残すことが多い.
 鑑別には脳症と急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)が重要である.特にADEMはウイルス感染(麻疹,風疹,水痘・帯状疱疹,インフルエンザなど)に伴って起こる自己免疫機序の脱髄性炎症で,脳MRIでは白質に多巣性の病変を認める.
a.単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis)【⇨4-4-2)-(1)】
概念
 ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルス,Epstein-Barrウイルス,ヒトヘルペスウイルス(HHV)-6,7,8のなかでは単純ヘルペスウイルスによる脳炎が最も発生頻度が高い.死亡率は抗ウイルス薬の導入により10%程度に減少したが後遺症が残る例が多い.ヘルペスウイルスは粘膜・皮膚に感染後,神経行性に伝播し神経節など神経細胞に潜伏感染する. 年長児,成人では三叉神経節などに潜伏していた単純ヘルペスウイルス1型が再活性化し神経を上行して脳炎を起こす回帰発症が多い. 新生児ではHSV-2でも起こり,産道感染による全身のウイルス感染で発症する.
疫学
 わが国における発症頻度は年間100万人あたり3~4人とされている.
臨床症状
 1週以内の経過で発熱,頭痛,項部硬直に精神症状,記憶障害,意識障害,痙攣などが起こる.
検査成績
1)髄液所見:
細胞数は一般にリンパ球が優位で1000/μL以下.蛋白は50~100 mg/dL,糖は正常のことが多い.炎症が激しい場合,キサントクロミーを呈する. ウイルスの証明には治療前に髄液中のHSV-DNAをPCR法で検出する. 髄液抗体価(CF法,ELISA法)が2段階希釈法で2管以上の上昇を示す. MRI画像では拡散強調画像,T2FLAIR画像で側頭葉内側面・前頭葉(前頭葉眼窩,島回皮質,角回)を中心に高信号を示す(図15-7-1).CTでは低吸収域となる.
2)脳波:
局所性に徐波の出現.周期性一側てんかん型放電(PLEDs)は約30%の症例で認める.
診断
 発熱,頭痛とともに意識障害,痙攣などが起こり,髄液中のHSV-DNAがPCRで検出され,髄液HSV抗体価の経時的かつ有意な上昇がみられた場合,または髄液内抗体産生を示唆する所見がみられた場合本症と確定される.
治療・予後
 単純ヘルペス脳炎は高い致命率と重篤な後遺症(人格変化,健忘,続発性てんかんなど)を残すことが多いため,“疑い例”の段階から早期に抗ウイルス薬を開始する.
 抗ウイルス薬としてアシクロビルを投与し改善のない場合,ビダラビンを投与する.副腎皮質ステロイドの治療効果のエビデンスはないが,成人例では有効例も報告されている.脳浮腫にはグリセオール,痙攣には抗痙攣薬,脳萎縮予防(ノイロトロピン)を投与する.
b.日本脳炎(japanese encephalitis)
概念
 おもにコガタアカイエカによって媒介され,フラビウイルス科に属する日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis virusJEV)によって起こるウイルス感染症であり,ヒトに重篤な急性脳炎を起こす.
 ヒトからヒトへの感染はなく,増幅動物(おもにブタ)の体内でいったん増えて血液中に出てきたウイルスを,蚊が吸血し,そのうえでヒトを刺したときに感染する.感染しても日本脳炎を発病するのは100~1000人に1人程度であり,大多数は無症状に終わる【⇨4-4-3)-(5)も参照】.
疫学
 日本脳炎は極東から東南アジア・南アジアにかけて広く分布している.アジア全体の地域での疫学調査では,年間10万人あたり1.8人,約半数は中国での発症であり,患者全体の75%が0~14歳の小児である. 世界的には年間3万~4万人の日本脳炎患者の報告があるが,日本と韓国はワクチンの定期接種によりすでに流行が阻止されている.日本では,毎年10人以下であり,そのほとんどが高齢者であった.しかし,1999年以後は比較的若年の患者が発生している.毎年夏の調査では日本脳炎ウイルスをもった蚊は発生しており,国内でも感染の機会はなくなっていない.
臨床症状
 日本脳炎は夏期8~9月に集中して発生する.日本脳炎の潜伏期は6~16日間とされる.頭痛を伴って発熱し,第2病日には高い発熱(38~40℃あるいはそれ以上)に頭痛,腹痛,悪心・嘔吐(起首症候)を伴うことがある.引き続き急激に,項部硬直,種々の段階の意識障害が起こり,錐体外路症状(四肢筋強剛,舞踏様不随意運動,振戦,アテトーゼ)や麻痺,病的反射などが現れる.第4~5病日が極期で死亡はこの頃が多い.第6病日以降に解熱し症状が軽快する.感覚障害はまれであり,麻痺は上肢で起こることが多い.痙攣は小児では多いが,成人では10%以下である.
検査成績
 末梢血白血球は軽度の上昇がみられる.急性期には尿路系症状がよくみられ,無菌性膿尿,顕微鏡的血尿,蛋白尿などを伴うことがある.髄液圧は上昇し,髄液細胞数は初期には多核球優位,その後リンパ球優位となり10~500程度に上昇することが多い.1000以上になることはまれである.蛋白は50~100 mg/dL程度の軽度の上昇がみられる.
 抗体価の測定には赤血球凝集抑制(HI)試験,補体結合(CF)試験,ELISA法,中和試験などがある.急性期と回復期のペア血清で抗体価が4倍以上上昇していれば,感染はほぼ確実となる.またIgM捕捉ELISAで特異的IgM抗体が陽性であれば,ほぼ確実である.血液や髄液からのRT-PCR法によるウイルスゲノムの同定が行われるが検出困難な場合も多い. 頭部MRI・CTでは視床,基底核,黒質に異常信号を認める.
診断
 日本脳炎ワクチン未接種者や不完全接種者で夏期に発生した脳炎患者の場合には,必ず日本脳炎を考慮する必要がある. 日本脳炎は4類感染症に定められており,診断した場合直ちに最寄りの保健所に届け出る.
治療・予後
 特異的な治療法はなく,対症療法が中心となる.高熱と痙攣,脳浮腫の管理を行う.予防が重要で蚊の対策と日本脳炎の不活化ワクチン予防接種が有効である.死亡率は20~40%で,幼少児や老人では死亡の危険は大きい.精神神経学的後遺症は生存者の45~70%に残り,小児では特に重度の障害を残すことが多い.Parkinson病様症状や痙攣,麻痺,精神発達遅滞,精神障害などである.
c.インフルエンザ脳炎・脳症(influenzal encephalitis,influenza encephalopathy)
概念
 インフルエンザウイルス感染を契機に起こる急性の脳炎・脳症である.1歳をピークとして幼少期に起こるが成人例もある.A型およびB型インフルエンザウイルスが血行性または嗅神経を経由して中枢神経へ侵入する.脳の炎症自体は複数の炎症性サイトカインの関与が報告されている【⇨4-4-4)-(1)も参照】.
疫学
 日本においては冬季のインフルエンザ流行期に5歳以下の乳幼児~小児に発症し,毎年数百人が罹患している.
臨床症状
 インフルエンザによる発熱の数時間~1日後に始まることが多い.一般に有熱期に発症する.インフルエンザ脳症のおもな初発症状として意識障害,痙攣が起こり,初期には異常言動・行動,幻視,幻覚がしばしば認められる.
検査成績
 髄液細胞数は正常範囲内であることが多い. MRI画像では浮腫性変化や,ときに両側視床に拡散強調画像・FLAIR画像で高信号域を認める.
診断
 迅速診断キットを用いたインフルエンザ抗原検査が広く使われている.ウイルス分離やウイルスRNA遺伝子検査,ペア血清による抗インフルエンザ抗体価測定も行われる.迅速診断キットには一定の頻度で偽陰性・偽陽性が起きることがあるため,確実ではない.特に脳症の症例については,複数の検査(たとえば,迅速診断キットとウイルス分離)の実施が勧められる.
治療・予後
 ノイラミニダーゼ阻害薬のオセルタミビルを投与する.アマンタジンはA型インフルエンザウイルスに有効である.痙攣発作には抗痙攣薬を投与し重積状態では人工呼吸器管理を行う. 高サイトカイン血症に対しメチルプレドニゾロンパルス療法早期投与が推奨されている.[原 英夫]
■文献
日本神経感染症学会:単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン.http://www.neuroinfection.jp/guideline001.html
Campbell GL, et al: Estimated global incidence of Japanese encephalitis: a systematic review. Bull World Health Organ, 89: 766-774, 2011.
厚生労働省 インフルエンザ脳症研究班:インフルエンザ脳症ガイドライン改訂版,2009. http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/hourei/2009/09/dl/info0925-01.pdf

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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