改訂新版 世界大百科事典 「ガス吸収」の意味・わかりやすい解説
ガス吸収 (ガスきゅうしゅう)
gas absorption
ガス分子がそれと接する液相または固相の内部に界面を越えて移動する現象をいう。気体が固体内に吸収される現象を吸蔵ということもある。また,相界面近傍に保持される現象を吸着といい,吸収とは区別する。
ガス分子が液相中に移動する吸収現象を利用して,気体混合物中の成分の分離を行うことができる。化学工学では,この分離操作をガス吸収操作,または単にガス吸収という。ガス吸収には,ガス分子が液体中に溶解する物理吸収と液体中の反応成分と化学反応を生じる化学吸収または反応吸収とがある。たとえば,炭酸ガスが水に溶解する場合は前者の例であり,炭酸ガスが苛性ソーダ水溶液により吸収される場合は後者の例である。ガス吸収の逆の操作は放散desorptionまたはストリッピングstrippingである。ガス吸収は,気体の精製,大気汚染物質など気体中の不純物の除去手段として,また液体中に気体を導入して化学反応を起こさせる気液反応操作として工業的に広く用いられる。
物理吸収の現象を速度論的に解析した理論として,二重境膜説,浸透説などがある。前者では,気液界面の両側に停滞した境膜を仮定し,溶質ガス分子はガス境膜および液境膜を定常的な拡散により移動すると考えている。後者では,界面の両側に停滞した相を仮定し,この相中の溶質ガス分子の非定常拡散を論じたものである。二重境膜説に基づく,溶質ガス成分の分圧pまたは濃度cの分布は図に示すようになる。この場合,単位界面積あたりの溶質の吸収速度Nは次式で与えられる。
N=kg(pg-pi)=kl(ci-cl)
ここで,kは,拡散係数に比例し,境膜の厚みtに反比例する比例定数で,物質移動係数という。添字g,lおよびiはガス側,液側および界面を示す。すなわち,吸収速度は気相および液相における分圧差または濃度差に比例する。この分圧差または濃度差はガス吸収の推進力と考えることができる。二重境膜説に基づく物理吸収速度は液相中で化学反応を生じる反応吸収にも容易に拡張される。反応吸収における溶質ガス成分の吸収速度は
N′=klβ(ci-cl)
で与えられる。βは化学反応の吸収速度に及ぼす促進効果を表す係数で,この係数の最初の提案者八田四郎次の名にちなんで八田数または反応係数と呼ばれている。
ガス吸収操作のために,種々の工業吸収装置が提案されている。吸収装置の性能を高めるには,装置単位容積あたりの気液接触面積および気液流のかく乱を大きくする必要がある。このため,液体を気体中に細かく分散する液分散型吸収装置と,気体を液体中に分散するガス分散型吸収装置とがある。前者には,充てん(塡)塔,濡壁塔,噴霧塔(スプレー塔),サイクロン・スクラッバーなどがある。後者には,気泡塔,泡鐘塔,多孔板塔などがある。たとえば,充てん塔では,塔にラシヒリング,ベルサドルなどの充てん物を充てんし,これに液を注いで,大きな面積でガスと接触させる。
執筆者:佐田 栄三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報