新薬が承認され医療現場で使われるまでの海外と日本の時間差。日本では、新薬の承認・審査体制の不備や臨床試験(治験)環境の未整備のため、欧米に比べて新薬が承認・販売されるまで長い時間がかかるとされている。この新薬発売までの時間的な遅れをさす。転じて、海外で普通に使用されている新薬が、日本で使えない状態を意味する場合もある。反対に、海外で使用禁止となった薬剤が、日本で使用が承認されたままになっている状態もドラッグ・ラグの一種といえる。
新薬の承認は、とくに癌(がん)などの新薬で遅れが目だつ。たとえば、再発卵巣癌に対する治療薬「リポソーマルドキソルビシン」は1999年にアメリカで承認され、世界80か国以上で使用されているが、日本で承認されたのは2009年(平成21)であった。医薬産業政策研究所の資料によると、2007年の世界売上高上位100品目の新薬が世界で初めて発売されてから各国で発売されるまでの期間は、アメリカ1.2年、イギリス1.3年、ドイツ1.4年、フランス2.2年、韓国3.6年であったのに対し、日本は4.7年かかっていた。日本では新薬の有効性や安全性を確かめる臨床試験に協力する患者が集まりにくいうえ、治験コストが高く、設備も不十分である。また新薬の審査機関は、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)の職員数(2010年度)が642人、年間予算は約100億円であるのに対し、アメリカ食品医薬品局(FDA:U.S. Food and Drug Administration)は4911人(2009年度)、年間予算約33億ドル(2010年度)である。日本における審査体制が十分でないことがドラッグ・ラグを招いている。このため厚生労働省は2010年、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」を設け、命にかかわる重い病気の未承認薬については海外での臨床試験データなどを用いて早期に承認する方針を打ち出し、ドラッグ・ラグ解消に乗り出した。
一方、2002年、イギリスで開発された抗悪性腫瘍(しゅよう)薬「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)を厚生労働省は申請から約5か月という異例の早さで承認し、世界に先駆けて発売した。しかしイレッサについては、効果があった患者も多数いたが、服用後に間質性肺炎の副作用で死亡した患者もおり、遺族が国と製薬会社を相手取って訴訟を起こした(2013年4月に原告敗訴確定)。このイレッサ薬害訴訟は、ドラッグ・ラグ解消と副作用などの情報周知徹底のバランスについて議論をよんだ。
[編集部]
(星野美穂 フリーライター / 2009年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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