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ベトナム戦争【べとなむせんそう】

4件の用語解説(ベトナム戦争で検索)

知恵蔵2010の解説

「革命と戦争の世紀」20世紀後半のハイライト。1973年、アジアの小国が圧倒的な軍事力を持つ米軍を「敗退」させ、75年に悲願の民族統一を実現。だが、旧資本主義の南部において急速な社会主義化を進めたため、多くの国民が海路で国外に脱出した(ボート・ピープル)。東アジアの冷戦は米中間の対立を軸に展開したが、米国は共産主義からの軍事的脅威の最前線としてベトナムをみた(ドミノ理論)。54年、ディエンビエンフーで敗れたフランスに代わり、米国がベトナムに介入した。59年から60年にかけて、南ベトナムで始まった米国及びゴ・ディン・ジェム政権に対する武装闘争は、60年12月の南ベトナム解放民族戦線の結成を機に、政府軍との本格的交戦に突入した。ケネディ大統領(当時)は特殊部隊4000人の派遣を決定、その後も漸次増強させた。ケネディ暗殺後、米大統領に就任したジョンソンは64年8月、トンキン湾での米艦艇に対する北ベトナム軍の攻撃(トンキン湾事件)を利用して米議会の戦争拡大支持を取り付け、翌年2月7日、17度線北方のドンホイ爆撃をもって北ベトナム爆撃(北爆)に踏み切り、最大54万人の兵力を南部に投入。だが北爆も功を奏さなかったばかりか、68年1〜2月に南ベトナム全土での解放勢力による一斉攻勢(テト攻勢)で大打撃を被ってからは、米軍は都市防衛釘付けにされた。守勢に立たされた米国は、世界的規模の反戦運動の圧力にも押され、68年10月に北爆全面停止宣言、翌年から撤兵開始。米軍の援助を失った南ベトナム軍はやがて瓦解、75年4月30日、ズオン・バン・ミン大統領は首都攻略を目指す解放勢力の軍事作戦(ホー・チ・ミン作戦)の前に無条件降伏した。南ベトナム解放民族戦線、北ベトナム側兵員の犠牲者は110万人に上る。
( 片山裕神戸大学教授 )

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2007」

それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

第2次大戦後、かつての宗主国フランスは、再びベトナムの植民地化をもくろみ軍を派遣したが、54年のディエンビエンフーの戦いに敗れて撤退。ジュネーブ協定により北緯17度が暫定軍事境界線と定められた。北部はホー・チ・ミン主席指導し社会主義を掲げるベトナム民主共和国(北ベトナム)、南では資本主義のベトナム共和国(南ベトナム)が支配対立した。南部では60年に南ベトナム解放民族戦線が結成され、北ベトナムの支援を受けてゲリラ活動を展開し、米軍、南ベトナム軍などと戦う。アメリカは、米ソの冷戦下で北ベトナムの勢力が広がることが世界的な共産主義の拡大につながるとする「ドミノ理論」を根拠に、62年に南ベトナムを支援するために軍事援助司令部を現地に置き公然と介入を始めた。64年、米艦艇が公海上で北ベトナムに攻撃されたとするトンキン湾事件が発生。ジョンソン米大統領は、65年に北ベトナムを直接攻撃する北爆を本格的に始め、海兵隊も上陸させた。しかし、腐敗独裁色を強める南ベトナム政権民衆の支持を失い、解放戦線の攻撃を抑えることもできなかった。戦費の拡大、人命喪失、世界的な反戦運動などに直面したアメリカは撤退を決意。73年1月、南北ベトナムとアメリカ、南ベトナム臨時革命政府の4者がパリ和平協定を結んだ。しかし北ベトナムと解放戦線は攻勢を強めた。75年4月30日、サイゴン(現ホーチミン市)が陥落し、南ベトナム政権は崩壊戦争が終わった。翌年に南北統一選挙実施、ベトナム社会主義共和国が生まれた。アメリカの戦死者は5万8千人、戦傷者は30万人。ベトナム側の戦死者は、百数十万とも200万人以上ともいわれる。
( 2008-01-29 朝日新聞 朝刊 東特集C )

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デジタル大辞泉の解説

ベトナム‐せんそう〔‐センサウ〕【ベトナム戦争】
 
ベトナムの統一をめぐる戦争。1960年に結成された南ベトナム解放民族戦線が、61年、北ベトナムの支援のもとに南ベトナム政府に対して本格的な抗争を開始し、69年には臨時革命政府を樹立。その間、63年にはアメリカが全面的に軍事介入したが、73年の和平協定により撤退。75年、サイゴンが陥落して南ベトナム政府は崩壊。翌76年、南北ベトナムの統一が実現した。第二次インドシナ戦争

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監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
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百科事典マイペディアの解説

第2次インドシナ戦争ともいわれる。1954年ジュネーブ協定締結後,南ベトナム(ベトナム共和国)に成立したゴ・ディン・ジェム政権は米国の援助下に反共・独裁政策強行
※本文は出典元の用語解説の一部を掲載しています。

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