翻訳|Portuguese
ロマンス諸語(ロマンス語)の一つ。ポルトガル(人口約1000万)およびブラジル(人口約1億2700万)の国語として両国(ポルトガルの領有するアゾレス諸島,マデイラ諸島を含む)で行われているほか,近年ポルトガルから独立したアフリカのアンゴラ,モザンビーク,カボベルデ,ギニア・ビサウ,サントーメ・プリンシペにおいても,ポルトガル語は公用語としての地位を保っている。また,15世紀以降のポルトガルの海外発展を背景に,アジアやアフリカの各地で現地語との接触を通じて形成されたポルトガル語系のクレオール語が,一部の地域(スリランカ,澳門(マカオ),カボベルデ,ギニア・ビサウなど)で今日もなお使用されている。なお,中世のガリシア・ポルトガル語(後述)から分化したガリシア語Galicianは,ポルトガルの北に位置するスペインのガリシア地方に約200万人の話し手を有している。
ポルトガル語は,スペイン語やカタルニャ語と同様,古代ローマ人がその政治的支配(半島全域にローマ支配が確立するのは前1世紀末)とともにイベリア半島にもたらしたラテン語に由来する。ポルトガル語には,地名のほか,ローマ人到来以前に半島で行われていた言語にさかのぼると思われる単語(esquerdo〈左の〉など)がいくつか存在するが,ローマ時代以前の先住民族,またその言語については不明の部分が多く,それらの言語が半島に移植されたラテン語に及ぼした影響に関しても,確かなことはほとんど言えない。いずれにせよ,イベリア半島一帯は社会生活のあらゆる面でのローマ化が進み,今日バスク語の話されている半島北東部を除き,先住民族の言語を駆逐しつつラテン語が浸透していった。ローマ帝国の各地で行われていたラテン語(より正確には民衆の話し言葉たる俗ラテン語)は時代とともに変化を遂げ,ことに西ローマ帝国の滅亡(476年)後は,地方ごとに異なるいくつもの変種に分化し始める。俗ラテン語からロマンス諸語へと至るこの分化の時期に,イベリア半島は5世紀初めから300年にわたりゲルマン民族(スエビ族,西ゴート族)の支配下に置かれるが,彼らの言語は形成されつつあった半島のロマンス語に大きな影響を及ぼすにはいたらなかった。そのわずかな影響は語彙の面に限られるが,今日のポルトガル語に残る,この時期の借用にさかのぼるゲルマン語起源の語(luva〈手袋〉など)は数少ない。
8世紀初頭にはイスラム教徒による半島支配が始まる。半島西部ではドウロ川以北の地域が早くにイスラム教徒の勢力を排除するが,この地に,既に何百年かにわたる言語変化を経て9世紀ころに成立したのがガリシア・ポルトガル語Galician-Portugueseである。この言語は国土回復運動とともに南へ勢力を伸ばし,モサラベ語Mozarabic(イスラム支配に服したキリスト教徒の用いていたロマンス語)と接触し,これを吸収しつつ独自の特徴を発達させながら,やがてポルトガル王国(1143年誕生)固有の共通語を形成するにいたる。この時期にイスラム教徒のアラビア語から導入され今日に伝わる語彙(arroz〈米〉,aldeia〈村〉など)は,ゲルマン語起源の借用語よりはるかに多い。
13世紀初めにはガリシア・ポルトガル語による最古の文献が現れる。この言語が,ミーニョ川以北のガリシア語と,コインブラからリスボンにかけての地域を新たな言語的中心地とする,ミーニョ川以南のポルトガル語とにはっきり分化するのは,14世紀半ばころのことである。文献登場以降のポルトガル語の歴史は,ガリシア・ポルトガル語期をその前半に含む中世(または古期)ポルトガル語(13世紀初め~16世紀半ば)と,近代ポルトガル語(16世紀半ば~現代)とに二分される。現代ポルトガル語の音韻・文法組織の基本は,中世ポルトガル語後期には既に確立したと見ることができるが,例えば中世ポルトガル語で維持されたs[ś]とç[ts](のち[s]),母音間のs[ź]とz[dz](のち[z])の区別は近代ポルトガル語では共に失われ,おのおの[s],[z]に統合されている。破擦音のch[tʃ](<ラテン語のcl-,fl-,pl-)が摩擦音[ʃ]に移行したのも近代ポルトガル語の段階においてである。他言語からの語彙の借用は既に中世ポルトガル語にも見られるが,近代ポルトガル語における借用(ラテン語,スペイン語,フランス語,英語などから)は量的にはるかにそれを上回る。
現代ポルトガル語の特徴について簡単に述べるなら,まず音韻面では,母音の種類が豊富なこと(五つの鼻母音を含む単母音の数が14(ブラジルでは12)。これにさまざまな二重母音,二重鼻母音,三重母音が付け加わる--なお現代ガリシア語では鼻母音が失われている),スペイン語(またガリシア語)と違ってbとvの区別がなされる点などが挙げられる。文法や語彙の面ではスペイン語との類似が顕著であるが,ラテン語の直説法現在完了形,過去完了形に由来する形態(後者はおもに書き言葉で使われる)が元来の用法に近い機能を果たすなど保守的な傾向を示す一方,独得の〈人称不定法〉を発達させている点などが注目される。ブラジルのポルトガル語は,音韻・文法・語彙・正書法の各側面においてポルトガルのポルトガル語と相違を見せる(iに先立つt,dの口蓋化,補語人称代名詞を動詞に前置させる傾向,先住民族の言語たるトゥピ語Tupiからの借用語など)が,両者の関係は同一言語の二つの〈変種〉としてとらえるべきものである。
なお,16世紀半ばから約100年にわたる,通商上また布教上の目的で来日したポルトガル人の活動を通じ,少なからぬポルトガル語の単語が日本語に取り入れられた(〈パン〉〈ボタン〉〈イギリス〉など)ほか,日本語の辞書・文典などがポルトガル語を用いて作成され,当時の日本の言語・文化を知る上で貴重な資料となっている。
執筆者:長神 悟
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロマンス諸語の一つ。ポルトガル、ブラジルのほか、アフリカのアンゴラ、モザンビーク、ギニア・ビサウ、サントメ・プリンシペ、カーボベルデの公用語。歴史的にいえば、イベリア半島の北西部、つまり現在のスペインのガリシア地方とポルトガル北部において、俗ラテン語を母として9世紀中葉までには誕生していたと考えられるガリシア語―ポルトガル語(galego-português)が、「国土回復運動」の進展に伴って南下し、ポルトガル中央部・南部のことば――いうまでもなく俗ラテン語を母とすることばであるが、その実体はほとんど不明――を吸収しながら、12、3世紀ごろ共通ポルトガル語として成立して現代に至ったことばである。ポルトガル王国の成立に伴い、ガリシア地方とポルトガル北部が政治的に分離したこともあって、14世紀中葉以降、それまでのガリシア語―ポルトガル語はガリシア語とポルトガル語に分かれた。ガリシア語―ポルトガル語の時代にあっては、この言語はイベリア半島の大半における文学言語、とくに韻文のための言語として大きな権威をもっていた。カスティーリャ王国のアルフォンソ10世賢王による「聖母マリア讃歌(さんか)」もこの言語で書かれている。14世紀後半以降、ガリシア語はスペイン国内の狭いガリシア地方の言語の地位に後退し、少数の人々の日常言語の役割を果たしながら現在に至っている。最近この言語の「再興運動」が積極的に進められている。ポルトガル語のほうは豊かな文学作品を背景としてロマンス諸語のなかの重要な一言語として現在に至っているのであるが、大航海時代にはアフリカ、ブラジルへも「移住」して、それぞれの地に定着した。
ポルトガル語は、全般的にみれば、他のロマンス諸語と大きく異なるところはない。だが音韻面ではフランス語と等しく、口母音のほかに鼻母音を有するが、それだけでなくフランス語に存在しない二重鼻母音を有する点が一つの特徴である。文法面では他のロマンス諸語にみられない「準不定詞」が大きな特徴として指摘できる。これは不定詞的性格と定詞的性格をあわせもつ、言語学的に興味ある言語現象である。
ポルトガルとブラジルのそれぞれで話されているポルトガル語の差異は主として音韻面に認められるが、これは19世紀にポルトガルでかなり大きな音韻変化が生じたためである。したがって、16世紀に日本へきたポルトガル人は、現在のブラジルのポルトガル語に近いことばを話していたと思われる。
[池上岺夫]
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[分類・分布]
ロマンス語の分類に関してはさまざまな試みがなされているが,19世紀末に死滅したダルマティア語(かつてアドリア海東岸に分布)を今日使用されているロマンス語に加えたうえで,次のような分類が考えられる(配列順序はヨーロッパにおける分布をおおよそ西から東にたどったもの)。(1)ポルトガル語,(2)スペイン語,(3)カタロニア語(カタルニャ語,カタラン語とも),(4)オック語(オクシタン(語)とも),(5)フランコ・プロバンス語Franco‐Provençal,(6)フランス語,(7)レト・ロマン語(レト・ロマンス語とも),(8)サルジニア語(サルデーニャ語とも),(9)イタリア語,(10)ダルマティア語Dalmatian,(11)ルーマニア語。これらの〈言語〉はいずれもいくつかの地域的な変種(方言)を含んでいるが,(1)(2)(3)(6)(9)(11)のように超局地的な共通語(標準語)の確立している言語と,そのような標準語をもたない(4)(5)(7)(8)(10)のような言語とがある。…
※「ポルトガル語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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