動物行動学(エソロジーethology)では、「本能的活動または気分(ムードmood)を引き起こす一定の刺激またはその複合体」と定義し、解発因または解発体と訳される。ある時期までは解発因と区別して使われることが多かった社会的解発因social releaserは、「生物体の一定の特徴またはその複合体をさし、同種または異種の個体に働きかけ、それに本能的行動を引き起こすもの」をさしていた。
繁殖期のイトヨ(トゲウオの仲間)の雄の赤い腹は同種の雄の攻撃行動の、カイコガの雌の出す性フェロモンは雄の性的追跡行動の、ひよこの悲痛な叫び声は母親ニワトリの雛(ひな)に対する救援行動のそれぞれリリーサーである。リリーサーとよく似た用語にサイン刺激(鍵(かぎ)刺激、信号刺激)がある。サイン刺激はリリーサーに含まれるより厳密な概念であるが、現在ではほとんどリリーサーと同義に使われ、区別は困難である。
動物学者ローレンツは、ある動物の個体がもっている身体的・行動的特性(形態、色彩、音、香り、身ぶり、行動など)が、同種他個体の特定の本能行動の連鎖を発動させている場合、その特性をリリーサーとよんだ。リリーサーは単純でかつ特殊でなければならないという生物学的要求を充足するように方向づけられた淘汰(とうた)圧を受けて進化し、それによって生得的行動が同種個体間で、容易にしかも誤りなく解発されることを保証している。しかし、このことは異種間などでリリーサーの特徴が模倣され、托卵(たくらん)などの擬態とよばれる行動の進化発現をも可能にした。また、親鳥の抱卵行動のリリーサーとしては、自分の卵よりも大きくて目だった模様のある卵がより有効であるというような超正常解発因super-normal releaserの例も多く知られている。人間では、正常なものよりも大きな乳房や瞳(ひとみ)などが性的により強い魅力をもつ。
リリーサーによる本能行動の発現機構は、ドイツの動物学者ユクスキュルとローレンツが提唱し、オランダのティンバーゲンがまとめた生得的解発機構innate releasing mechanismとよばれる概念で説明された。この仕組みの中核は、動物の神経中枢には特定の行動に対応した特定の刺激(鍵)を認識する感覚系(鍵穴)が遺伝的に存在しているという考えである。リリーサーによって解発される反応の特徴の一つに異質的加重の現象がある。たとえば、メダカの雄の配偶行動は、雌の形や大きさ、運動速度など複数の刺激特性によって解発され、それらが相補的に働いている。誇示displayなどの社会行動の行動型(行動パターン)は、神経興奮の外的表現(叫び声や体色変化など)や、まったく別の行動(羽繕い、摂食など)が仲間個体に対して新しい伝達機能(威嚇、求愛、なだめ、挨拶(あいさつ)など)をもったリリーサーに変容したものが多い。このような本能行動の進化における変容過程を儀式化とよんでいる。
[植松辰美]
解発因とも呼ばれる。動物の生得的な行動を発現させる刺激となるもので,動物の形態,色,発音,におい,動作などのあらゆる特性がリリーサーになりうる。この用語は,動物の行動には内的な動機づけがあり,それが外的な刺激によって解発されるという生得的解発機構の考え方と不可分のものである。
具体的な例をいくつかあげれば,多くのガの雌が放散するにおい(性フェロモン)は,雄の配偶行動を促すリリーサーである。雌を求めて飛び回る雄は,このにおいを感ずると発生源に定位し,やがて雌を探し出す。夜行性のガにとって,これは見えない雌を見いだす重要な手がかりとなっている。スズメ目の小鳥の雄のさえずりも配偶行動のリリーサーであり,カモメ類の親鳥の声はひなの警戒反応をひき出すリリーサーである。また親鳥の黄色いくちばし上の赤い斑紋はひなが餌をねだる行動を開始するためのリリーサーで,さらにひなの口の中の模様やつつく行為は親の給餌のリリーサーとなる。シオマネキは大きなはさみ(第1歩脚)を上下,左右に振るが,これも相手をひき寄せるリリーサーとなる。繁殖時のトゲウオの雄は,婚姻色と呼ばれる赤い腹部をもち,雌は卵が発達して丸い腹部になる。なわばりを防衛している雄は,赤い腹部の魚が現れると,つついて追い払い,丸い腹部の魚の前では求婚のジグザグ泳ぎを示す。この場合,赤い腹が防衛の,丸い腹が求愛の行動をひき出すリリーサーである。
野生状態では上記のような特性がリリーサーとして働き,動物の社会的関係を円滑に進行させていくわけだが,必ずしも具体的なくちばしや腹といったリリーサーそのものでなくても行動は解発される。例えばトゲウオの赤い腹の場合,模型に赤い印をつけるだけで攻撃行動を解発することができ,これから本当の刺激になっているのは赤い色だけであることがわかる。このような行動をひき起こすのに必要にして十分な刺激を鍵刺激key stimulus(信号刺激,合図刺激ともいう)と呼んで,リリーサーと区別する。しかし実際にはリリーサーと鍵刺激はしばしば混用される。
執筆者:奥井 一満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…まず動物の内部で特定の行動に対する衝動driveまたは動機づけmotivationが高まる。そういう状態において適切な信号を伝えるリリーサー(解発因)に出会うと,生得的解発機構を介してその行動が解発されるというわけである。したがって,内的状態と外的条件が二つながらそろって,初めて適切な行動が解発されることになる。…
…この過程は儀式化と呼ばれるが,儀式化を通じて行動は信号としてより効果的,象徴的なものとなる。受け手の側は送り手の側の行動全体に反応するのではなく,そのうちの一定の成分のみ(これをリリーサーと呼ぶ)を引金として受けとめるのであり,人工的なリリーサーによっても同じ反応を引き起こすことができる。したがって,動物のコミュニケーションにおける意味解読のコードは,遺伝的に決定されたものといえる。…
…解発機構(ドイツ語でAuslösemechanismus)の語はK.ローレンツの提唱になる。動物の生得的な行動の背後にはそれを発現する潜在的エネルギーがつねに蓄えられた状態にあり,これを引き出すリリーサー(あるいは,それに含まれる鍵刺激)によってその行動が発現するという考えに基づくもの。ローレンツはこれを有名な水力学モデルで示した。…
※「リリーサー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新