小説家。東京生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。父は軍人でホトトギス派の俳人。大学卒業後、東京放送(TBS)に入社。アシスタント・ディレクターとして人気ドラマ『七人の孫』などの制作にかかわる。その後、向田邦子(むこうだくにこ)脚本の『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などを演出。1979年(昭和54)TBSを退社。映像制作会社カノックスを設立し、ドラマの演出を主に手がける一方で映画『夢一族』を制作。92年(平成4)『花迷宮・上海からきた女』『女正月』の演出により芸術選奨文部大臣賞を受賞。また外部の演出家としては初めてNHKドラマ『振り向けば春』を担当した。そうした演出家としての華々しい活動のかたわら『昭和幻燈館』(1987)、『花迷宮』『怖い絵』(1991)などの幻想的エッセイで文筆家としてもデビュー。1981年8月22日、台湾取材旅行中に事故死した向田邦子との思い出を綴(つづ)った『触れもせで――向田邦子との二十年』(1992)、『夢あたたかき――向田邦子との二十年』(1995)には、同志であり友人でもあった向田邦子との性差を超えた付き合いが静かに語られている。
1993年『蝶(ちょう)とヒットラー』でドゥマゴ文学賞を受賞してから、しだいに重心を小説世界のほうに移していった。『一九三四年冬――乱歩』(1993)で山本周五郎賞を受賞、『聖なる春』(1996)により芸術選奨文部大臣賞を受賞と、次々と実力のほどをみせつけた。ことに『一九三四年冬――乱歩』は、執筆に行き詰まった乱歩が書名の年に失踪(しっそう)した現実の事件をもとに、作者が思い切り想像の羽を広げ虚実皮膜(きょじつひまく)の間をつくりあげていく傑作だった。ほかにも『陛下』(1996)、『卑弥呼』(1997)、『謎(なぞ)の母』(1998)、『燃える頬』『桃』(2000)、『蕭々館日録(しゅうしゅうかんにちろく)』(2001)、『あべこべ』(2002)と意欲的に作品を生み出していった。もちろん、小説以外にも人物エッセイや歌謡エッセイ、幻想作家論集、美術論集など執筆分野は幅広く、そのいずれもが一級品との評判を得た。
久世光彦の作品の特色は、ひとえに「美」を追求する作者の創作姿勢にある。それはことばによる美、情景の美、精神の美……すべてに対して貪欲(どんよく)に美しさを求めていくのだ。この新しい形の耽美(たんび)主義こそが久世光彦の魅力と称してよい。
[関口苑生]
『『泰西からの手紙』(1998・文芸春秋)』▽『『燃える頬』(2000・文芸春秋)』▽『『桃』(2000・新潮社)』▽『『蕭々館日録』(2001・中央公論新社)』▽『『あべこべ』(2002・文芸春秋)』▽『『一九三四年冬――乱歩』『陛下』『卑弥呼』『謎の母』『花迷宮』『聖なる春』(新潮文庫)』▽『『昭和幻燈館』(中公文庫)』▽『『触れもせで――向田邦子との二十年』『夢あたたかき――向田邦子との二十年』(講談社文庫)』▽『『怖い絵』(文春文庫)』▽『『蝶とヒットラー』(ハルキ文庫)』
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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