日本大百科全書(ニッポニカ) 「二川幸夫」の意味・わかりやすい解説
二川幸夫
ふたがわゆきお
(1932―2013)
建築写真家。大阪市生まれ。建築専門出版社エーディーエー・エディタ・トーキョー主宰。旧制都島(みやこじま)工業高校で建築を学んだ後、早稲田大学文学部に進学。美術史、建築史を専攻するかたわら建築写真に強い関心を示し、大学在学中より全国各地の建築物を撮影して旅行する。大学を卒業した1956年(昭和31)以降は写真撮影に専念、処女作『日本の民家』(1957~1959)は大学在学中から約6年間かけて日本全国を旅行してまわった丹念なフィールドワークと記録性が高く評価され、1959年の毎日出版文化賞を受賞した。この作品集に文章を寄せた批評家伊藤ていじ(1922―2010)とは、以後も『日本建築の根』(1962)や『数寄屋』(1967)など、日本の伝統家屋をめぐる作品でしばしば協働する。その一方で処女作の成功によって建築写真家としての地歩を築いた二川は、1960年代以降は撮影の対象を海外建築にも広げて世界各地を撮影旅行し、1967年から1970年にかけて『現代建築家シリーズ』を刊行する。それは、フランク・ロイド・ライトをはじめル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、アルバ・アールト、リチャード・ノイトラ、フィリップ・ジョンソンなど、モダニズム建築の巨匠の代表作を数多く収めた本格的な作品集であった。
1970年には東京・千駄ヶ谷にエーディーエー・エディタ・トーキョーを設立、二川の建築写真は以後もっぱら同社の刊行物を通じて発表されるようになる。なかでも会社設立と同時に創刊された建築写真誌『GA(Global Architecture)』は「近現代建築の百科事典」を標榜する網羅的、啓蒙的な性格の強いもので、世界各地の著名な建築を大判の写真で数多く紹介。そのほか『GA Japan』『GA House』『GA Document』『GA Contemporary Architecture』など、撮影対象の多様化にともなって姉妹誌を増やしていった。また書籍でもライフワークともよぶべきフランク・ロイド・ライトの全作品写真撮影を行い、『フランク・ロイド・ライト全集』(1985~1991)として刊行。世界でも類例のない試みとして国際的な評価を得た。1983年には会社所在地に日本初の建築専門ギャラリー「GAギャラリー」を開廊して新たな作品発表の拠点とした。
空間のバランスやディテールの完成度、さらには建築を取り巻く周囲の環境への理解が行き届いた写真術に定評がある一方、日本では馴染(なじ)みの薄かった建築写真というジャンルを切り拓いたパイオニアとしても評価が高く、内外の多くの建築家から厚い信望を得ていた。仕事上のモットーは「建築を理解することは旅から始まって旅で終わる」。AIA(アメリカ建築協会)賞写真賞、毎日デザイン賞、芸術選奨文部大臣賞、日本建築学会賞文化賞など多くの受賞歴があり、1997年(平成9)には紫綬褒章を受章した。
[暮沢剛巳]
『「シリーズ紙短情長」(『AXIS』2000年7、8月号・AXIS出版)』▽『二川幸夫撮影・伊藤ていじ解説『日本の民家』全10巻(1957~1959・美術出版社)』▽『二川幸夫写真・伊藤ていじ文『日本建築の根』(1962・美術出版社)』▽『伊藤ていじ・二川幸夫・田中一光著『数寄屋』(1967・淡交新社)』▽『二川幸夫撮影『現代建築家シリーズ』全15巻(1967~1970・美術出版社)』▽『二川幸夫企画・撮影『フランク・ロイド・ライト全集』(1985~1991・エーディーエー・エディタ・トーキョー)』▽『磯崎新著『反回想Ⅰ』(2001・エーディーエー・エディタ・トーキョー)』