本人と一定の関係にある者が本人に代わって意思表示をなし,または第三者の意思表示を受けることによって,直接本人にその効力を生じさせることをいう。
代理制度はローマ法にはなく,17世紀以降のヨーロッパにおいて理論的・制度的に確立したものである。とくに19世紀のドイツ普通法時代には代理の本質をめぐって学説上の争いがあった。そこでは,(1)代理人は本人の意思を表示するにすぎず真の行為者は本人であるとする説(本人行為説),(2)代理人は一部は自己の意思を一部は本人の意思を表示するものであり本人も代理人も行為者であるとする説(共同行為説)もあったが,(3)代理人は自己の意思を表示するものであり本人はその効果を受けるにすぎないとする説(代理人行為説)が多数を占めた。代理人行為説はドイツ民法に採用され,日本の民法における代理規定の基礎にもなっている。1896年に民法が制定されるまでは,1873年の太政官布告〈代人規制〉によって代理の要件や効力などが定められていた。
代理は本人が選任した代理人によって行われる場合と本人の意思とは無関係に法律が定める代理人によって行われる場合とがある。前者を任意代理といい,後者を法定代理という。意思表示はそれを行った者について効力を生ずるのが原則であるが,代理の場合には,代理人が意思表示を行うにもかかわらず,その効力は全部本人について生ずるという変則的な結果をもたらす。たとえば,代理人が本人に代わって不動産を売却すると,売主としての権利義務はすべて本人に帰属し,代理人と相手方との間には法律関係が残らない。このように本人は代理人を使用することによってみずから行為したのと同じ結果を達成しうるだけでなく,必要に応じて専門的知識や経験のある者(弁護士,弁理士,税理士,司法書士など)に代理を依頼することによって自分の能力では達成しえない結果を得ることもできる。日々大量の取引を行う企業活動にとっても代理は欠くことのできない制度である。使者も本人の活動を補助する手段であるが,代理人はみずから決定したところに従って意思表示をするのに対し,使者は本人の決定した意思を,たんに表示または伝達する役割を果たすにすぎない。代理は訴訟行為や公法上の行為についても認められるが,婚姻,養子縁組,遺言のように本人自身の意思決定を絶対的要件とする行為については許されない。
代理人となりうる者の資格については一般的な制限はなく,子供が親の代理として日用品を購入する場合のように,法律上の無能力者(未成年者,禁治産者,準禁治産者)でも代理人となることができるが,法定代理の場合には個別的にその資格が制限されていることがある(民法846条)。代理人が一方では本人の代理人として,他方ではその相手方として行為することを自己契約といい,1人の代理人が当事者双方の代理人として行為することを双方代理という。いずれも本人の利益を害する危険性が大きいため,既存の債務を履行する場合を除き,法律によって禁止されている(108条)。また,後見人が被後見人の財産を譲り受ける場合のように,法定代理人と本人の利益が相反するときは(利益相反行為),本人のために家庭裁判所が特別代理人を選任することになっている(826,860条)。代理人が本人に代わってなしうる行為の範囲は,任意代理の場合には委任や雇用など本人と代理人との間の契約で個別的に定められるが,法定代理の場合には法律に規定されている(824,859条)。代理が有効に行われるためには,代理人がその権限(代理権)内において,本人のためにすることを示して行為することが必要である(99条)。もっとも,代理人が権限の範囲を越えて行為した場合でも,一定の要件の下に本人に効果が帰せられることがあり(110条),代理人が本人のためにすることを示さなかった場合でも,一定の要件の下に有効な代理が成立することがある(民法100条,商法504条)。代理人は善良な管理者の注意をもって行為しなければならず,その権限を濫用して自己または第三者の利益を図ることは許されない。しかし,現実に代理人が権限を濫用して行為した場合でも,本人は,相手方の悪意または過失を立証しない限り,代理の無効を主張しえないというのが判例の立場である。これに対して,なんの権限もない者が代理人と称して行為した場合や代理人が権限の範囲を越えて行為した場合を〈無権代理〉という。無権代理でも一定の要件を備える場合には,相手方の信頼を保護し,取引の安全を図るために,本人がその責任を負うべきものとされている。これを〈表見代理〉という。
表見代理には大別すると3種のものがある。第1に,本人が第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した場合には,実際にその他人に代理権が与えられていなくても,その他人が代理人として行った行為の効果は本人に帰せられる(民法109条)。これは,自己の先行する言動に反する主張をすることは許されないという禁反言(エストッペルestoppel)の法理の適用である。表見代表取締役や表見支配人の行為による責任(商法262,42条),名板貸(ないたがし)による責任(23条)なども同じ趣旨の制度である。第2に,代理人がその権限外の行為をした場合でも,相手方において代理人にその権限があると信ずべき正当の理由があるときは,その行為の効果は本人に帰せられる(民法110条)。第3に,すでに代理権が消滅したのに代理人が行為した場合には,相手方が善意・無過失である限り,その行為の効果は本人に帰せられる(112条)。表見代理を除いた無権代理は本人になんの効力も及ぼさないが,本人の側でこれを追認することによって事後的に有効な代理と同じ効果を生じさせることができる(113,116条)。しかし本人の追認が得られない限り,行為の相手方に対しては無権代理人自身が責任を負わなければならない(117条)。この責任の結果として,子が親の不動産を無断で処分した後に親が死亡し子が相続した場合のように,無権代理人が本人を相続したときは,本人の追認があった場合と同じく,無権代理人の行為が有効となるものと解されている。最後に,代理は本来本人の利益を図ることを目的とする制度であるが,建設業者が注文主から請負代金を受領する代理権を自己の債権者に与える場合のように(債権者は受領した代金を自己の債権の弁済にあてる),代理人自身の利益のためにも代理が利用されることがある。これは代理権をいわば債権担保の手段として利用するものであるから,通常の代理権とは異なって,本人は自由にこれを撤回することができないものと,解されている。
→代表 →法定代理人
執筆者:辻 正美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
乙が甲代理人乙という形式で契約などの法律行為を行い、その法律行為の効果が甲に直接帰属する制度。甲を本人、乙を代理人という。たとえば、乙が甲の代理人として丙と契約を結ぶと、本人甲がその契約の当事者として権利義務を取得することになる。
[淡路剛久]
代理に似ているがこれと異なる制度として、(1)間接代理、(2)使者、(3)代表、(4)代理占有などがある。(1)は問屋・仲買人などのように、間接代理人が他人の計算において自己の名で法律行為をなす制度であり、代理人が他人(本人)の名で行為をするのと区別される。(2)の使者は、本人が決定した意思表示を相手方に伝えるものであり、代理の場合に代理人自身が意思表示をするのと区別される。(3)の代表は、代表取締役などの法人の機関が法律行為をなし、これによって法人が直接に権利義務を取得する制度であり、代理と本質を同じくするが、通説はこれら二つを区別している。(4)の代理占有は、他人が所持をなし、その効果たる占有権が本人に帰属することであるが、占有に関する制度であり、代理が意思表示に関する制度である点で区別される。
[淡路剛久]
代理には任意代理と法定代理とがある。任意代理とは本人の代理権授与によって発生した代理をいう。本人の代理権授与行為(授権行為)の性質については、契約と解する説と単独行為と解する説とがあるが、前者のほうが有力である。法定代理とは本人の代理権授与によるのでなくて発生した代理をいう(たとえば、未成年の子の父母など)。
[淡路剛久]
代理が有効に成立するためには、代理人が本人の名で行為をなし(顕名主義)、かつその者に代理権が存在しなければならない。代理権は授権行為(授権行為が書面で表示されたものを委任状という)によって与えられる場合(任意代理)と、そうでない場合(法定代理)とがある。代理権なしに行われた代理行為を無権代理という。無権代理は本人に対して効力を生じないのが原則である(その場合には無権代理人が一定の責任を負う。民法117条)が、表見(ひょうけん)代理にあたる場合および本人の追認がある場合には本人に対して効力を生じる。表見代理とは、取引の相手方の信頼を保護する制度であり、無権代理行為が行為の外観上代理権に基づくかのようにみえる場合には、代理権があったのと同じ法律効果を与えようとするものである。民法上、代理権授与の表示による表見代理(同法109条)、権限踰越(ゆえつ)による表見代理(同法110条)および代理権消滅後の表見代理(同法112条)の三つがある。なお、代理人が自分と相手方との間の契約について相手方の代理人となり、あるいは両当事者の代理人となることをそれぞれ自己契約・双方代理というが、これらは原則として禁止されており(同法108条)、違反すると無権代理となる。
[淡路剛久]
代理人の法律行為の効果が本人に及び、本人自ら法律行為をしたのと同じ結果となることである。
[淡路剛久]
任意代理・法定代理共通の消滅原因は、本人の死亡、代理人の死亡もしくは破産または代理人が後見開始の審判を受けたこと(民法111条1項)である。また、任意代理の消滅原因は、対内関係(代理関係を発生せしめた契約など)の消滅、本人の破産(同法653条)、解除(同法651条)である。
[淡路剛久]
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…たとえば,農地法の定める農地賃貸借の解約の許可は,前記の意味における許可としての性質のほか,ここにいう認可の性質をも有する。(5)〈代理〉 行政庁が,本来他者のなすべき法律行為を,その者に代わって行政行為として行うこと。租税の徴収のために行われる滞納者の財産の公売がこれにあたる。…
… 私法の分野では,講学上,法人の機関の行為が法律では法人の行為としてあつかわれることを指して,機関が法人を代表するという。もっとも,法令用語としては,代表と代理は明確に使い分けられておらず,日本の民法44条の代理,同824条,859条の代表は,それぞれ,講学上の用語とは反対に使われている。代表の観念をめぐる問題は,とりわけ憲法の分野で論ぜられることが多い。…
※「代理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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