伝記(読み)でんき(英語表記)biography

翻訳|biography

精選版 日本国語大辞典 「伝記」の意味・読み・例文・類語

でん‐き【伝記】

〘名〙
① 古くから伝えられている事柄の記録。古伝。伝。
※発心集(1216頃か)七「或(ある)伝記(デンキ)に云、唐(もろこし)に并州と云国あり」 〔劉歆‐移書譲太常博士〕
② (━する) 個人の生涯の事跡を書きしるすこと。また、その記録。伝。
※性霊集‐五(835頃)与越州節度使求内外経書啓「三経之中、経律論疏伝記、乃至詩賦碑銘、卜医五明、所摂之教」
※太閤記(1625)凡例「伝記之巻頭に、織田造酒丞を記し初む」

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デジタル大辞泉 「伝記」の意味・読み・例文・類語

でん‐き【伝記】

個人の生涯にわたる行動や業績を叙述したもの。「偉人の伝記
古くから伝えられている事柄の記録。
[類語]評伝史伝立志伝武勇伝列伝本伝外伝

しるし‐ぶみ【記/史】

記録。また、文書。
「皇后の崩年―に載すること無し」〈宣化紀〉
文学と史学。
「天皇仏のみのりけ給はずして―をこのみ給ふ」〈敏達紀〉

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「伝記」の意味・わかりやすい解説

伝記
でんき
biography

ある実在した人物の生涯を、それ以外の人が叙述したもの。対象となる人物は何らかの点で歴史に名を残した人物であるから、伝記は歴史研究の一形式とみなしうる。また一人の人間の性格と事蹟(じせき)に精彩を与えるためには物語的な要素も必要とされ、したがって優れた伝記は文学ジャンルの一つでもあり、ときに「評伝」とよばれることもある。歴史学や文学研究の立場からは批判もあるが、一つのジャンルとして幅広い人気を博しているのは世界的に共通した現象である。

[小倉孝誠]

古代・中世

古代中国では、紀元前1世紀に司馬遷によって『史記』が著されており、そのなかの「列伝」が伝記の嚆矢(こうし)とされる。その後の中国や日本の伝記に及ぼした影響は無視しがたい。

 古代ギリシアでは、紀元前4世紀にクセノフォンが『ソクラテスの思い出』で師の生涯を理想化して語っている。後世への影響が大きかったのは、古代ローマのプルタルコススエトニウスである。前者の『対比列伝』(別名『英雄伝』)はギリシアとローマの歴史的人物を2人ずつ対にしてその生涯を描いた作品であり、その後長い間にわたって西洋における伝記のモデルとなった。後者の『ローマ皇帝伝』はカエサルからドミティアヌスにいたる12人の皇帝の生と行動を物語る。どちらも同じ種類の人間たち(皇帝、将軍、哲学者など)をシリーズにして伝記を綴(つづ)ったもので、個人の内面と全体像を浮かびあがらせようとする意図はなく、むしろ人物の類型に関心を抱いていた。

 キリスト教が支配的だった中世において、伝記はおもに聖人、殉教者、教父らの生涯を記した「聖者伝」という形式をまとった。それを代表するのはヤコブス・デ・ウォラギネJacobus de Voragine(1230?―98?)の『黄金伝説』であろう。聖者伝は対象となる人物の言行を通じて、信仰と受難の英雄たちを模範的なキリスト者として民衆に提示するという機能を果たしていた。古代から中世までの伝記は、人物について客観的な情報をもたらすというよりも、その生涯から政治的、倫理的、宗教的な教訓を引き出すことを目的にしていたのである。

[小倉孝誠]

西洋近代

ルネサンス期に入ると個人意識が高まり、人間の自由と尊厳が重視されて人間中心主義の思想が流布する。こうして伝記は宗教色をしだいに失って世俗化され、叙述の主眼は個人としての人間性の探求に移っていく。ボッカチオの『ダンテ伝』、イタリアの画家バザーリの『美術家列伝』がこの時代のものとしては特筆に値する。

 伝記の分野でみごとな才能を示したのはイギリスである。17世紀にはウォルトンが詩人ジョン・ダンの優れた伝記を著し、オーブリーが同時代の著名人100名以上の生涯を短い文章に集めた『小伝記集』を書いている。そして18世紀になると、サミュエル・ジョンソンが『サベッジ伝』や『イギリス詩人伝』によって、文学ジャンルとしての伝記を確立した。そのジョンソン自身を伝記の対象にしたのがボズウェルの『ジョンソン伝』であり、日常の言動を細かく観察、記録したものに基づいた綿密な著作になっている。

 人の生涯を語るというのは古くから存在する営みだが、その方法や意図は時代によって異なる。同時代の世界観や人間観を反映するし、人間や世界について問いかけるさまざまな学問・科学の影響を受ける。19世紀は都市化や社会不安に伴って人間の孤独と疎外感が深まり、他方で科学と実証主義への信頼が高まった時代である。伝記は個人の内面性への問いかけを深めていき、同時に、綿密な資料調査と実証的な手続をより重視するようになった。イギリスでは批評家カーライルの『クロムウェル伝』が優れており、フランスではサント・ブーブが新たな文学評伝の様式を確立した。ヨーロッパ諸国で伝記辞典のシリーズ化が始まったのもこの時代で、フランスのルイ・ガブリエル・ミショーLouis-Gabriel Michaud(1778―1852)が編纂(へんさん)した『世界伝記集』Biographie universelle(85巻。1811~62)や、イギリスのレズリー・スティーブンLeslie Stephen(1832―1904)が最初の編集者になった『国民伝記辞典』Dictionary of National Biography(初版66巻、のち22巻に再編。1885~1900)がその例である。

 20世紀には伝記のスタイルがさらに多様化する。フロイトの精神分析、深層心理学、直観の哲学などの影響のもと、統一的な主体という概念が疑われだしたために、個人の矛盾をそのままさらけだしたり、人間の秘められた心理や動機をえぐりだそうとする傾向が強くなった。そのような伝記の一つの頂点がサルトルの『聖ジュネ』であり、フロベール論『家(うち)の馬鹿(ばか)息子』である。他方で、物語風の伝記も依然として根強い人気をもつ。イギリスではストレーチーが『ビクトリア朝のおえらがた』において、犀利(さいり)で辛辣(しんらつ)な人物描写を行い、オーストリアツワイク、フランスのモーロアやトロワイヤもまた多産な伝記作家として名高い。

[小倉孝誠]

日本

日本では、すでに江戸時代に『信長(しんちょう)記』『太閤(たいこう)記』『近世畸人(きじん)伝』などが書かれているが、近代的な伝記が出現するのは明治期になってからである。山路愛山、幸田露伴らが武将の伝記を書き、森鴎外(おうがい)は『渋江抽斎』などにおいて「史伝」とよばれる独自のジャンルを創出した。この作品では、江戸時代の儒者とその家族・子孫の伝記を綴(つづ)るとともに、その過程で作者が行った資料収集、人との出会いなどを語り、創作プロセスを明らかにしてみせる。史伝の系譜は、永井荷風の『下谷叢話(したやそうわ)』や中村真一郎の『頼山陽とその時代』に連なっている。現代では、中野好夫の『蘆花(ろか)徳冨健次郎』や江藤淳(じゅん)の『漱石(そうせき)とその時代』など、批評家が書いた作家の評伝に傑作が多い。また司馬遼太郎(りょうたろう)の一連の歴史小説は、日本史上の偉人を主人公にした、小説化された伝記とみなすこともできよう。

[小倉孝誠]

『アルナルド・モミリアーノ著、柳沼重剛訳『伝記文学の誕生』(1982・東海大学出版会)』『中村真一郎著『文学としての評伝』(1992・新潮社)』『中野好夫著『伝記文学の面白さ』(1995・岩波書店)』『『伝記・自叙伝の名著 総解説』改訂版(1998・自由国民社)』『佐伯彰一著『伝記のなかのエロス』(中公文庫)』『P. M. KendallThe Art of Biography(1965, George Allen and Unwin, London)』『Daniel MadelenatLa Biographie(1984, PUF, Paris)』『Georges GusdorfLignes de vie(1991, Odile Jacob, Paris)』

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改訂新版 世界大百科事典 「伝記」の意味・わかりやすい解説

伝記 (でんき)

〈特定の個人の生涯の歴史〉と伝記を定義したのは,17世紀イギリスの詩人・批評家ドライデンであるが,伝記と歴史とのつながりの深さには疑いの余地がない。伝記的な要素をふくまない歴史はほとんどなく,古い歴史書は伝記の連鎖という形のものが多い。まず歴史という母胎ではぐくまれ,やがてひとり立ちするに至ったものが伝記だともいえる。中国の《史記》では,列伝が不可欠の構成要素をなしており,プルタルコスの《英雄伝》は,ギリシア,ローマの史上有名な人物を2人ずつ組み合わせた対比列伝であった。日本の《古事記》《日本書紀》でも中核をなすのは天皇の列伝であり,平安後期成立の《大鏡》以降の,いわゆる鏡物の国文の歴史物語も列伝体を軸としており,《栄華物語》には〈藤原道長伝〉という副題をふることも許されよう。もう一つ忘れてならぬ点は,伝記と宗教また神話との深いつながりである。神話の多くは宗教的な英雄伝とも呼べるもので,後世の英雄伝にも神話的イメージが意外なほど濃い影を落としている。プルタルコスが,巻頭に神話的人物テセウスをすえたことは象徴的な事実といってよい。さらに,各宗教の経典で,教祖伝が大きな位置を占めていることは,仏教,キリスト教の実例に明らかであり,《論語》とプラトンの〈対話編〉は,それぞれ孔子とソクラテスの言行録にほかならない。聖書に《使徒行伝》があるように,直接の弟子,さらに聖者,高僧を扱った伝記的記述が数多くものされることも,各国,各宗教に共通の事情で,日本でも最初のいわば自立した伝記は,平安朝に出た高僧伝であり,ヨーロッパの中世でも,おびただしい数の聖者伝が書かれた。

 ここまでは東西軌を一にした推移といえようが,独立した伝記ジャンルのその後の発展となると,秤皿は大きく西洋のほうに傾く。すでにローマ時代,スエトニウスの《皇帝伝》は,ゴシップ的な語り口で,12人の帝王の風貌と性行を鮮やかに浮かび上がらせて近代伝記を先駆する趣があり,歴史家タキトゥスの鋭利な人物描写の冴えとともに忘れがたい。しかし伝記ジャンルのめざましい発達は,やはりルネサンス以降の話で,とくにイタリアのバザーリによる《もっともすぐれた画家,彫刻家,建築家の生涯》(《芸術家列伝》,1550)は,その顔ぶれの包括的なこと,多様なエピソードの織りこみ方の巧みさできわだっている。一体,帝王,聖者,英雄とは無縁の存在である芸術家を伝記の対象に選んだこと自体,ルネサンス的な人間解放と個人主義のみごとな成果にほかならない。17世紀以降,このジャンルの主導権はイギリス人の手に渡ったといえよう。すでに16世紀に《トマス・モア伝》《ウルジー枢機卿の生と死》などが出ているが,次の世紀のI.ウォールトン,またJ.オーブリーとなると,対象の選び方も語り口も,近代性の匂いがつよい。前者が取り上げたのは,J.ダン,G.ハーバートなどの詩人であり,はでな行動,世間的な名声とは縁遠い生涯の内面をこまやかで落ち着いた筆致でたどってみせ,後者の《名士小伝》(《小伝記集》)は,おそろしく筆まめな逸話集としてナマな人間の体臭をまざまざと伝えてくれる。つづく18世紀がイギリスの伝記のみごとな開花期で,S.ジョンソンが重厚,潑剌たる筆致で《詩人伝》を書き上げた。同時代の詩人五十数人の列伝と批評を試みたもので,伝記的批評としても逸品であった。この逞しくも魅力的な人物に師事し,彼の風貌,言行を残るくまなく描き切ったのが,ボズウェルの《ジョンソン伝》(1791)で,対象の言葉癖から体臭までをなまなましく浮かび上がらせた手腕においては,エッカーマンによる同種の企て《ゲーテとの対話》を上回るといっていい。ここに至って近代伝記ははっきりと成熟に達した。

 日本では,戦国時代に織田信長,豊臣秀吉などの個性強烈な人物の出現をみた直後,太田牛一の《信長公記》,小瀬甫庵の《太閤記》と,本格的な個人伝が初めて登物したのは,西欧のルネサンスと相通ずる解放感,また実力主義のあらわれだろう。これらはやがて講談化されて大衆に親しまれたが,江戸時代には,原念斎の《先哲叢談》,伴蒿蹊(ばんこうけい)の《近世畸人伝》なども出,伝記の対象の幅がぐっと広まった。ことに〈畸人〉への着眼には新鮮さがあるが,人間の厚みや複雑さの定着がいま一歩ものたりない。19世紀のイギリスでは,ロッカートの《スコット伝》,フォースターの《ディケンズ伝》,フルードの《カーライル伝》など,日記,手紙また身近な見聞を生かした傑作があいついで出て,伝記作家としてのカーライルも見落とせない。現代伝記の先頭を切ったのも,やはりイギリスのG.L.ストレーチーで,彼の鋭利な偶像破壊の切れ味と心理性は,伝記における一種の革命であり,A.モーロア,S.ツワイク,ルートウィヒE.Ludwigらを生み出す機縁をなした。その後も伝記作家は多士済々,とくにアメリカで幅広い調査力を生かした大著が目立つ。資料の博捜と心理分析が現代伝記にいちじるしい特質である。
自伝
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百科事典マイペディア 「伝記」の意味・わかりやすい解説

伝記【でんき】

人の生涯またはその言行を記録した書物。英語のbiographyはギリシア語のbios(生涯)とgraphein(書く)を語源とする。西欧では古代ギリシアで,プルタルコスの《英雄伝》やクセノフォンの《ソクラテスの思い出》が伝記として成立した。中世には帝王伝・偉人伝・聖者伝・高僧伝などが数多く作られた。これらはその人たちの徳をたたえ,教訓的意味をもつものであった。バザーリの《芸術家列伝》(1550年)はすぐれた伝記の成果だが,伝記が歴史との関連において,人の思想・行動を明確に位置づける文学の一ジャンルとなったのは17―18世紀で,S.ジョンソンの《イギリス詩人伝》(1779年―1781年)とボズウェルの《サミュエル・ジョンソン伝》がその最初であった。20世紀には英国のストレーチーが《ビクトリア朝の名士たち》《エリザベスとエセックス》によって伝記文学を完成し,オーストリアのS.ツワイクらに影響を与えた。中国では司馬遷の《史記》中の列伝が伝記としてすぐれ,日本では森鴎外の《渋江抽斎(しぶえちゅうさい)》が伝記文学の白眉とされる。→自伝回想録
→関連項目ノンフィクションモーロア

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普及版 字通 「伝記」の読み・字形・画数・意味

【伝記】でんき

書物や記録、一代記など。〔漢書、劉向伝〕傳記行事を(と)りて新序・そ五十はして、之れを奏す。

字通「伝」の項目を見る

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「伝記」の意味・わかりやすい解説

伝記
でんき
biography

個人の生涯を,事績を中心に記録したもの。文学的な伝記は,主題となる人物をいきいきと描き,事実の記述も正確でなければならず,作者の個性,歴史観も要求される。日本では伴蒿蹊の『近世畸人伝』 (1790) ,森鴎外の『渋江抽斎』 (1916) などがあるが,前者は逸話を主とし,後者は史料の正確さとともに文学的な味わいもある。イギリスでは J.ボズウェルの『ジョンソン伝』 (1791) が有名で,日誌風にサミュエル・ジョンソンの行動,発言を綴り,みごとな人間像を描き上げた。筆者の個性,立場をはっきり打出したものに,ストレーチーの『ビクトリア朝の名士たち』 (1918) ,『ビクトリア女王』 (21) があり,前時代につくられた偶像を新しく見直そうとして,筆者の主観が強く打出されている。

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