労働の質(読み)ろうどうのしつ(英語表記)quality of working life

改訂新版 世界大百科事典 「労働の質」の意味・わかりやすい解説

労働の質 (ろうどうのしつ)
quality of working life

〈労働生活の質〉とも訳され,QWLと略称される。労働者の稼得する賃金所得の多寡を究極的関心事とする伝統的労働問題観に対して,おもに仕事のやりがいや働きやすい作業組織のあり方など労働者の職場生活の質的側面を重視する労働問題観,あるいはそれに基づく施策をいう。ヨーロッパでは〈労働の人間化humanization of work〉という用語が主に使われる。

 20世紀の産業社会を特徴づける大量生産体制は,その効率性により〈豊かな社会〉実現の原動力となったが,他方では労働の単調化・無意味化,生産組織における権威主義と抑圧性を強める傾向をもち,いわゆる労働疎外を生み出すとの批判をも招いた。こうした批判は,大量生産体制の二つの支柱,すなわち,テーラー主義の管理思想(〈科学的管理法〉の項参照)やフォード・システム流れ作業)に対する思想的批判として古くからあったが,これを大衆化したのはC.チャップリンの名画モダン・タイムス》である。その後,産業心理学や産業社会学がこの問題についての分析を深めていく過程で,労働問題の視角からだけでなく,経営効率の観点からみても,職務細分化や仕事における思考(管理)と遂行(労働)の分離の行きすぎが生産性の向上をむしろ阻害しているとの批判を加え,これに代わる職務編成と生産組織のあり方を探りはじめた。実験的アプローチを通じて社会-技術システムsocio-technical systemsを開発したイギリスの産業心理学者トリストEric Trist,細分化された労働の問題点と対応策を研究したフランスの労働社会学者フリードマンGeorges P.Friedmann(1902-77),自動車工場の流れ作業の実態を調査したアメリカの社会学者ウォーカーCharles R.WalkerとゲストRobert H.Guestらは,初期の代表的研究者である。

 このような研究と実践を通じて開発された職務拡大(ジョブ・エンラージメント),職務交替(ジョブ・ローテーション),職務の充実(ジョブ・エンリッチメント),自律的作業集団autonomous work groupなどの方策脚光を浴びたのは,1960年代半ばから70年代初めにかけての時期である。豊かな社会の実現による価値観の変化,失業の減少と労働市場の売手市場化,労使関係における労働者組織の発言権の増大などを背景とする,単調労働への不満の広がり,無断欠勤(アブセンティイズム)の増大,労働移動の急増,山猫ストの発生などの病理現象への対応策として,スカンジナビア諸国をはじめ世界各国の工場・職場で実践に移された。その象徴となったのが,ボルボ社におけるベルトコンベヤ廃止の実験である。同じ時期に日本でも,若年労働者の定着対策が問題となり,〈生きがい〉を職場生活に求める道が探求された。このような風潮を背景として,QCサークルなどの小集団活動が活発に展開された。

 1970年代半ば以降,経済環境は大きく変わった。しかし,労働の質の改善運動への関心は,力点を変えながらむしろ強まっている。すなわち,それは職場における労働者参加を通じて,柔軟で効率的な作業組織を労働者,労働組合の合意のもとに実現していく運動の一環として位置づけられるようになってきた。これに対する労働組合の態度は国により,また産業や企業・事業所により異なるが,全般的には従来の消極的,警戒的な対応から積極的,介入的なそれへと変化しつつあるといえる。
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世界大百科事典(旧版)内の労働の質の言及

【コンベヤシステム】より

…【新宮 哲郎】。。…

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