過去の地磁気を古地磁気と呼び,その状態を研究する分野を古地磁気学と呼ぶ。特に1万年くらい前までの期間についての古地磁気学を考古地磁気学と呼んで区別することがある。
1635年ゲリブランドH.Gellibrandは過去55年間のロンドンにおける地磁気の観測をもとにして,地磁気の偏角は地域によってばかりでなく時間的にも変化しているという結論を導いた。この時間変化は現在では地磁気永年変化として知られている。地磁気の観測ばかりでなく理論的な立場からの地球磁場の考察も行われていた。1839年C.F.ガウスはそれまでに蓄積されたデータをもとに,彼の編み出した新しい解析方法,球面調和解析を用いて地球磁場は双極子磁場で近似でき,磁場の起源は地球内部にあることを示した。地球磁場の姿がしだいに明らかになりつつあるころ,1853年メローニM.Melloniはイタリアの溶岩に残留磁化があることを発見した。この仕事は多くの人によって発展させられ,95年フォルゲライターG.Folgerhaiterは溶岩や陶器は高温から冷却される時に地球磁場方向に磁化が獲得され,この磁化は2000年以上も保持されると考えた。残留磁化は地球磁場の〈化石〉であるとの考えがしだいに浸透していったのもこの時期である。1906年フランスのブリューンB.Brunhesは地球磁場と逆方向に帯磁している岩石を発見し,29年松山基範により第四紀には地磁気の逆転期があったことが明らかにされた。同じころケーニヒスベルガーJ.G.Königsberger,シュバリエR.Chevallierは岩石のもつ磁性を系統的に調べはじめた。こうして30年代に古地磁気学発展のための材料はすべて出そろったことになる。さらに古地磁気学を推し進めるためには理論的側面からの残留磁化の検討,信頼できるデータの蓄積,そして統計処理法が大きな問題であった。これに対する解答は40年代から50年代にかけて提供された。L.ネールは48年フェリ磁性の研究,49年,51年には熱残留磁化の研究を相次いで発表し,理論的な基礎を築き,52年イギリスのブラケットP.M.S.Blackettは非常に弱い磁化まで測定できる高感度無定位磁力計を作りあげた。さらに53年R.A.フィッシャーは測定値のばらつきの程度の統計的な解析方法を示した。これ以後古地磁気研究は活発に行われるようになり,地球上のあらゆる地域が調べられた。各地で現在の地球磁場と逆方向に帯磁した岩石が発見され,地磁気の逆転はほぼ確実なものとなった。60年代に入り,カリウム・アルゴン法による年代決定法が用いられるようになり,動植物化石に頼らずに年代が決定できるようになった。年代と地磁気反転を比較して64年コックスA.Coxは過去360万年間に地磁気は9回反転したことを示した。火山岩,堆積岩ばかりでなく湖底堆積物,海底堆積物コアの磁化が直接測定できるようになり,得られた結果は地磁気反転スケールと対応づけて考えられるようになった。こうして求められた地磁気反転は現在では8000万年前まで延長され,明確な反転は97回あまりあったことが示されている。
古地磁気学によって明らかになってきたことは,地磁気が過去何回となく反転している事実と,同時にその反転の仕方である。多くのデータから,一定の磁場が回転するように反転するのではなく,方向は一定で強度が減少し,逆方向の磁場がしだいに強くなって反転が完了すると考えられている。地球磁場を双極子磁場と仮定すれば試料の採集地点の緯度,経度,磁化方向から磁気的北極の位置を計算で求めることができる。この位置は古地磁気極と呼ばれ,年代による位置変化の様子は極移動と呼ばれている。世界各地で求めた極移動の軌跡は異なっている。極移動が地球磁場の一側面の現れであると考えると,地域差はないはずである。極移動曲線が一致するように地域の相対位置を移動させる大陸移動説が出されてきた。A.L.ウェゲナーは1912年に大陸移動説を唱えているが,この説が古地磁気学によって復活し,動かぬ事実となった。これ以外に第三紀の初期に西南日本と東北日本がフォッサマグナの所で約40度折れ曲がったこと,イギリスが三畳紀に30度回転したこと,紅海が以前は閉じていたことなど,プレートテクトニクスの証拠を数多く提供したのも古地磁気学であった。地磁気の偏角が数十年から数千年程度の長期間にわたって変化する現象を地磁気永年変化と呼ぶ。地磁気のパターンはゆっくりと西に移動することが観測されており,非双極子磁場の西方移動として知られている。これらの事実は世界各地の古地磁気研究によって明らかになってきたことである。西方移動は,核とマントルの電磁的結合として説明されている。59年にテリエ夫妻E.& O.Théllierによって,過去の地球磁場強度を実験的に求める方法が考案され,以後,日本,フランス,ソ連,アメリカでさかんに行われるようになった。今までに得られた古地磁気強度変化は前1万年から現在までの変化が多く,これ以前の時期に対してはあまり多く得られていない。得られた結果から地球の主磁場は数千年の周期で変動していることもわかってきた。現在の磁場強度はしだいに弱くなっている時期である。地球磁場の反転,あるいは強度変化の観測がなされると同時に,地磁気そのものの原因を究明しようとする試みもなされてきた。地球磁場は地球の核に流れている電流によって発生する,と説明するイギリスのプラードの提唱したダイナモ理論が一般に受け入れられているが,未解決の問題はまだ残されている。
→岩石磁気
執筆者:西谷 忠師
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
岩石中に自然残留磁気として残されている地質時代の地磁気記録。自然残留磁気には、焼土(しょうど)や火山岩が冷却時に獲得した熱残留磁気と、堆積(たいせき)岩が堆積時に獲得した堆積残留磁気とがある。これらを利用して地質時代の地球磁場の大きさや方向などを研究する学問を古地磁気学という。
古地磁気学の進歩によって、地磁気の極性が反転した時代(逆磁極期)があったことや、極が見かけ上大きく移動したことが明らかとなり、大陸移動説の復活や、海嶺における海洋底拡大説、これらを包括的に説明するプレートテクトニクス説の構築に大きな役割を果たした。また、残留磁気の伏角や偏角から、地塊の移動や回転が明らかになり、地球磁場の逆転の歴史などから、岩石の年代測定を行うことができる。
[伊藤谷生・村田明広]
(斎藤靖二 神奈川県立生命の星・地球博物館館長 / 2007年)
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