翻訳|causality
物理学においては因果律は次のような意味に用いられている。古典物理学では,原因があって結果が生ずるという因果関係が認められている。したがって現在の状態を完全に指定すればそれ以後の状態はすべて一義的に決まり,また逆に現在の状態が分かれば過去の状態も分かるという決定論が成り立つ。古典物理学の法則は,ニュートンの運動法則とマクスウェルの電磁気学が基本であるが,いずれも時間に関する微分方程式である。これらの方程式を解き,ある時刻での初期条件を与えれば,すべての時刻における状態は一義的に決定される。
このような因果関係が物理学を支配していると考えられたが,量子力学の出現によって変更を加えられることになった。原子,分子以下の微視的物体において物理量を測定しようとするとき,その物体の状態を乱さずに観測することができない。一般に観測することによって状態は別の状態にとび移り,観測結果として確定した値は得られない。すなわち初めの状態(原因)が与えられても測定値が一義的に決まらない。逆にある測定値が得られたとき,もとの状態が何であったかをいうことができない。初めの状態が与えられたとき予言できるのは,ある観測値が得られる確率だけである。このように観測結果が一義的に決まらないのは,初めの状態(原因)の指定が不十分なためではないかとも考えられた。状態を定めるのにまだ知られていない変数があり,それを定めれば観測結果は一義的に決まるのではないかと期待された。しかし隠れた変数は存在しないことが分かった。量子力学においては,初めの状態を完全に指定しても観測結果は確定した値をとらないのである。しかしこの不確定さは,観測という操作に伴うものである。物体系の状態はシュレーディンガーの波動関数によって記述され,波動関数は初めの状態によって一義的に決まる。波動関数はシュレーディンガーの波動方程式に従い,この意味で量子力学においても状態は因果律に従って変化するといえる。ただしある状態での観測操作が一義的結果を与えないのである。
相対性理論によればすべての信号が光速度より速くは伝わらない。したがって時空のある点で生じた原因により結果が生ずるのは,その時空点を頂点とする光円錐の未来圏の内に限られる。光円錐の外,すなわち空間的に離れた二つの点は因果的には結ばれておらず,独立である。因果律は波動の伝播にある制限を与えることになる。たとえば光が物質中を進行するとき,光速より速く伝わる波が生じてはならない。このため,物質による光の吸収率と屈折率との間に関係式が成り立つ。これはクラマース=クローニヒの分散公式として知られる。またπ中間子と核子の散乱振幅に対しても分散公式が成立し,実験結果とよく合っている。これは素粒子間の相互作用が因果的に行われることを確証したものである。
執筆者:宮沢 弘成
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ある時刻における事象(原因)から、それより未来の時刻における別の事象(結果)が必然的に生じる場合、そのことを因果律という。たとえば、A地点で、ある方向に決まった速度で弾丸を発射すれば、一定の時間ののちにB地点に弾丸が落下する。このように古典物理学では、考える過程の初めの状態を指定し、そこに働く力がわかっていれば、それよりあとの時刻の状態は一意的に決まる。したがって、ある時刻において宇宙を構成するすべての物体の位置と速度を定め、それらの間の力がわかっていれば、それ以後の宇宙のできごとはすべて決定されることになる。しかし、古典物理学が成り立たず、量子力学が支配するような微視的対象が問題になる場合には事情が異なる。対象の量子力学的状態は量子力学の法則により因果的に記述され、初期条件によって一意的に決まるにもかかわらず、観測にかかる事象については、一般には一意性は失われ、確率的な予言しかできない。これは、因果律が成立しないのではなく、古典論的因果律と量子論的因果律との違いを示すものである。
因果律はまた、ある時刻のできごとは、それより過去のできごとの影響しか受けないという原理が自然を支配していることを意味する。相対性理論によれば、真空中の光速度よりも速く伝わる作用は存在しえないから、離れた場所の間のできごとが互いに影響を受けるのは、一定の有限の時間よりあとに限られる。
1990年ころから、「絡まった状態」とよばれる量子力学特有の状態を利用する量子通信の研究が盛んに行われるようになった。この「絡まった状態」は因果律の破れに結び付いているという議論が、アインシュタイン、ポドルスキーBoris Podolsky(1896―1966)、ローゼンNathan Rosen(1909―1995)によるアインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンの思考実験以来行われていたが、これも古典論的および量子論的な因果律の違いに帰せられるものであって、因果律そのものを破っているわけではないことが、1980年ころから理論的にも実験的にも明らかにされている。
[町田 茂]
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…ところで,〈因果法則〉には種々さまざまあるが,それらの背後には一つの原理が横たわっている。それは,〈同一タイプの原因にはつねに同一タイプの結果が伴う〉ということであり,〈因果原理〉とか〈因果律〉とかといわれるものである。そしてこの〈因果原理〉の普遍妥当性を主張する世界観を〈因果的決定論〉という。…
※「因果律」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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