日本
数多い日本の風景地の中でも代表するに足りうる傑出した自然の風景地を保護するとともに,その利用の増進を図り,国民の保健・休養および教化に資することを目的として,環境庁長官によって指定される自然公園の一つである。国立公園の諸事業は原則として国が自ら行う。
このほか日本には自然公園として国定公園と都道府県立自然公園がある。国定公園は国立公園に準ずる優れた自然の風景地を,都道府県知事の申し出により環境庁長官が指定する。したがって国定公園の諸事業については,国が都道府県に委任し,原則として都道府県が行う。国定公園は国立公園に比肩する優れた自然景観を保護するものであるが,一方では自然景観が特に傑出していなくとも,大都市に近接し,野外休養地として高い価値をもつものも指定されている。なお,国立公園と国定公園区域の海面内に,海中の景観を維持するために,海中公園地区が指定されている。国立公園や国定公園の指定に当たって,環境庁長官は自然環境保全審議会の意見を聴くことが必要とされている。都道府県立自然公園は,都道府県民を野外休養にひきつける魅力のある地域を都道府県知事が指定する。以上の3公園が自然公園法(1957公布)に定める自然公園である。
日本の国立公園では,保護のための規制は次のように区分される(国定公園も同じ)。(1)特別保護地区 (3)の特別地域内でも特に優れた自然景観,原始状態を保持している所(動・植物,地形および史跡・遺跡等の文化景観も含む)で,落葉・落枝の採取までも規制されるので,原則として,産業開発や観光道路建設なども認められていない。(2)海中公園地区 海中の生物や地形などの海中景観が特に優れているところで,海域における特別保護地区といえる。1970年の自然公園法の改正以後指定された。(3)特別地域 風致の維持,育成を図り,また公園を利用する上で重要な地域で,建物の新設や広告物の設置,河川や湖沼の水位・水量の変更など自然の人為的改変は最小限に規制される。風致維持の必要度により第一種,第二種,第三種に分けられる。特別地域は公園面積の大部分を占めており,自然公園保護の根幹であるから,その風致維持が適切に行われるか否かはきわめて重要である。(4)普通地域 公園区域のうち(1)~(3)の地域に含まれない地域で,最小限の公用制限がある。別荘地の開発,スキーリフトやロープウェー建設も規定の範囲内で認められる。(1)~(4)の区域内における各種の行為には,国立公園については環境庁長官の,国定公園にあっては都道府県知事の許可や認可が必要である。
歴史
日本で公園制度が初めて設けられたのは意外に早い。1873年(明治6)太政官布告第16号によって,〈古来ノ勝区名人ノ旧跡等是迄群集遊覧〉の場であった国公有地を公園として政府が認可した。浅草公園,上野公園,偕楽園,兼六園,栗林公園などの都市公園的なものと,松島,養老,嵐山,箕面,天橋立,吉野,奈良,舞子,鞆,厳島などの自然公園的なものがあり,府県が管理した。明治中期になると,大衆的な探勝旅行はもちろん,日本アルプスの登山も盛んとなり,志賀重昂の《日本風景論》(1894),ウェストンの《日本アルプスの登山と探検》(1896,ロンドン),小島烏水の《日本山水論》(1905)などが相次いで発刊され,1911年帝国議会に〈日光ヲ帝国公園トナス請願〉が提出されるほどに運動の高まりをみた。大正期に入ると,史跡名勝天然記念物保護法(文化財保護法の前身)が19年に制定され,著名な景勝地が保護され始めた。アメリカではすでに1872年にイェローストーン国立公園を誕生させ,国立公園局も設置(1915)していた。この影響もあり,日本の内務省は20年に公園法の調査を開始,21年には衛生局保険課が,国立公園候補地として上高地をはじめ16ヵ所の調査を開始した。その後,29年に発足した民間の国立公園協会が雑誌《国立公園》を創刊し,国民の間の自然保護運動も盛り上がった。そして30年内務省に国立公園協会が正式に設置され,31年国立公園法が施行された。この法律にいう国立公園は〈我ガ国天与ノ大風景ヲ保護開発シ,一般ノ利用ニ供スルニ国民ノ保険休養上緊急ナル時務ニシテ且外客誘致ニ資スル所アリト認〉めて制定されたもので,今日に続く国立公園としての性格を明らかに示している。これを受けて,国立公園の選定に関する特別委員会は12ヵ所の国立公園候補地を選定し,34年には瀬戸内海,雲仙,霧島が日本最初の国立公園として指定された。さらに同年中に阿寒,大雪山,日光,中部山岳,阿蘇の5ヵ所も指定され,これに十和田,富士箱根,吉野熊野,大山(1936指定)を加えた12ヵ所が,第2次世界大戦以前の国立公園である。戦後の49年には国立公園に準ずる地域を国定公園とする制度が設けられ,これによって,57年までに国立公園19,国定公園14が指定された。一方,都道府県では国立公園法制定後に,条例によって多くの都道府県立自然公園が指定された。しかし,国定公園や都道府県立自然公園は法制的にはきわめて不備なものであったので,57年に国立公園法を廃止し,〈自然公園法〉が制定された。この結果,国立公園,国定公園,都道府県立自然公園が,一体的に整備されることになった。なお,日本の国立公園数は30(約210万ha),国定公園数は55(約134万ha)で(2007),都道府県立自然公園数は309(約196万ha)となっている(2012)。
世界の国立公園
世界的にみれば,18世紀後半から19世紀にかけての産業革命と近代都市の成長に伴う自然環境破壊の中から自然保護思想が高まり,また人々の自然への欲求が,国立公園として各国で制度化された。アメリカは世界で最も早く国立公園制度を設け,景勝地や史跡の保護に大きな努力を払ってきた。その背景にはわずか300年の間に際限のない自然破壊や動物の乱獲が進んだことがある。連邦政府が単なる地域指定のみでなく,その土地までも所有する国立公園を設置することになったのは,イェローストーンに関するドーンとウォッシュバーンの調査隊の報告書(1870)が発端となった。メンバーのひとりのコーネリアス・ヘッジスが〈この土地はすべての人々の所有とすべきである〉と提言し,イェローストーンは世界最初の国立公園となった(1872)。イェローストーン国立公園の誕生以降,世界各国で自然保護や国立公園設置の運動が高まり,国際的な連携も進んだ。カナダは1885年にバンフ国立公園を設置した。ドイツは国際連合によって定義されているきわめて広い面積を占める国立公園は有していないが,それに代わる自然保護公園は,1909年に指定が始まった。イギリスでは19世紀後半から民間団体によって,自然を保護し,またそれを一般に開放しようとする運動が盛んとなった。1907年に成立したナショナル・トラストはその典型であった。イギリスの国立公園は,49年の〈国立公園および田園利用法〉に基づいて設置された。また同法によって,特定の動・植物群を保護することを目的とした自然保護区が設定されている。自然景観に恵まれているスイスの国立公園は,イタリアとの国境沿いの標高1500~3173mの地域にただ1ヵ所あるだけであるが,アルパイン・サンクチュアリーとして原始状態のまま自然を残そうと,1914年に設定された。園内の地形や動・植物を徹底的に保護し,自然科学の研究にのみ利用する厳密な意味での自然保護区である。
現在,世界の国立公園体系には,国立公園のほか,アメリカの国家記念物National Monuments,イギリスの自然保護区National Nature Reserves,ドイツの自然公園Naturparkや自然保護公園Naturschutzpark,オーストラリアのPrimitive Areas,インドネシアやスリランカの厳正自然保護地域Strict Nature Reservesなども含まれるが,一般に国立公園といえば,国家が設置する自然公園を指すことが多い。世界の国立公園は大きく二つのタイプに分けられる。一つは公園区域の大部分が国有地として確保され,自然公園としての目的にだけ利用する,いわゆる造営物公園である。これは完全な公園管理や統制ができる理想的な公園で,アメリカのものはその好例であり,カナダ,メキシコ,ブラジル,オーストラリア,ニュージーランド,フィリピンにおいても同じ形態である。一方,開発が比較的早く進み,国土面積に対して人口の稠密な国々では,土地所有権にかかわらず,法的に公園区域を設定し,農林水産業,鉱業などの産業活動も制限を受けながら共存する,いわゆる地域制の体系を採用している。イギリス,ドイツ,オーストリア,イタリアなどがこのタイプで,日本もその一つである。
公園管理と問題点
国立公園としての自然保護はもちろん,その利用において最もよく整っているのは,アメリカの国立公園であろう。アメリカのほとんどの国立公園は,公園の出入口には必ず通過しなければならない関門があり,来訪者は入口で厳しくチェックされ,入園料が徴収される。各国立公園には公園の特徴がよく理解できるような展示室,視聴覚室,売店などのあるビジターセンターがある。また,区域の広い国立公園には自然解説をするナチュラリストを含むレンジャー常駐所があり,パトロール,景観解説が適切に行われる。公園の要所要所には園内の施設・道路,地形・地質,山岳の名称,植物名などを示す標示板が設けられており,自然研究路や博物館も多い。宿泊施設,キャビン(簡易宿泊施設),キャンプ場,駐車場,軽飲食施設などが必ず存在する。これらの諸施設と園内の交通施設(バスなど)は,監督の便宜から国立公園局の厳しい監督下に特定の1社の独占的経営による場合が多い。管理,施設,運営そして土地所有などの点で,アメリカの国立公園は世界の国立公園の考え方に大きな影響を及ぼしている。
日本の国立公園では,近年,自然景観の破壊が大きな問題となってきた。アメリカなどと異なり,管理者である国が土地を所有しないで,区域内で行われる一定の行為だけを規制するという地域制の公園であるため,公園内の自然保護は弱体である。国立公園内でも,樹木の皆伐,石灰石採掘,電源開発,観光開発,林道建設も行われ,原生自然はきわめて少ない。またレンジャー(管理員)も少なく,公共施設も十分でない。利用者の貴重な自然に対する自覚も足りず,公園内における諸施設経営者の営利追求の行き過ぎもみられる。今後,国立公園をはじめとする自然公園を自然誌博物館として,また国民が自然に親しむことのできるための諸施設を整備して国民の利用効果をあげるとともに,自然科学の研究の場としても整備されるべきである。そのためには,イギリスにおけるように,各国立公園の詳細な博物学的な案内書,解説書の発行も重要な施策である。
執筆者:白坂 蕃