タンパク質や核酸などの生体高分子の天然の二次構造や三次構造(立体構造)が種々の原因によって壊され、その物理的・化学的性質が失われることで、共有結合の切断が生じていない場合をいう。多くの場合その生物・生理活性も失われる。
[野村晃司]
加熱、激しい攪拌(かくはん)、凍結・融解、紫外線、X線、高圧、超音波、吸着、希釈などの物理的原因や酸、アルカリ、尿素、グアニジン塩酸、有機溶媒、界面活性剤、重金属溶液などの化学的原因で水素結合や疎水相互作用が絶たれることにより、二次構造(タンパク質二次構造の基本形であるα(アルファ)-ヘリックス=ポリペプチド鎖がとりうる安定な螺旋(らせん)構造の一つ、β(ベータ)-シートなど)、三次構造(立体構造)、さらに四次構造(サブユニットの集合=ヘモグロビンの例)などの構造が壊れることをいう。いくつかのサブユニットが会合しているタンパク質の場合は、変性により解離するため分子量が小さくなる。また、天然の高次構造が壊れるため分子内部の疎水性の部分が表面に露出することになり、溶解度が低下して沈殿しやすくなる。粘度、旋光度、紫外線吸収なども変化する。粘度に例をとると3本鎖螺旋構造で棒状のコラーゲン分子の溶液は非常に粘稠(ねんちゅう)であるが、これを加熱変性させると、ゼラチンとなってさらさらになる。天然の状態では分子内部に埋もれていたアミノ酸側鎖が、分子表面に露出して反応性が高くなることもあり、プロテアーゼによって分解されやすくなることが多い。ゆで卵のように不可逆的に変性してしまうこともあるが、徐々に冷やすなど変性条件を除くと、天然の立体構造に戻る場合もあり、これを再生(RefoldingまたはRenaturation)という。これは、タンパク質の立体構造がアミノ酸配列によって決定されることを示している。1972年ノーベル化学賞を受賞したアンフィンゼン、ムーア、スタインの3人はタンパク質の立体構造が一次構造から自動的に決定されるということを明らかにした。しかし、変性したタンパク質は自然にもとの立体構造に戻るわけではなく、タンパク質の折りたたみ(高次構造形成)を制御する分子シャペロン(molecular chaperon)の「介添え」が必要であることが明らかになった。シャペロンとは社交界で新人の介添えをつとめる女性のことである。分子シャペロンの一つに分子量約6万のシャペロニンchaperoninがある。
[野村晃司]
2本鎖DNAが加熱処理されると塩基間の水素結合が切れて、1本鎖二つに分かれてしまう。このときの温度を融解温度Tmといい、GC含有量(グアニンとシトシンの含有量の和)が多いほど高くなる。つまり、壊れにくい。この場合も、徐々に冷やすことによって2本鎖に再生することができる。これを利用して、2本の核酸鎖の塩基配列の同一性の程度を判断することができる。
[野村晃司]
『新井健一編『水産加工とタンパク質の変性制御』(1991・恒星社厚生閣)』▽『菊池栄一編著『動物タンパク質食品』(1994・朝倉書店)』
生体の機能の減退や異常に基づいて、細胞、組織のなかに、生理的には存在しない異常の物質、あるいは生理的に存在する物質でも、異常の部位に、ないしは異常の量に認められる状態を変性という。細胞や組織が、正常の機能や形態を障害されて生ずる病変群を、病理学的には、いわば受け身の病変ととらえ、退行性病変と一括している。このような病変は細胞や組織の代謝障害によって生ずるものであり、代謝障害ともよばれ、変性のほか、萎縮(いしゅく)および壊死(えし)と称せられる病変が含まれる。変性は、その物質の種類によって、タンパク質変性、脂肪変性、グリコーゲン(糖原)変性、カルシウム(石灰)変性、結晶体変性、色素変性に分類されている。さらにタンパク質変性は、タンパク質の性状、特徴によって、顆粒(かりゅう)変性、空胞変性、粘液変性、膠様(こうよう)変性、硝子(しょうし)質(ヒアリン)変性、類デンプン(アミロイド)変性、類線維素(フィブリノイド)変性、角質変性などに区別されている。変性において認められる物質は、他の部位から体液などによって運ばれ、その組織などに沈着する、あるいは、その部位の成分が化学反応などによって異なったものとして現れる、または、分解などによって、これまで認められなかったものが明らかにされるなど、さまざまな機序(メカニズム)によって出現するものと考えられている。各種の変性は、病変、病態、疾病などに関連するほか、特定の組織、臓器にそれぞれ好んで発生する傾向があるので、疾患本態の解明に有意義な変化とされる。
[渡辺 裕]
エタノール(エチルアルコール)など工業製品でありながら嗜好品(しこうひん)となるものに、別の物質を混ぜて飲用できないようにすること。
エタノールの場合には、飲用に供するものには「酒税法」により高額な税が課せられているが、溶剤や合成原料に使われる工業用エタノールは課税されない。非課税のエタノールが飲用に転用されないために、分離が困難な物質を少量添加することを変性といい、添加する物質を変性剤という。変性剤は悪臭、不快な味、毒性をもち、容易にアルコールから分離できないが、工業上の用途には支障がない物質を選ぶ。詳しくは「変性アルコール」の項を参照されたい。
[廣田 穰 2016年2月17日]
タンパク質やアルコールにおける変性はdenaturationと呼び,合成樹脂の成分の一部を重縮合に際して変性剤で置き換えて,その性質を変えることや,デンプンを熱,化学薬品,酵素で処理することはmodificationと呼んでいる。
変性アルコールdenaturated alcoholは飲料用のエチルアルコールに変性剤を加えて工業用としたもので,工業用アルコールは税制の面で優遇されており,変性剤の添加も〈アルコール売捌規則〉で規定されている。飲料用への転用を防ぐため,不快な味や悪臭を付与したり,着色剤を加えたりする。変性剤としてはメチルアルコール,ベンゼン,アセトアルデヒド,ピリジン,石油などが用いられる。アルコール以外にも,国によっては茶(石灰などの添加),タバコ(セッケン,銅など),食塩(酸化鉄,タールなど)に対して,工業用とするために変性を行う場合もある。
アルキド樹脂,フェノール樹脂,フタル酸樹脂などの合成樹脂は,塗料用として使用する場合,そのまま純粋の形で利用することは少なく,脂肪油,脂肪酸,天然樹脂,他の合成樹脂などを変性剤として変性を行うことが多い。またデンプンでは変性によって天然物を糊化デンプン(α-デンプン),可溶性デンプン,デキストリンなどとするが,これは変性デンプンmodified starchと呼ばれている。次にタンパク質の変性について述べる。
タンパク質は加熱すると多くの場合,不溶性になり溶液中で沈殿する。その溶液を再び室温にもどしても溶けない。これがタンパク質の変性である。卵白が加熱によって凝固するのは変性の典型である。タンパク質の変性は,アミノ酸残基間の非共有結合的な相互作用(水素結合,疎水結合など)が加熱によって切断され,その結果タンパク質の立体構造が破壊されて生じる。したがって,変性タンパク質のアミノ酸配列は変性前と変わらない。変性によってタンパク質の生物活性,たとえば酵素活性やホルモン活性は失われる。また,タンパク質分解酵素は変性タンパク質をより速く分解する。ポリペプチド鎖がほどけて酵素の接触がより容易になるためである。変性は酸,アルカリ,有機溶媒処理によっても起こり,尿素,グアニジン塩酸は効果的変性剤である。変性タンパク質溶液から変性剤を除くことにより,元の立体構造,活性が復活することがある。これを復元renaturationという。
執筆者:宝谷 紘一+日向 実保
医学的には,一般に外来の障害因子や代謝の異常によって細胞や組織が障害を受け,性質が変わったことをいうが,病理学では,ふつう,光学顕微鏡で観察したとき,そういった性質の変化に伴って質的あるいは量的に異常な物質の存在を示す像が細胞に出現するときにのみ用いられる。これは物理的障害を別にすれば,細胞にとって不利な化学反応によって起きた化学的レベルの損傷によって物質が蓄積されたために起こる。たとえば,自己融解性の酵素の作用で障害を受けた細胞内小器官を処理するための空胞ができたり(空胞変性),細菌毒素や種々の中毒物質で細胞内の代謝異常が起こって脂肪滴がたまったり,先天性酵素欠損のための代謝異常で物質の合成が途中までしか進まないため,あるいは逆に処理すべき物質が十分に分解されないまま細胞内に過剰にたまったりする。変性は,原則として可逆性変化であるが,ある一定の段階を越えると細胞を死に導く。変性は出現する物質によって分類されるが,物質の化学的性質の不明のときは単に形態的特徴から分類される。糖原変性(グリコーゲン蓄積症の肝臓,心臓),脂肪変性(リン中毒の脂肪肝,リピドーシスの肝臓,脾臓,神経組織),石灰変性の名は前者に従ったものであり,空胞変性,ガラス変性(実際はタンパク質顆粒)は後者に従ったものである。細胞質の中に顆粒状物質が現れて細胞や組織が濁って見えるものは混濁腫張と呼ばれるが,これもタンパク変性の一種である。またアミロイドーシスのときは,細胞外の間質にアミロイドがたまり,アミロイド変性と呼ばれる。色素が細胞や組織に沈着することも色素変性と呼ばれる。
執筆者:山口 和克
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…三量体のタンパク質も少数あるが,ポリペプチド鎖の数は2,4,6など偶数が普通である。 タンパク質に熱や圧力を加えたり,溶液のpHを変えるとか変性剤を加えるなどの操作をすると,一次構造は変化しないが二次以上の高次構造が変化してタンパク質が活性を失うことがある。これをタンパク質の変性という。…
…各エネルギー準位には一つまたは何個かの定常状態が対応する。複数の状態が対応するとき,準位が縮退degenerationしているという。定常状態を単にエネルギー準位という場合もある。…
…磁場による準位の分裂をゼーマン効果という。量子統計力学における縮退degenerationはまったく別の概念で,粒子の同一性のために,系の自由度の一部が凍結されたように見える現象をいう。フェルミ粒子についてはフェルミ縮退,ボース粒子についてはボース=アインシュタイン凝縮と呼ばれる。…
…正常な細胞が種々の障害を被ったとき,障害の程度に応じて,さまざまな反応を示す。形のうえで現れる変化のうち,可逆性のものを変性とよぶが,壊死は,不可逆性の変化に陥ったものである。壊死をおこす原因には,栄養動脈の閉塞による血行停止(たとえば,冠動脈閉塞によっておこる心筋梗塞),毒素(ヘビ毒,ガス壊疽(えそ)菌,ジフテリア菌などによる細胞融解),ウイルス感染による細胞崩壊,化学物質(青酸塩など),電離放射線(癌の放射線療法などでおこる),高温や低温(火傷,凍傷)などが挙げられる。…
※「変性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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