大万村(読み)だいまんむら

日本歴史地名大系 「大万村」の解説

大万村
だいまんむら

[現在地名]石井町浦庄うらしよう 大万

高原たかはら村の南に位置し、東は南島みなみじま村、西は国実くにざね村。大満とも記された。天正一七年(一五八九)の大満村検地帳(浦庄村史)によると畠一九一石余、名請人数一一。慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図に大万、寛永一五―一八年(一六三八―四一)頃の作製と推定される阿波国大絵図に大満村とみえる。慶長二年の分限帳によると吉川豊右衛門が一〇〇石、木全七兵衛が九一石余を知行。なお同帳の注記によると、吉川豊右衛門分一〇〇石は翌三年に林石見入道分となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android