江戸時代の地方(じかた)役人の一つ。農民身分としては最高の地位。領主は,領内を組,筋,手永(てなが),宰判(さいばん)などに大区分し,それごとに大庄屋を置くことが多かった。ただし幕領では,1713年(正徳3)諸国代官への通達(全13条)の11条において,大庄屋,割元,惣代などを廃止した。その理由は,彼らへの多額の給米が村の負担となること,彼らの専断により百姓が難儀する場合が多いこと,の2点にあった。
藩領では,幕末まで大庄屋制度を維持したところが多い。長州藩(外様大名)では領内を宰判(幕末には18宰判)という行政区域に分け,宰判ごとに代官と大庄屋を置いた。各宰判はおおむね20~30ヵ村を含み,大庄屋が各村庄屋を統轄した。各宰判の中心役所を勘場といい,大庄屋はそこに詰めて勘場の諸役人を指揮した。大庄屋の多くは永代苗字帯刀御免で,その民政上の実力は藩の下級役人よりも強かった。加賀藩(外様大名)では大庄屋にあたるものを十村(とむら)といい,改作奉行の下にあって10ヵ村前後を統轄した。会津藩(家門)ではこれを郷頭(ごうがしら)といい,代官の下にあっておよそ1万石程度の村々を支配した。大庄屋の権限は非常に強く,百姓一揆にあたっては攻撃目標にされる場合もあった。以上はいずれも大藩の事例だが,譜代中藩にも大庄屋が置かれていた場合が少なくない。出羽山形領では1645年(正保2)領主松平直基が,15万石の所領に大庄屋18人を置いたのがはじめとされており,以後の領主は若干の改廃を行ったが,大庄屋制度そのものは維持された。山形領の大庄屋の多くは戦国大名最上氏の遺臣で,同氏が改易された後土着したものだといわれている。日向延岡藩(内藤氏)でも組ごとに大庄屋が置かれていた。
大庄屋の大部分は苗字帯刀御免であり,広大な屋敷地と豪壮な住居や土蔵を持つ最上層農民であって,その民政上の影響力はきわめて強く,領主は,彼らの持つ伝統的な力に依拠して領内支配をすることが多かった。
執筆者:木村 礎
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江戸時代の最上位の村役人。通常は、村役人の支配する村を十数か村から数十か村統轄する者をいい、その支配の範囲は、村高にして7000~8000石から1万4000~1万5000石であったという。身分は農民であるが、旧来は武士の由緒をもつ者が多く、その地方では格式の高い家とみられた。また支配者により、苗字(みょうじ)帯刀などの格式を許され、士分として扱われた場合もある。また収入として組下の村から給米を徴収したり、領主から切米(きりまい)や扶持(ふち)を支給される場合もあった。その名称は地域によって異なり、惣(そう)庄屋、惣代名主、割元(わりもと)、用元、検断、大肝煎(おおきもいり)、十村(とむら)、手永(てなが)などと称された。その職務の内容も地域によって差異があるが、代官、郡代、郡奉行(こおりぶぎょう)らの地方(じかた)役人の指揮下で、組下の庄屋、名主を統轄し、法令の伝達、年貢、夫役(ぶやく)の割付け、村々の訴訟の調整にあたった。初期には、天領、大名領にともに置かれたが、天領では正徳(しょうとく)年間(1711~16)に、不正が多いと廃止された。
[上杉允彦]
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大肝煎(きもいり)・大名主(なぬし)・割元(わりもと)とも。近世の幕領や藩領で村をこえた広い領域におかれた地方(じかた)役人。熊本藩では惣庄屋,金沢藩では十村(とむら)という。管轄地域を組・郷・触・領・手永(てなが)・通(とおり)などとよぶ。幕府や藩から管下の村々への布達・伝達,村が提出する文書への奥書,普請場所の検分や村々の人別帳・明細帳の集中管理などが職務。円滑な地域行政遂行のためには有効だったが,世襲制による弊害も生じた。17世紀後半以降,藩によっては世襲制を廃止し,村役人のなかから能力に応じて抜擢するようになり,地方支配を代行する中間的官僚の性格が強くなった。幕領では,1713年(正徳3)不正を理由に廃止され,原則として復活されなかった。
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…各地の幕領により,人数(1,2~十数名),名称,機能,性格に若干の違いがある。郡中惣代は1713年(正徳3)幕領に対して出されたいわゆる〈大庄屋廃止令〉以後,大庄屋の代りに置かれたものとされたり,藩領の大庄屋,大肝煎などと同質視されたりするが,別系統のものである。大庄屋が武士的身分を有し,支配機関としての性格が強いのに対し,郡中惣代は身分上,経済上の特権がない場合が多く,郡中各村の庄屋(名主)との間の書簡往復,寄合(〈郡中寄合〉)開催などの恒常的な連絡ルートによって全庄屋(名主)の総意を代表しうるなど,郡中村役人の代表=〈惣代〉としての性格を強くもつことが重要である。…
…加賀藩の農政機関の名称で,他領の大庄屋に相当し,農政実務の上で重要な役割を果たした。通説では1604年(慶長9)郡奉行の下に設置。…
※「大庄屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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