失行(読み)シッコウ(英語表記)apraxia

翻訳|apraxia

デジタル大辞泉 「失行」の意味・読み・例文・類語

しっ‐こう〔‐カウ〕【失行】

過った行為。人の道にはずれたおこない。
「セーベ委員の退席は、之を―と云わざるべからざるなり」〈竜渓経国美談
意識や運動機能に障害はないのに、大脳に障害があるために、ある動作をしようとしても行えない状態。失行症

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「失行」の意味・読み・例文・類語

しっ‐こう ‥カウ【失行】

〘名〙 過失のある行ないをすること。不正の行ない。道徳や常識からはずれた行為。あやまち。失敗
日本外史(1827)一三「信長病義昭多失行」 〔北史‐寇儁伝〕

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

最新 心理学事典 「失行」の解説

しっこう
失行
apraxia

運動が可能であり,どのような行為を行なうべきかを正しく認識できているにもかかわらず,経験・学習により習得された目的のための行為ができない状態を指す。運動麻痺,不随意運動,失調,感覚障害,精神症状などでは説明できないことを前提とする。シュタインタールSteinthal,P.(1871)が物品使用の困難な症例をapraxiaと命名したのが初めであるが,リープマンLiepmann,H.が20世紀初頭に肢節運動性失行,観念運動性失行,観念性失行の三つに分類した。その後,この三つの用語の概念には変遷があり,現在でも研究者間で用法に多少の相違がある。前述の失行の定義からは外れるが,着衣失行構成失行の語も使われている。

肢節運動性失行limb-kinetic apraxia 運動拙劣症。麻痺はないか,麻痺があっても非常に軽いのに,ボタンを掛けるなどの熟練した行為が拙劣化している。中心前回・中心後回を含む病巣で対側に出現する。

観念運動性失行ideomotor apraxia 意味のある身振りが自然な状況では可能であるが,意図的に実現できない状態。リープマン(1920)は言語命令,模倣,物品使用のいずれによるものも含めたが,ゲシュビントGeschwind,N.(1965)は言語命令によるものに限定し,山鳥重(1984)は物品使用動作を除いている。一方,ディ・レンツィDeRenzi,E.ら(1980)は無意味動作の視覚的模倣障害も含めている。いずれの定義にせよ,バイバイなどの慣習的な身振りや道具を持たずに道具を使うジェスチャーをすることが障害され,違う運動が出たり(失錯行為parapraxis),了解不能な動きになったりする。左頭頂葉病巣との関連が強い。

観念性失行ideational apraxia 複雑な運動が必要な一連の行為の障害(Liepmann,1920),複数の客体を用いる系列動作の障害(Poeck,K.,1980),客体操作の障害(Morlaás,J.,1928)などの定義がある。いずれも「急須でお茶を注ぐ」ような道具を用いた意味のある行為ができなくなる。行為の模倣は可能なことが多く,個々の要素的な運動はほぼ正確に行なえる。道具使用には道具に関する意味記憶の想起,客体の視空間認知と運動の統合,運動の系列化など多くの過程が含まれ,その障害も多様である。

口舌顔面失行buccal-lingual-facial apraxia 口部・舌・顔面の習慣的運動が意図的にできない状態。自然な状況では口笛や咳などが可能であるにもかかわらず,言語命令や模倣による遂行ができない。失構音(発語失行)の合併は多いが,相互に独立した症候である。中心前回下部病巣が関連する。

着衣失行dressing apraxia 自然な状況でも意図的に衣類を着ることができない状態。衣類の上下左右がわからず,また衣類のどの部分にどの身体部位を通したらいいかわからず困惑する。着衣のためには,衣類という変形する客体と自己身体の空間関係を把握し,それを系列的な行為に結びつける必要がある。したがって,着衣失行は自己身体を含む複雑な視空間認知の障害との関連が強く,右頭頂葉病巣に関連する。

構成失行constructional apraxia まとまりのある形態を形成することができない状態。棒や積み木などによる2次元・3次元形態の模倣,図形の模写や自発描画,手指で作る形の模倣などが障害される。視空間認知障害と密接に関連し頭頂葉病巣で生じるが,左右の病巣間で症状に質的な差異が報告されている。 →失認
〔鈴木 匡子〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「失行」の意味・わかりやすい解説

失行 (しっこう)
apraxia

運動麻痺,失調,不随意運動などの運動障害,知能障害,および意識障害などはなく,なすべき行為を十分に理解し,運動に際し使用する物品もよく認知しているにもかかわらず,なすべき行為を遂行しえない症状を失行または失行症という。この症状は大脳の部分的破壊によって生ずる。代表的なものに観念運動失行,観念失行,構成失行,着衣失行などがある。

(1)観念運動失行 比較的単純な単一的動作(敬礼のまねなど)を行わせると,要求されている動作とは異なる動作を行ったり,その動作を忘れたりする症状である。両手に症状があるものは,左半球頭頂葉を中心とする部分の破壊で生ずる。左手のみに症状があらわれるのは脳梁前2/3の損傷による。(2)観念失行 数個の物品を用いる複雑な系列行為(たとえば,タバコを1本,箱から取り出して口にくわえ,マッチ箱からマッチ棒を取り出してマッチをすり,タバコに火をつけて吸うという一連の動作)を行わせると,系列の順序が逆になったり,省略したりする症状である。たとえば,マッチ箱にマッチ棒をこすりつけるかわりにタバコをこすりつけたりする症状を呈する。観念失行は左頭頂-側頭葉の破壊で生ずる。(3)構成失行 いろいろな図形,たとえば菱形や家の絵などを描かせたり模写させると,障害がみられ,各部分の位置関係が狂ったり,図形の方向を誤ったりする。これは右半球の頭頂-後頭葉の損傷,あるいは左半球の頭頂-後頭葉の損傷で生ずるとされている。しかし,一方の半球のみの損傷では症状がはっきりせず,左右両半球の頭頂-後頭葉損傷ではっきりした構成失行が認められる。(4)着衣失行 左右の袖を取り違えたり,裏返しに着たりするなどの症状を示すもので,右半球の頭頂-後頭葉の破壊で生ずる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

内科学 第10版 「失行」の解説

失行(大脳皮質障害の特徴)

(2)失行(apraxia)
 認知症や運動麻痺がないにもかかわらず,言語で命ぜられた動作ができない状態である.
1)観念運動失行:
箸やハサミなどの実際の物品は正しく使えるが,物品なしでその動作を模倣することができない状態である.主として優位(左)半球の縁上回近辺の病変でみられる.
2)観念失行:
実際の物品を与えても使えない状態であり,いくつかの物品を続けて使用する動作(たとえば,便せんを折って封筒に入れ,糊付けするなど)が侵されやすい.優位(左)半球の角回近辺の病変で生じる.
3)肢節運動失行:
主として,指先の細かい動作の障害である.中心溝を挟んだ領域の病変で生じるとされる.[中野今治]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「失行」の意味・わかりやすい解説

失行
しっこう
apraxia

運動系の麻痺や失調,不随意運動などがなく,また感覚神経の異常や精神障害がないにもかかわらず,目的に添う運動や動作を行うことのできない状態をいう。失語 (→失語症 ) や失認と同様,大脳の器質的障害によって生じる。訓練や学習で獲得した運動が困難になる運動失行,運動の企図が保てないために,個々の運動はできても全体の動作が組立てられない企図性失行,マッチ棒や積木などによる図形の構成などができなくなる構成失行などがある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「失行」の意味・わかりやすい解説

失行【しっこう】

失行症とも。運動障害の一種。運動麻痺(まひ)・失調,筋強剛,運動過多症,知覚脱失などはなく,行うべき運動,動作を理解しているが,大脳の損傷により行為が完成できない。大脳の局在的病変や,脳動脈硬化症,進行麻痺,中毒などの際にみられる。症状は,動作の順序が前後などして一つのまとまった行為を完成できない観念性失行や,着衣失行,手指失行,失書などがある。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

普及版 字通 「失行」の読み・字形・画数・意味

【失行】しつこう

過失。

字通「失」の項目を見る

出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報

世界大百科事典(旧版)内の失行の言及

【脳梗塞】より

…多発性に小さな梗塞が散在し痴呆を呈する場合がある。そのほか障害される部位によっては,失語や失行(四肢,顔,舌などに運動機能の障害がなく,なすべき動作はわかっているのに目的にかなった動作ができないもの),失認(知覚,感覚の障害はないが対象を認知できないもの)などの症状を呈する。失語は患者の優位大脳半球(右利きの人の場合は左側)の障害によって生じ,感覚性失語(言語理解が主として障害されるもの),運動性失語(言語理解は保たれているが自分の言語を表出する機能が主として障害されるもの)などに分けられる。…

※「失行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」