翻訳|pregnancy
胚が母体と組織によって物理的な連絡をもち,さらにはそこを通じて物質交換を行い,胎発生を進行させるようになっている状態のことをいう。胎生の魚類などでも,胎盤あるいは類似の組織で胚が母体とつながっている場合には妊娠と呼ばれる。哺乳類では,妊娠は,受精卵が発生しはじめ,胚盤胞の状態で子宮壁に着床したときから始まり,出産のときに終わる。胚と母体とを連絡している組織を胎盤といい,母体側に由来するものを母性胎盤,胚由来のものを胎児性胎盤という。哺乳類の場合,子宮壁から黄体ホルモンの作用によって,母性胎盤が生じる。また胎盤は生殖腺(性腺)刺激ホルモンや黄体ホルモンをも分泌している。そこで妊娠はこれらのホルモンがないと維持できず,ネズミやウサギでは黄体を除去すると,しばしば胎児の吸収や流産をひき起こす。妊娠の期間は動物の体の大きさによって異なるようであり,ゾウでは20ヵ月くらい,ウシで約9ヵ月,イヌやネコで約2ヵ月,ネズミになると約3週間である。
執筆者:石居 進
ヒトの妊娠も受精卵の着床によって始まり,胎芽embryoから胎児fetusとなって胎外生活が可能となるまで発育する現象をいい,出産によって終わる生理的現象をさす。妊娠している婦人を妊婦といい,はじめて妊娠した人を初妊婦,2度目以後の妊娠をしている人を経妊婦,妊娠第24週以上での分娩をはじめて経験する人を初産婦,2度目以後の分娩を経験する人を経産婦という。
妊娠持続日数を正確に知ることは困難であることが多いので,臨床上は最終月経の第1日から分娩に至る日数を妊娠持続日数と規定している。この日数は統計によると280±17日(平均280日,40週)である。従来,日本では妊娠期間の呼び方として,28日を妊娠暦の1ヵ月とし,月数で表現することが多かった。しかしWHO(世界保健機関)では満の妊娠週数で表現することと定めたため,混乱を避けるために,日本産科婦人科学会では第何ヵ月,第何週と表現することにしている。このほか妊娠期間の分け方には二分法,三分法および三半期trimesterがある。欧米ではこれらのうち三半期がよく用いられる(図1)。なお,妊娠持続日数には,最終月経第1日から受精,着床までの期間,すなわち厳密にいえば妊娠していない期間も含まれているため,真の在胎期間は230~296日(平均263日)となる。
妊娠は,(1)卵の産生と排卵,(2)精子の産生と射精,(3)受精,(4)受精卵の着床,の四つの段階を経て成立する。受精卵が子宮内膜に着床する現象を受胎conceptionという(以上の諸過程のうち,(1)(2)については〈卵〉〈排卵〉〈精子〉〈射精〉の項を参照されたい)。
(1)受精 通常,性交によって腟内に射出された精子は,腟円蓋部に貯留して精液池をつくり,精液中の精子は自身の運動によって子宮頸管内に進入する。精子は1分間2~3mmの速度で前進するが,実際には腟,子宮,卵管などの運動がその進入を助け,性交後,頸管,子宮腔,卵管を経て数時間ないし十数時間で卵管膨大部に達する。精子はこの間に受精能を獲得する。
一方,排卵によって卵巣から排出された卵は,卵管腹腔口から卵管膨大部に取り込まれ,ここで精子との間で受精が起こる。受精した卵は受精卵または妊卵という。
卵の受精能保有期間は排卵後24時間であり,精子のそれは30時間から3日以内と推定されている。したがって,たとえ性交時に排卵がなくても,72時間以内に排卵が起これば受精は可能といえる。ヒトの黄体の寿命は一定で,14日前後であるという荻野説によれば,排卵の時期は次回月経前12~16日であるから,受精の起こる期間はおよそ予定月経前14日前後とされる。最も受精しにくいのは月経前の1週間であり,次いで月経後の2~3日であるといわれている。
なお,人工授精の場合は,精子は直接子宮腔へ注入されるし,体外受精-胚移植では,胚が子宮腔内へ注入される。
→基礎体温 →受精
(2)受精卵の輸送 受精卵は受精直後から分裂,成長を始める。この分裂を分割あるいは卵割という。1個の受精卵は初め2個,次いで4個と数を増し,桑の実に類似した径約0.2mmの桑実胚となる。この分裂,成長の間に受精卵は,卵管粘膜の繊毛上皮細胞の繊毛運動と卵管壁の蠕動(ぜんどう)運動によって,卵管膨大部から子宮腔へと輸送される。また卵管内における初期妊卵の発育には卵管分泌物が重要な役割を演じていることがわかってきている。卵管での輸送や卵管の分泌はエストロゲンやプロゲステロンによって影響される。こうして,受精卵はほぼ3~4日で,64~128細胞からなる初期胚胞または32~64細胞からなる後期桑実胚期に子宮腔に達する。
(3)着床implantation 後期桑実胚期の細胞群は内外2層に分かれる。外側は栄養胚葉trophoblast(栄養膜ともいう)といい,受精卵の被膜をなすとともに,その栄養をつかさどる。内側の細胞群は胎芽胚葉embryoblast(胎芽胚,胎芽極あるいは胚結節ともいう)といい,のちに胎児を形成する(図2)。次いで両細胞層の間に液を満たした胞胚腔が生じ,胎芽胚葉は一方の極に圧排される。このようになった受精卵を胞胚blastulaという。この時期には栄養胚葉はさらに栄養膜細胞cytotrophoblast(ラングハンス細胞ともいう)と合胞体栄養膜細胞syncytiotrophoblast(ジンチチウム細胞ともいう)の内外2層に増殖,分化する。このうち後者は侵食性が強く,タンパク質分解酵素を分泌して,卵の周囲にある透明帯を破り,子宮内膜をも消化,破壊しながら,著しく肥厚して柔軟となり,血管に富んだ分泌期の子宮内膜緻密層に侵入する。そして子宮内膜のらせん動脈枝や静脈洞が破壊される結果,受精卵は漏れ出した血液を主体とする子宮粘膜分解物の中に埋もれることになる。このようにして,受精卵が子宮内膜内に沈下し,位置を占める現象を着床という(図3)。
受精から着床までの期間は6日前後といわれている。着床部位は正常の場合は子宮腔内の壁であるが,子宮外のこともあり,この場合は子宮外妊娠となる。
受精卵が着床すると,子宮内膜はさらに肥大増殖して脱落膜deciduaとなる。卵の着床した基底部の脱落膜を基底脱落膜または床脱落膜といい,受精卵の進入口すなわち卵の表面に形成される内膜を被包脱落膜,卵に直接関係のない残りの脱落膜を壁側脱落膜という。
(4)胎盤と卵膜の形成 着床直後から受精卵の栄養胚葉は急速に増殖し,あたかも草木の毛根のように,その表面に合胞体栄養膜細胞と栄養膜細胞からなる絨毛(じゆうもう)突起を形成する。絨毛突起は周囲の脱落膜を融解しつつ侵入,増殖し,脱落膜内を走る母体の血管を破壊し,母体の血液は侵食された基底脱落膜の欠損部に貯留して血液腔を形成する。これを絨毛間腔という。
一方,胎生15~16日になると,絨毛内に中胚葉組織が侵入して原始絨毛となり,合胞体栄養膜細胞,栄養膜細胞とともに絨毛膜chorionを形成する。ついで結合組織や血管が形成され,一次絨毛,次いで真絨毛となる。基底脱落膜に侵入した絨毛はやがて円盤状に発達し,胎盤の胎児側を形成することとなる。この部分の絨毛膜を絨毛膜有毛部(繁絨毛膜)という。一方,被包脱落膜へ向かう部分の絨毛はしだいに萎縮退行して,表面が平滑となり,絨毛無毛部(滑絨毛部)となる。
絨毛膜の内面には,成長していく胎児をとりまくように羊膜が発生する。羊膜は薄い透明な血管のない膜で,胎児付着茎のところで絨毛膜に接し,内部の空間である羊膜腔には羊水が充満する。脱落膜,絨毛膜,羊膜をあわせて卵膜fetal membraneという(図4,図5)。
胎盤の形成は受精後5週に始まり,13週ころ完成する。絨毛内を循環する胎児血液と絨毛間腔の母体血液とは直接の交通はなく,胎児血管の内皮,絨毛間質および絨毛上皮の三つの細胞層を隔てて物質の交換が行われる。胎盤は胎児の育成器官として,胎児に酸素と栄養を供給し,また胎児を保護するバリアーともなるが,同時に妊娠持続に必要なさまざまなホルモンをも分泌する。いわば,成人の肺,腎臓,肝臓,消化器,内分泌器官の役割を一手に受け持つわけで,このレパートリーの広さは生体組織としては他に例をみない。
→胎盤
胎児の急速な発育に伴い,栄養や酸素を供給する母体には,機能的にも形態的にも著しい変化が起こる。これらの変化は,子宮などの性器だけでなく,ほとんどすべての臓器にあらわれる。変化は一般に妊娠初期には弱く,妊娠の進むにしたがって強くなるが,部位によっては,むしろ初期にのみ著しいこともある。以下,母体に起こる変化について概説する。
(1)子宮の変化 妊娠に伴う変化のうち最も著しいのが,子宮の変化である。大きさは増し,硬さは潤軟化し,さらに形や位置も変化する。
非妊時子宮は子宮腔長7cm前後,重さ40~65gで,小骨盤腔内にあるが,妊娠末期には子宮腔長36cm前後,重さ約1000gとなり,非妊時に比べて,わずか40週の間に長さで約5倍,重さで約20倍になる。子宮腔も2000~2500倍に増加し,腹腔の大部分を占めるようになる。この変化は妊娠初期はホルモンの作用によってもたらされ,妊娠第13週ころからは,胎児および胎児付属物の発育による。妊娠子宮の大きさは,妊娠第2ヵ月末になるとガチョウの卵大,第4ヵ月末には小児頭大となり,第6ヵ月末にはへその高さに達する(表1,図6)。
子宮の形状は,非妊時には西洋ナシ形であるが,妊娠第2~3ヵ月では,着床した部にほぼ一致して強く膨隆,軟化するため,子宮内の形は左右不同となり,内診するとその膨隆部がよくわかる。これをピスカツェック徴候という。妊娠第4ヵ月になると,他の部の膨隆,軟化も進むためにこの部分的変形は消失し,子宮体は平等に球形となり,妊娠後半期になるにしたがって長軸がとくに増加して卵形をとるようになる。しかし胎児の位置,羊水の多少などに影響を受けて再び非対称形となる。また子宮体の硬さは妊娠とともに軟化し,つきたての餅に触れるような軟らかさとなる。これは妊娠第3~4ヵ月ころが最も著しい。しかし子宮頸部の軟化は妊娠後半期になってから起こる。
子宮の位置は,妊娠初期には,前傾前屈で骨盤内にあるが,妊娠第4ヵ月以後は,小骨盤腔を出て,腹腔内に上昇し,子宮底は前腹壁に接触する。また,増大した子宮は,突出する脊椎,左にある直腸,S状結腸などのために,子宮は少し右方に傾くと同時に,少し捻転して子宮体左縁が前方に向かう。
(2)腟の変化 腟は妊娠が進むにしたがい,著しく拡大延長し,腟壁はきわめて潤軟となり,紫色を帯びるようになる。乳白色の白帯下は増加する。腟の酸度は著しく上昇してpH3.5~5.0となり,腟自浄作用が強化され,腟の病原菌や雑菌の発育は不可能となる。しかし,このpHの変化は酵母菌の発育に好条件となり,カンジダ性腟炎になりやすい。
(3)外陰部の変化 外陰部も潤軟となり,色素の沈着が増加し,妊娠末期には静脈の怒張をきたしたり,骨盤内の神経が圧迫されるために神経痛や知覚異常を起こすことがある。一方,臍窩(さいか)は増大した妊娠子宮の圧迫によって妊娠第7ヵ月ころからしだいに浅くなり,ついには消失してしまう。
(4)乳房の変化 乳房は妊娠によってその大きさ,形状,硬さ,感受性を変じ,着色し,分泌機能を開始する。乳房の増大は妊娠第2ヵ月ころから始まり,末期には平時の3~4倍の重さになる。形は初妊娠では妊娠前の形状を保ちながら緊張し,経産婦では柔軟で弛緩し,乳房先端が外下方に垂れ下がる。乳輪は著しく拡大し暗褐色に着色する。その程度は経産婦が強い。モントゴメリー腺も肥大隆起する。乳頭も増大,着色し,過敏となり,刺激により勃起しやすくなる。最も特異な変化は分泌機能の開始で,妊娠第4ヵ月ころから始まる。乳房を周縁から乳頭に向かって圧迫すると,初期には水様の透明な,後には灰白色で混濁した粘稠な黄色の小塊を混じた初乳といわれる分泌液が圧出される。
(5)全身性変化 (a)皮膚の変化 妊娠による皮膚の変化としては,色素沈着,妊娠線,皮下脂肪の増加,浮腫や静脈の怒張がみられる。
暗褐色から黒褐色の色素の沈着が乳頭,乳輪,外陰部,腹壁正中線,臍窩などに起こる。多くは妊娠中期において明らかとなり,しだいに強くなる。この色素沈着は分娩終了後しだいに消失するのが常であるが,数年にわたって残ることもある。顔面の色素沈着は多くは左右対称的に起こり,額,ほお,鼻柱,上くちびるなどに好発する。これは妊娠雀斑(じやくはん),または妊娠仮面とも呼ばれる。
妊娠線はふつう妊娠第8ヵ月以後,下腹部,乳房,大腿,しりの皮膚に発生する長さ5~6cm,幅5~6mmの長紡錘形の線であって,その表面は滑らかで光沢があり,周囲の皮膚よりも少し低い。色は最初青みを帯びた赤色であるが,妊娠末期になると東洋人では赤褐色となる。分娩が終わると妊娠線は色があせて,ついには光沢のある白色のしわとなり,傷がなおった後の瘢痕(はんこん)状になる。これを旧妊娠線という。妊娠線は妊娠末期には妊婦の約90%にみられるが,これは皮膚の急速な過剰伸展のため,皮下結合組織の断裂によって起こるものとされている。
(b)循環系の変化 正常な妊娠経過でも,妊娠末期には,下肢,下腹部に浮腫が起こることがある。また,下腹部,下肢,乳房に静脈怒張がみられる。妊娠による循環系の変化は大きく,妊婦では母体内の循環だけでなく,胎児-胎盤循環が加わるうえに体重が増加し,心臓肥大が起こる。また,血液の分時拍出量も,妊娠第4ヵ月ころから増加しはじめ,第8~9ヵ月には約50%増加する。以後,漸減するが,妊娠末期でも非妊娠時より大きい。心疾患合併妊娠の場合の心不全は第8~9ヵ月に最も多い。
子宮の血流量は妊娠とともに増加し,妊娠末期では600~700ml/分にもなり,血液の分布も非妊時と大いに異なる。静脈系では,とくに下半身の鬱血,静脈拡張が起こりやすい。また全身血液量も著しく増加し,第8~9ヵ月ころ最高になる。白血球数,血小板数,全赤血球数も増加する。血圧は,大きな変化はみられず,健康な妊婦では最大血圧110~120mmHg,最小血圧65~80mmHgである。40歳以下の妊婦で最大血圧140mmHg,最小血圧90mmHg以上の場合は妊娠中毒症などが考えられ,医師の診察が必要となる。
(c)消化器の変化 妊娠第6週ころから妊娠嘔吐いわゆる〈つわり〉がみられる。つわりは一般に約1ヵ月半続き,第3~4ヵ月ころに消失するが,約60%の妊婦にみられる。なお妊娠初期には食物の好みが変わり,とくに酸味を好むことが多く,また異味症といって,極端な場合には,セッケン,土,木炭,線香などを食べることがある。妊娠初期には唾液の分泌が高まる。また妊娠時には,歯齦(しぎん)炎や便秘になりやすい。
→つわり
(d)泌尿器系の変化 妊娠初期では妊娠子宮による膀胱の圧迫のために,また末期では児頭の圧迫による膀胱容量の低下のため,頻尿が起こりやすく,また膀胱炎や腎盂(じんう)炎になりやすい。尿に糖や軽度のタンパク質が出ることがある。これらは妊娠性糖尿,妊娠性タンパク尿といわれ,病的なものではないが,真の糖尿病や腎炎,妊娠中毒症と鑑別診断する必要がある。
(e)精神的変化 多くは初期に起こる。一般に過敏となり,感情が激しやすい。快活になる場合と,かえって憂うつになる場合とがある。また難聴,嗅覚(きゆうかく)や味覚の異常などがみられることもある。頭痛,腰痛,座骨神経痛などのほかに,上肢,下肢の知覚異常の訴えも多い。
(f)その他の変化 妊娠による体重増加は妊娠を通じて10kg以内であり,妊娠後半では500g/週以内である。これ以上の場合には,妊娠中毒症の発症に注意する。体温は初期には高温相にあるが,妊娠5ヵ月からしだいに下降する。
妊娠時には,胎盤という巨大な内分泌臓器が新生するとともに,母体の内分泌機構にもさまざまな変化が生じる。妊娠時の内分泌系は,母体,胎盤,胎児の内分泌機能が,それぞれに機能分担をしながら,妊娠の維持と胎児発育を助けるとともに分娩に備える。
(1)妊娠黄体 妊娠が成立すると,卵巣の黄体は妊娠黄体となり,増大して直径約2.5cmに達し,卵巣の約1/3を占めるようになる。主としてプロゲステロンを産生し,妊娠を維持する。その機能は妊娠4ヵ月初めにピークとなる。
(2)胎盤の内分泌 妊娠中,胎盤は卵巣や脳下垂体前葉の機能を肩代りする形で,独立した内分泌器官として活動し,一群のステロイドホルモンやタンパク質ホルモンを分泌して妊娠の維持を図る。ステロイドホルモンとしてはプロゲステロンとエストロゲンが,タンパク質としてはヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCGと略記)とヒト胎盤ラクトーゲン(hPLと略記)が主要なものである。
プロゲステロンは,妊娠第7週以後は主として胎盤の合胞体栄養膜細胞から産生される。血中のプロゲステロン値は排卵後から妊娠週数とともに増加する。このプロゲステロンは,子宮内膜の脱落膜化,子宮筋収縮の抑制,乳腺の発育などの作用をもつ。
胎盤は卵巣と異なり,単独ではエストロゲンを生成することはできない。エストロゲンのうち,エストロンとエストラジオールは,母体と胎児の双方から供給されるデヒドロエピアンドロステロンサルフェートから,エストリオールは胎児副腎由来の16α-ヒドロキシエピアンドロステロンサルフェートから胎盤でつくられる。このように,エストロゲン生成,分泌には胎児-胎盤ユニットや母体-胎児-胎盤ユニットという総合システムの活動が必要である。エストロゲンの分泌量も妊娠末期に近づくにつれて増加し,子宮の増大,乳腺の発育をはじめ,各代謝系に作用し,母体を妊娠,分娩に適応させていく。
胎盤からのエストロゲンは,ほとんどがエストリオールであることが特徴である。母体の尿中,血中のエストリオールの測定は,胎児胎盤機能検査として産科の日常臨床上,重要である。
一方,hCGは,胎盤ジンチチウム細胞から分泌される。妊卵の着床後,hCGの産生が始まり,その分泌量は妊娠第6~8週ころまで幾何級数的に増加する。産婦人科の臨床で用いられる妊娠診断法は,尿中のhCGを検出しているのである。この時期以降はhCGは漸減し,児娩出後約2週で母体からは検出されなくなる。hCGの主要な作用は,妊娠黄体のステロイドホルモン合成の促進と,男性胎児の睾丸のテストステロン分泌を刺激し,性分化を促すことである。
hPLも,hCGと同様,ジンチチウム細胞から産生されると考えられている。hPLはヒトでは母体の糖・脂質代謝に働き,胎児へ十分なブドウ糖や脂肪酸を供給して,胎児の成長,発育を促進する。血中hPLは妊娠第6~8週から検出可能となり,妊娠週数とともに増量し,妊娠末期にピークに達するが,分娩後は速やかに消失する。母体血中hPL値は胎盤の発育,機能をよく反映するので,エストリオール値とあわせて,胎児胎盤機能の指標とされている。
(3)妊娠母体の内分泌 妊娠により新生された胎児-胎盤系の内分泌器官から産生されるホルモンの影響により,母体にもホルモン産生・分泌能の変化,血中ホルモン総合タンパク質の変化,標的臓器のホルモン感受性の変化などがみられる。しかし,この母体内分泌系の変化の意義については,いまだ不明の点も多い。
妊娠中,脳下垂体からのゴナドトロピンの分泌は低下する。一方,乳汁分泌に直接作用するプロラクチンは妊娠中増加する。甲状腺は妊娠により肥大することが多い。
副腎皮質ホルモンであるコルチゾールについては,妊娠母体の血中の総コルチゾール値は非妊時の2.5倍に達する。血中の遊離型コルチゾールも妊娠初期から上昇しており,またACTH(副腎皮質刺激ホルモン)に対する反応性も妊娠中は亢進していることから,妊娠,分娩中のストレスから母体を保護する機序が働いていると思われる。
妊娠中はインシュリン分泌量も増加するが,同時にhPL,性ホルモン等の抗インシュリン因子も増加して,母体に高血糖状態を維持させ,胎児に十分なブドウ糖を供給するように働いている。
受精卵は前述のように,分裂,発育して胎芽となり,さらに胎児へと成長する。胎芽embryoとは,まだ人の外観を呈さない児をさし,産科学では妊娠第8週未満の児を,胎生学では受精後満6週未満の児をいう。胎児fetusは人の外観を呈するようになった児をさし,産科学では妊娠第8週以後の児をいう。胎生期の発育は人間一生を通じていかなる時期よりも速やかである。
胎児の発育の詳細は〈胎児〉の項にゆずり,ここではその概略を解説する。妊娠各月末の身長の概算法にはハーゼ法がある。これは妊娠第5ヵ月までは妊娠月数を2乗し,第6ヵ月以後は妊娠月数に5を乗じたものを身長(単位cm)とする方法である。また胎児の体重の増加率は妊娠の進むにしたがって大きくなり,ことに妊娠第7ヵ月ころから急速に増加する。胎児の体重の概算法として榊(さかき)法がある。すなわち妊娠前半期では妊娠月数の3乗に2を乗じ,妊娠後半期では月数の3乗に3を乗ずる。記憶に便利な概数としては,妊娠第7ヵ月では1000g,第8ヵ月では1500g,第9ヵ月では2000g,第10ヵ月では3000gとすればよい。
胎児身体各部比率は妊娠の各時期によって著しく変化する。すなわち妊娠初期には比較的頭部が大きく体幹が小さいが,妊娠月数の進むにしたがって頭部に比べて体幹が著しく速やかに発育し,妊娠第2ヵ月末には頭部が身長の1/2を占めるが,第10ヵ月末には1/4となる(図7)。一方,胎児では栄養摂取もガス交換も体外に存在する胎盤で行われるために,血液循環の状態は成人に比べて著しく異なっている。胎児血行と出生後の血行との差異の主要点は,(1)心臓には卵円孔が存在して左右の心房が交通し,(2)ボタロ管によって肺動脈が大動脈に連絡するため,大循環と小循環とは分離されず,肺の血行はきわめて不完全で,肺の発育に必要な栄養を供給するに足る血液が循環するにすぎず,(3)臍静脈(動脈血を有する)はアランティウス静脈管によって直接に下大静脈に開口し,心臓に新鮮血を送る,という3点である(図8)。胎児循環系のなかで純粋な動脈血を有するのはただわずかにアランティウス静脈管とその分枝のみで,その他の部分では種々の割合に静脈血を混ずるが,上半身を巡る血液は,下半身のものに比べて動脈血の割合が多い。胎生期に肝臓,頭部,上肢の発育が下半身に比べて優れている事実はこのためである。
胎児は四肢や全身を妊娠早期から動かすが,妊婦自身が胎動を自覚するのは妊娠第5ヵ月である。しかし胎児はつねに運動しているのではなくて,休止の時間および睡眠の時間が認められる。そのほか胎児には嚥下運動,呼吸運動,しゃっくりなどが場合により認められるという(表2)。
妊娠は生理的現象であって疾病ではないが,妊娠時の摂生を怠ると妊娠は病的となり,母および児に及ぼす影響は大きい。理想的には,婦人は妊娠する以前に十分に健康診断を受けて,妊娠することの可否や,妊娠した場合の注意事項をあらかじめ知っておく必要がある。ことに腎炎の有無の検査は重要であり,また,心臓,肺,性病についても診査を受ける必要がある。妊娠中の診察に際しては,一般に体重の増加(1週間500g以上の増加は異常),浮腫,血圧の上昇,タンパク尿などに注意する。
胎児の発育に必要な栄養はすべて母体から供給される。胎児および胎児付属物の形成や,妊娠時の母体の子宮等の発育のためや,分娩時,産褥(さんじよく)時の体力の消耗に備えるために,妊婦の栄養はきわめて重要である。妊婦や授乳婦人が1日に摂取する必要があると考えられる各種栄養素の量は表3のようであり,非妊時の所要量に付加すべき量で示される。表3のようにカロリーとしての増量は13%くらいだが,タンパク質は33%もの増量が必要で,高タンパク食となっている。カルシウムや鉄分は,妊娠前から潜在的に不足していることが多い。したがって,ふだんの2倍はカルシウムや鉄分をとるようにくふうする。徐々に吸収される徐放性の鉄剤を用いることも,鉄欠乏性貧血のある妊産婦などには必要である。なお,食塩は節減しなければならない。
脂肪は,妊娠中は動物性脂肪よりも植物性脂肪をとるようにする。タンパク質は,動物性タンパク質のほうが植物性タンパク質より優れている。1日に牛乳は2本(400㏄),卵も1個以上とることが勧められる。
食事は,とくにつわりのときには何回かに分けるとよい。なお,カラシ,コショウ,ワサビなどの刺激物,あるいは腸にガスを発生させるような食品は避ける。喫煙は胎児に悪影響を与えるのでやめるべきである。喫煙する母親では低体重児の出生が多い。また多量の飲酒は有害で,胎児性アルコール症候群が発生しやすい。
妊婦の衣服は清潔で,なるべく緩やかなものを選ぶ必要がある。妊婦のためにうまくデザインされた妊婦服(マタニティドレス)が普及してきている。妊娠第5ヵ月以後の妊婦が腹帯をつけるのは医学的にもよい。腹帯の目的は,腹壁の過度の伸展を防ぎ,腹部を保温し,胎児の位置を固定し,妊婦の動作を容易にすることにある。したがって広く緩やかに巻くのがよく,堅く緊縛してはならない。腹帯はとくに経産婦には必要である。また最近では,妊婦用コルセットあるいはガードルもあり,勤労妊婦などに便利である。
→岩田帯
妊娠中も疲労をおぼえない程度の,適度の運動は必要である。家事は適当な運動にもなり,最後まで続けてよいが,ふだんやりつけていない激しい労働や下腹部や腰に力を入れる仕事は行ってはならない。妊娠中は長い旅行はなるべく行わないのがよい。流産または早産しやすい妊娠第2~3ヵ月および第9~10ヵ月の旅行は中止したほうがよい。以前,流産を経験した者は旅行は厳禁である。
妊婦はとくに身体を清潔に保ち,皮膚血管の血液循環を盛んにし,汗腺の機能を十分にする必要があるから,毎日または隔日に入浴するのがよい。ただし熱すぎる湯や,長時間の入浴はよくない。下腹部のみ加熱する座浴は,骨盤内充血をきたすので有害である。妊娠中は腟分泌物が増加して外陰部が不潔になることが多いので,入浴とは別に毎日1回,微温湯かホウ酸水で軽く外陰部だけをふくのがよい。しかし腟内を妊婦自身が洗浄してはならない。また,腟内に脱脂綿を入れることは絶対に禁物である。
乳房とその周囲の皮膚の手入れは,妊娠第20週になったら始める。毎日セッケンと湯で洗い,コールドクリームやオリーブ油を塗る。扁平あるいは陥没乳頭は,妊娠第20週から医師または助産婦の指導を受け,毎日根気よくつまみあげて治しておく。分娩後ではほとんど治すことができない。また,ブレスト・シールドという簡単な器具を使用する。
一般に妊婦は便秘になりやすい傾向があるので,つねに便通に注意する必要がある。下剤や浣腸は妊娠末期に用いると陣痛を誘発するおそれがあるから注意を要する。
妊娠中の歯科治療は,歯石除去,歯の充塡や単純な抜歯などの簡単なものは,いつ行ってもよいが,時間がかかったり,強い処置は妊娠第12週以後まで延期したほうがよい。また妊娠中は虫歯になりやすいので,カルシウム,リン,ビタミンなどの摂取や,食後の歯磨き,口腔衛生に留意する。
性交は,とくに医師から注意された場合,痛みや不快感を感じる場合,出血のある場合以外はふだんと習慣を変える必要はないが,あまり頻繁だと害がある。ただし妊娠末期の6週間は,感染の危険があるから厳禁である。
なお妊婦は精神的にも不安定になりやすいので,精神の安定を保つようにすることもたいせつである。いわゆる胎教は,妊婦の精神衛生にとって,それなりに意味のあることといえる。
執筆者:加藤 順三
母体の安全を守り,健康な子どもの出産を保障するためには,妊娠中の女子労働者を保護する措置を講ずることが不可欠である。労働基準法(1947公布)は,産前6週間の休暇付与と妊娠中妊婦の軽易業務への転換を使用者に義務づけているにすぎない(65条1,3項)。しかし,勤労婦人福祉法(1972公布)は,事業主に妊娠中の女子労働者の健康管理への配慮を求めており(9,10条),この条文をよりどころとして,いくつかの企業では,(1)妊婦の勤務時間を短縮する通勤緩和措置,(2)正規の休憩時間以外に軽食がとれる補食時間,(3)つわり等の症状に対し就労を免除する妊娠障害休暇,(4)母子保健法上の定期検診に対し付与される通勤休暇などが保障されている。公務員にはこれらの権利が人事院規則10-7,条例を通じて,制度上保障されている場合が多い。民間企業でも制度的な保障措置が講ぜられることが望ましい。
執筆者:浅倉 むつ子
妊娠は,急速に発育増大する胎児をその体内に有している状態であるので,妊娠中にはいろいろな訴えが起こる。これらには妊娠の生理的変化に伴って起こるものが多いが,妊娠の異常や合併疾患の一徴候として起こるものもある。そこで次のような自覚症状,すなわち性器出血(たとえ少しでも),色のついた帯下,激しい腹痛や背痛,激しく続く頭痛,眼のちらつき,眼のかすみ,手足や顔の浮腫,激しい吐き気や嘔吐,急激な体重増加,尿量の減少,長く続く便秘,発熱と悪寒や,羊水の流出が起こったときは,すぐ医師の診察を受けなければならない。他覚的症状としては,高血圧,タンパク尿,高度の貧血,痙攣(けいれん)や出血傾向などにとくに留意する。
妊娠の異常のおもなものとしては,妊娠初期・中期では流産,早産,子宮外妊娠,胞状奇胎など,妊娠後半期では後期妊娠中毒症と総称される疾患が重要である。なお,後期妊娠中毒症には,妊娠浮腫,妊娠腎,子癇前症,子癇常位胎盤早期剝離(はくり)などと呼ばれていたものが含まれている。本疾患は,分娩時の出血とともに,日本の妊産婦死亡原因の第1位を占めているほか,早産や死産や低体重児分娩が起こりやすい。また,母体への後遺症も約30%にみられる。なお,常位胎盤早期剝離時には,血液凝固系の異常をきたす播種性血管内凝固症候群(DICと略記)という重篤な合併症が起こりやすい。
妊娠中の合併症で日常臨床上おもなものとしては,肺結核,心疾患,糖尿病,梅毒,膠原(こうげん)病がある。これらの合併症疾患がある場合には,母児に及ぼす影響,また妊娠が合併症に及ぼす影響もあるので,医師の診察を受け,医師の管理にゆだねる必要がある。
執筆者:加藤 順三
妊娠することを一般に孕(はら)む,みごもるといったが,青森県三戸郡ではタナブとかタナグ,島根県ではタナル,岡山県真庭郡二川村(現,真庭市)ではグスイとかミモチという。長崎県壱岐島では受胎をカタル,妊娠することをハラウムといって,受胎と胎児が成長しはじめてからとを区別している。長野県諏訪地方でヒノベ,愛知県南設楽郡でヒガトマルというのは,月経の閉止を意味する。妊婦を意味することばには,青森県八戸市でハラビト,広島市付近でサント,神奈川県ではサンプニン,三重県志摩地方ではオビヤド,愛媛県温泉郡ではニュウ,壱岐島ではハラウチという。若い嫁が妊娠したことを最初に告げるのは多く里の母親である。知らせを受けると里の親はタノミニイクといって,赤飯,餅などを持って婚家の姑に挨拶に行き,つわりなどで十分に働けなくなったことを告げて了解を求める。群馬県吾妻郡高山村では妊娠がきまると,仲人が嫁方へ半衿,婿方へ足袋を贈る。これをオエイモチの祝という。妊婦の心得と胎教は,禁忌という形で示されている。とくに帯祝をすませたころから妊婦は,行動や食物の上で禁忌を守らねばならなかった。〈火事を見ると赤あざの子を産む〉〈葬式を見ると青あざができる。どうしても行くときは鏡をふところに入れて行け〉などといい,怒り,驚き,悲しみは直接胎児にひびくので精神的な安定を第一とした。また妊婦は働かないと胎児が大きくなりすぎて難産するといい,産む間際まで働くのがふつうであった。食物の禁忌については,形からの連想によるものなど,現在からみればまったく意味のないものが多いが,一般に塩気の強いもの,辛いもの,油こいものはよくないとされた。
→出産
執筆者:大藤 ゆき
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
妊娠とは、受精卵が母体と組織的連絡を生じ、物質の授受を行いながら発育していく現象およびその状態をいう。つまり着床から出産までの期間をさすわけである。
[新井正夫]
妊娠は(1)女性生殖細胞である卵の形成と排卵、(2)男性生殖細胞である精子の形成と射精、(3)受精、(4)受精卵の着床、以上の過程を経て成立する。
[新井正夫]
卵巣内で成熟した卵胞が破裂して卵を排出する現象で、排卵した卵は活発な卵管の運動による卵管采(さい)部の吸引作用と卵管采の繊毛運動によって卵管采内に吸い込まれる。卵の寿命は排卵後24時間以内であり、それ以上経過すると受精能力を失う。
[新井正夫]
性交によって性的興奮が高まると射精がおこり、精液とともに精子が腟(ちつ)内に射出される。この精液内には数億の精子が含まれており、1分間に約2~3ミリメートルの速度で卵管膨大部までの約20センチメートルの距離を進み、2~3時間から十数時間かかって到着する。精子の受精能力は子宮や卵管内で30時間から3日以内といわれる。
[新井正夫]
卵管膨大部で精子と卵が都合よく巡り会えば受精がおこる。多くの場合、精子が先に卵管膨大部に達して待機するが、少なくとも60個以上の精子が卵に集まる。そのうち1個だけが卵に侵入して受精を完了することになる。受精卵はただちに細胞分裂を開始し、子宮内へ移動を始めるが、このとき男女の性別はすでに決定している。
[新井正夫]
受精卵は6~7日かかって子宮腔(くう)内に到達し、子宮内膜に埋まって母体と関係をもつようになる。これが着床で、受精から着床までは7~10日間とみられている。着床後は本格的な発育が始まり、胎児となる。
[新井正夫]
真の妊娠持続期間は卵が着床したときから出産(分娩(ぶんべん))までであるが、着床の日はわかりにくく、臨床上は最終月経の第1日から分娩に至るまでの期間としている。すなわち、妊娠する前の月経(最終月経)の第1日から数えて分娩が何日目にあるかを調べた何万という例から、その平均がだいたい第280日目であることがわかり、これを出産予定日としている。この280日という数は40週に相当し、4週間を妊娠の1か月と考えれば、10か月になるわけで、しかも4週間は28日間で大多数の月経期間の日数とも一致するところから、便宜上、妊娠期間として採用されたわけである。したがって、予定日に出産するのは4%くらいで、大多数はその前後2週間ずつ、計4週間のうちに出産する。
[新井正夫]
出産予定日を知るには一覧表になった妊娠暦などを利用すればよいが、産科医や助産師は次のような予定日概算法で計算している。すなわち、最終月経の開始日の月数に9を加えた数が出産月で、12より多くなるときは月数から3を引く。出産日は最終月経の開始日の数に7を加えた数で、30より多くなれば多くなった数だけ翌月に回り、したがって出産月が翌月に変わる。月の大小などがあるので正確とはいえないが、だいたいの目安にはなる。
[新井正夫]
WHO(世界保健機関)では満の妊娠週数で妊娠期間を表現することになっており、日本産科婦人科学会では、従来の妊娠暦による28日を1か月とした月数(数え月)の呼び方との混乱を避けるため、妊娠第何か月、第何週と表現することにしている。なお、出産についてもこの妊娠週数で区別し、妊娠23週までの分娩を流産、妊娠24~36週を早産、妊娠37~41週を正期産、妊娠42週以降を過期産とよんでいる。
[新井正夫]
多くの場合、妊娠の診断を下すことは困難ではない。一般的には自覚的な症状と他覚的な徴候に基づいて行われるが、ごく早期の診断には特別な診断法を用いる。
[新井正夫]
妊娠による母体の変化としてみられる疑徴と、胎児の存在による確徴とに分けられる。なお、母体の変化には性器以外に現れる変化と、性器に現れる変化とがあり、前者を不確徴といって区別することもある。不確徴は妊娠の兆しではあるが不確かなもので、妊婦以外にも他の疾患のために現れることがある。すなわち、つわり、乳房の変化、頻尿、皮膚の変化など、妊娠早期にみられる自覚的症状が多い。これに対して性器に現れる変化であるが、妊娠以外の状態でもみられる他覚的徴候が疑徴である。おもなものをあげると、無月経、腹部の膨大、子宮の形状変化、子宮や腟の粘膜が紫色に変色するリピド着色、胎動感、妊娠反応陽性、基礎体温の高温持続などがある。
胎児の存在が確認できる確徴は普通、妊娠中期以後にみられる。近年は胎児心電図や超音波ドップラー法によってかなり早期に検出可能となったが、従来のトラウベ聴診器による胎児心音の聴取は妊娠20~22週にならないと聴取できない。また、胎児部分の触知やX線写真による胎児骨格の証明(妊娠18~20週以後に可能)なども確徴の一つである。
[新井正夫]
熟練した医師によれば、妊娠2~3か月ごろにはいろいろな徴候によって90%以上は診断がつく。しかし、ごく早期にはかなり困難なことがある。また、臨床的には妊娠の異常(子宮外妊娠や胞状奇胎)、胎児の生死などの鑑別も必要となる。これらを含めて近年は、内分泌学(ホルモン)の利用やMEの応用(胎児心電図や超音波診断)によって相当確実に診断されるようになった。
妊娠反応として重要なホルモンの動態を利用した早期診断法が簡単でよく用いられる。これは、着床と同時に絨毛(じゅうもう)組織から分泌されるヒト絨毛性ゴナドトロピンを尿中に証明する方法で、かつてはウサギ、ネズミ、カエルなどの動物を用いて検出するフリードマン反応、アシュハイム‐ツォンデック反応、マイニーニ反応など生物学的妊娠反応を利用していたが、時間や手間の関係で現在はほとんど行われず、もっぱら免疫学的妊娠診断法が行われている。これは、ヒト絨毛性ゴナドトロピンが糖タンパクで抗原性をもっているのを利用し、妊婦尿から精製したホルモンをウサギなどに注射して抗体を含む血清を採取し、これを用いて抗原抗体反応を調べて判定する方法である。現在、いろいろな免疫学的妊娠診断試薬が市販されているが、受精後24日、すなわち予定月経が約10日以上遅れている場合に調べると、妊娠ならば陽性となる。
また、胎児の心臓の活動電流を検出する胎児心電図や循環器に超音波の連続波を与えておこるドップラー効果を応用して胎児の血流信号をキャッチする方法もあり、妊娠六週ころから可能な早期診断法である。現在では超音波断層法を利用することが多くなり、妊娠五週から子宮内胎嚢(たいのう)を描出、妊娠六週からは胎児像が描出できるほか、多胎妊娠、胎児死亡、胞状奇胎などの異常診断も可能である。
[新井正夫]
妊娠の徴候の一つとしてみられる母体の変化は、胎児の急速な発育とともに機能的にも、形態的にも著しくなる。
[新井正夫]
妊娠に伴う変化のうちもっとも顕著なものが子宮で、大きさが増し、軟化し、紫色に着色する(リピド着色)が、とくに目だつのが子宮の増大である。わずか40週の間に子宮の長さで約5倍、重さで約20倍となり、腹腔の大部分を占めるようになる。すなわち、子宮は第2か月末でガチョウの卵大、第3か月末で手のこぶし大、第4か月末で新生児頭大、第5か月末で小児頭大となり、第6か月末で子宮底の高さがへそに達する。また、腟も妊娠の進行とともに著しく拡大延長し、腟壁は潤軟となり、リピド着色がみられる。乳白色のおりもの(帯下(たいげ))が増加する。外陰部も潤軟となって色素の沈着が増加する。副性器といわれる乳房は妊娠第2か月ころから増大し、末期には普段の3~4倍の重さとなる。乳輪は著しく拡大して暗褐色に着色する。第5か月を過ぎると、圧出すれば初乳を分泌する。副乳がみられることも珍しくない。
[新井正夫]
妊娠第六週ころから妊娠嘔吐(おうと)(つわり)が始まるが、2~3週間で軽快する。顔面や腹壁などに色素沈着が現れたり、腹部に妊娠線が現れたりする。また、胎児の発育に伴って血液量が増加し、心臓の負担が増大する。腎臓(じんぞう)の負担も増大して妊娠性の糖尿やタンパク尿がみられることがあり、膀胱(ぼうこう)が圧迫されて頻尿になりやすい。体重は妊娠中に8~12キログラムの増加がみられる。体温は排卵後の黄体期高温相が持続するが、末期に近づくにつれて下降傾向がみられる。
[新井正夫]
妊娠は生理的現象であるが妊娠中の摂生を怠ると病的になり、母体および胎児にも大きい影響を与える。妊娠期間は母体や胎児の生理的経過などから初期、中期、後期に分けられるが、以下それぞれについて生理と摂生を中心に述べる。
[新井正夫]
妊娠第1か月から第4か月までをいう。第1か月はほとんど気づかずに過ごしてしまう場合が多く、月経閉止やつわりなどで妊娠に気づくころは第2か月になっている。第3か月になると胎児も人間らしい形態になり、第4か月では性別が外見上わかるようになる。子宮はこのころに児頭大となり、胎盤も完成する。つわりは第2か月後半から始まり、第4か月の後半には軽快する。妊娠初期を通じてもっとも警戒すべきものは流産であり、とくに第2、第3か月は流産しやすいので、夫婦生活も慎重にし、激しい仕事や旅行を避け、睡眠を十分にとり、下腹部や腰部が冷えないように注意する。
[新井正夫]
妊娠第5か月から第7か月までをいう。もっとも安定した期間で、下腹部も目だってくる。腹帯の着用を開始するのもこの時期からである。第5か月になると胎児の顔も整い、手足の運動が始まる。すなわち、母体は胎動を感ずるわけで、初産婦では後半から、経産婦では前半から感ずるようになる。食欲が出て気持ちも落ち着いてくる。旅行や歯の治療などは医師に相談して、この時期に行う。妊婦服(マタニティ・ドレス)などの出産準備を始める。第6か月になると下腹部がだんだん大きくなって目だつようになり、第7か月では乳房も大きくなって初乳が出たりする。四週ごとだった妊婦定期検診も二週ごとに受ける。胎児の皮膚も深紅色になり、顔つきは老人のようにしわだらけで、出産の種類としては早産として扱われる。
[新井正夫]
妊娠第8か月から第10か月までをいう。第8か月になると生まれても助かる場合が多くなる。大腿(だいたい)骨の化骨が始まり、骨盤位(さかご)に注意する。骨盤計測や血液検査などを受け、早産を警戒する。母体は疲れやすく、胃が押される感じがする。下肢がむくみやすくなる。妊娠中毒症の予防を心がけ、水分や塩分の摂取を控え目にし、ときどき足を高くして十分に休養をとる。実家へ帰って分娩する場合は、第8か月の末ごろまでに帰ったほうが安全である。第9か月になると胎児の皮膚はバラ色になり、頭髪も生えて男女とも性器が完成する。母体は胎児が下がった感じで、胸が楽になる。早産および細菌感染の予防上、後半からは夫婦生活や旅行を避ける。万一の場合の連絡方法なども考えておく。第10か月になると胎児の皮膚にしわがなくなり、うぶ毛も少なく、いつ出産しても元気に生活できるようになっており、出産の準備が始まる。妊娠初期と同様に、母体では尿が近くなり分泌物が増えてくる。二週ごとの検診は毎週行われる。出産準備に手落ちのないよう確かめ、早期破水を警戒する。
[新井正夫]
妊婦健康診査ともいい、正常な妊娠経過を図るために妊婦の心身の経過を把握することを目的として行われる。妊娠中毒症や貧血など妊娠の異常を早期に発見し予防するために必要であり、定期検診は前述のように「妊娠第7か月までは4週間に1回、第8~9か月は2週間に1回、第10か月から分娩までは1週間に1回」受けることが望ましい。母子保健法の規定によって妊娠前期と後期各1回は公費で受けられる。
なお、母子保健法第15条によって、妊娠した者は市町村長に速やかに妊娠の届出をするよう定められており、市区役所または町村役場に届出を済ませると母子健康手帳、妊婦健康診査受診票、母親学級の案内などが交付される。届出は妊婦自身が備え付けの用紙に記入して行うことになっている。
[新井正夫]
10か月という短期間に受精卵が完全な胎児にまで発育する間、母体もこれに伴って代謝や循環などあらゆる面で大きな変動がみられるが、なお生理的状態を保ちうるのは動的平衡関係が維持されているためと考えるべきであろう。
[新井正夫]
妊娠初期の母体の健康は胎児への影響がとくに大きい。子宮内の出血は胎児の栄養不足や酸素不足を招きやすく、脳組織ができ始める初期における酸素不足は大きな影響を与える。また、ウイルスによる流感、麻疹(ましん)、水痘、風疹、耳下腺(せん)炎などは流産をおこしやすく、胎児に障害が生ずる場合もある。初期に高熱や発疹(ほっしん)などの症状が現れたときは、内科医ばかりでなく産科医にも報告する。イヌやネコなどの寄生虫症であるトキソプラズマ症も、人体に感染することがあり、妊娠中に感染すると胎児の脳に侵入して脳水腫(すいしゅ)、脳性麻痺(まひ)、てんかん、知的障害の原因となる。性病のうち、とくに梅毒は胎児に深刻な影響を与えるので、妊婦検診で血液検査を行い、陽性の場合はただちに治療を始める。また、必要以上にX線検査などを行い放射線の照射を受けるのもよくない。流産防止用の黄体ホルモンも、初期に大量使用すると胎児に障害が生ずる場合がある。一般に解熱剤、精神安定剤、ホルモン剤など、薬剤を使用する場合はかならず医師に相談し、独断で軽率な服用をしてはならない。
[新井正夫]
頻度は非常に少ないが、Rh式血液型不適合妊娠による新生児溶血性黄疸(おうだん)が問題になる。また、ABO式血液型不適合でも新生児黄疸がみられる。いずれにしても、治療対策の急速な進歩によって多くのものは治癒されるようになった。
[新井正夫]
出血、激しい腹痛、発熱、むくみ、めまい、動悸(どうき)、頭痛、視力減退などの症状が現れた場合は、早めに医師の診断を受ける。出血の場合は、妊娠初期では流産、子宮外妊娠、胞状奇胎などのおそれがあり、後期では早産、胎盤早期剥離(はくり)などの疑いがある。いずれも一刻を争う場合が多く、少量の出血でもいちおうの診断を受けておく。激しい腹痛の場合は流・早産の疑いのほか、胆石症、虫垂炎、胃穿孔(せんこう)、卵巣嚢腫(のうしゅ)などのおそれもある。前駆陣痛の場合の痛みは、あまりひどくない。むくみの出る場合は、妊娠中毒症や子癇(しかん)の原因にもなる。高熱の場合は流・早産を誘発しやすく、胎児にも影響がある。激しい頭痛は妊娠中毒症による高血圧が原因の場合もあり、子癇の前兆の場合もある。
なお、軽い発熱、頭痛、むくみ、腰痛などはよくみられるもので、あまり神経質になりすぎて精神の安定を欠くのもよくない。
[新井正夫]
胎児の数の異常、受精卵の着床の異常、胎児の発育の異常など、あまり心配のいらないものから危険なものまである。
多胎妊娠は胎児の数の異常で、病的なものではないが、産科的な異常がおこりやすいので十分に注意する必要がある。近年は排卵誘発法の普及によって増えている。子宮外妊娠は受精卵の着床の異常で、卵管妊娠の場合がもっとも多く、開腹手術を行う。なお、前置胎盤も着床異常の一つである。また、胎児の発育の異常としては子宮内発育遅延があり、在胎週数に比し体重の少ないものをいい、胎児発育不全と胎児栄養障害に分けられる。これと関連する疾患に胎盤機能不全症候群がある。出生時には未熟児や過熟児となる。
なお、真の妊娠とは無関係であるが、想像妊娠もまれにみられる。
[新井正夫]
受胎すること、はらむ、身ごもることで、地方によっていろいろな言い方がある。青森県三戸(さんのへ)郡ではタナブとかタナグ、島根県ではタナル、岡山県真庭郡二川村(現、真庭市)ではグスイとかミモチという。長野県諏訪(すわ)地方でヒノベ、愛知県南設楽(みなみしたら)郡でヒガトマルというのは、月経の停止を意味している。長崎県壱岐(いき)島では、受胎することをカタル、妊娠することをハラウムといって、胎児が成長し始めてからのことと区別している。いまでは子供は自分たちでつくるものと考えられているけれども、日本人は長い間、身ごもるということを単なる生理現象とは考えずに、「子供は神からの授かりもの」と信じてきた。新たな命、魂が身内にこもるという神秘的なものとして、神と自然に対して敬虔(けいけん)な畏(おそ)れと謹みの心で対してきた。「七つまでは神の子」ということわざは、端的にこの考え方を示している。妊娠したことがわかって若い嫁が最初に打ち明けるのは、普通、里の母親である。知らせを受けると里の親はタノミニイクといって、食物などをもって婚家の姑(しゅうと)へ挨拶(あいさつ)する風習がある。岐阜、福井、石川県などでは2、3か月目くらいに行うが、このとき持って行く食物は、萩(はぎ)の餅(もち)、うどん、赤飯、餅などであった。福岡県山門(やまと)郡では、妊娠3、4か月ごろ、里方からタノミノボタモチを持って頼みに行き、これを親戚(しんせき)・近所へも配る。タノミノボタモチをもらえば、出産後、産見舞に行くべきものであった。群馬県吾妻(あがつま)郡高山村では、妊娠が決まると、仲人(なこうど)が嫁方へ半衿(はんえり)、婿(むこ)方へ足袋(たび)などを贈り、これをオエイモチの祝いといった。妊娠の兆候が現れると、妊娠祝いをする所がある。普通初子の場合であるが、山梨県北西部ではユウジャク祝い、鹿児島県喜界島(きかいじま)ではハラミブルマイといって、里方から餅、魚などを贈って祝う。長崎県五島の魚目村(現、新上五島(しんかみごとう)町)では、妊娠すると親類や懇意な者が妊婦を招いて饗応(きょうおう)する。これをネブルマイといい、妊婦の家では返礼に親戚・知人を招く。妊娠のしるしとしてのつわりを、東北地方ではクセとかクセヤミというが、夫がつわりと同様な状態になることがあり、「病んで助(す)けられるのはクセヤミばかり」ということわざがある。妊娠中は食物や行動についての禁忌があり、禁忌は胎教とも重なっている。また、妊婦は呪力(じゅりょく)をもつものとして、新造船に乗せて豊漁を願うことなどが行われた。
[大藤ゆき]
妊娠という生理的現象をどのようにとらえ、どのように対処するかは社会、文化によって異なる。
妊娠に対する性行為と男女の役割に関する観念は一様ではない。妊娠を性的結合の結果と考えない社会もある。メラネシアのトロブリアンド諸島では、妊娠は死者の霊が女性の胎内に入って再生することだという。男性の精液が生殖力をもつことは認識されず、性行為もたとえば子供の通り道をあけるといったこと以上の意味はもたない。オーストラリア先住民のアランダ人もトーテム聖地の精霊が女性の体に入ると受胎すると考える。これとは逆に考える社会もある。たとえばボリビアのエセエハ人は、子供の体はすべて父親の精液によってつくられ、母親は単に容器でしかないという。そのため妊娠後も胎児が成長し続けるために父親は精液を供給し続けなければならないと考える。妊娠を性行為の結果とみなしても、子供の形成に果たす両親の役割が異なる社会もしばしばある。たとえばビルマのカチン人では、子供の骨格は父親の精液でつくられるが、肉と血は母親からもらうと考え、アフリカのアシャンティ人は、血(肉体)を母親から、魂を父親から受け継ぐと信じている。
妊娠中はたいてい種々の禁忌が課せられる。とくに広くみられるものは食物の禁忌である。たとえばニューギニアのアラペシュ人では妊婦はフクロネズミを食べてはいけない。フクロネズミは地面に深く潜るのでこれを食べると難産になるという。カエルとウナギは早産になるので食べない。コロンビアのデサナ人も妊婦は多くの禁止に従わなければならないが、その多くは食物に関係している。たとえばナマズは彼らのシンボリズムでは、子供を意味する小魚を食べるので、食べてはいけない。このような食物禁忌は女性だけに課せられることが多いが、夫にも禁止される場合もある。そのほか種々の行動が禁止される。デサナの社会では妊婦は狩猟の武器や罠(わな)に触れてはいけない。土器を焼いているところを妊婦が見ると土器は割れてしまうので見てはいけない。このように妊婦が異常な力をもっていると考えられる社会は多いが、その力を悪と考えるか善とみなすかは社会によって違う。デサナ人は前者であり、後者の例としては、たとえばスマトラのミナンカバウ人では妊婦は稲の豊作をもたらす力をもっているとされる。妊娠中の禁忌は一般にそれを犯すと難産になったり子供に悪い影響を与えるからといわれる。結んだり、閉めたりといった難産を連想させる行動がよく禁止される。妊娠中の性行為も多くの場合禁止される。トロブリアンド諸島では妊娠中に性交すると男根が子供を殺してしまうとして厳しく禁じられる。性交の禁止が出産後数か月続く場合も多い。
[板橋作美]
哺乳(ほにゅう)類の受精卵が子宮壁に定着し、胎盤を形成して母体との間に酸素や栄養の供給と代謝産物の排出を行って、個体発生を進行させている状態をいう。一般に排卵した卵は輸卵管内で受精することが多い。受精した卵は輸卵管から子宮に向かって下降している間に分裂して、胚盤(はいばん)胞とよばれる中空の胞状体となる。胚盤胞が子宮腔(こう)に入り子宮上皮と接触すると、胚盤胞の細胞の一部が栄養芽細胞となって、子宮上皮細胞を貪食(どんしょく)しつつ子宮基質へと侵入する。栄養芽細胞はしだいに癒合して巨大化し、子宮内に深く侵入して毛細血管を取り込むようになる。この状態を着床という。着床には卵巣の黄体ホルモンや発情ホルモンが必要であるが、胎盤が形成されると胎盤由来のホルモンによって妊娠が維持される。子宮に侵入した栄養芽細胞は着床した胚に栄養を供給し、やがて胎盤の主要部分を形成する。胎盤は、着床に反応して形成された子宮基質由来の脱落膜と、胎児由来の絨毛(じゅうもう)膜とからなる。絨毛上皮細胞からは黄体ホルモンや生殖腺(せん)刺激ホルモンなどが母体に放出される。妊娠が進むにしたがって、胎児は外側が漿膜(しょうまく)に、内側が羊膜に包まれ、胎盤とは臍帯(せいたい)で連絡する。この時期には子宮由来の脱落膜は薄くなり、発達した胎児性胎盤の下に母性胎盤として残るだけとなる。これ以後の妊娠にはとくに子宮の構造上の変化はなく、胎児の発達が進行する。
着床に必要な脱落膜形成には黄体ホルモンと発情ホルモンが必要である。これらのホルモンは、胚盤胞が着床しなくとも分泌されることがある。発情期のラットの子宮頸管(けいかん)部をガラス棒で繰り返し突くと、排卵後の濾胞(ろほう)が妊娠黄体にまで発達し、黄体ホルモンを分泌するようになる。このとき、子宮を機械的、化学的に刺激すると脱落膜が形成される。このような状態を偽(ぎ)妊娠という。ラットの偽妊娠は内分泌的には妊娠に近い状態であるが、これに対しヒトの場合には、通常の月経周期にも黄体ホルモンの分泌される黄体期があるから、この期間は生理学的には短い偽妊娠期ともいえよう。
なお、胎生動物の大部分は哺乳動物であるが、胎生のサメ類では受精卵の卵黄が消費されると卵黄嚢と輸卵管下部とが結合して胎盤に類似した構造となり、ここを通してサメの幼生は母体から栄養をとり成長する。このような母体内発育も妊娠ということがある。
[高杉 暹]
『柳田国男著『産育習俗語彙』(1935・恩賜財団愛育会)』▽『恩賜財団母子愛育会編『日本産育習俗資料集成』(1968・第一法規出版)』▽『大藤ゆき著『児やらい』(1968・岩崎美術社)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…生まれてきた子どもを,心身ともに社会生活が可能な年齢になるまでの間,養育する過程を育児という。狭義の育児は,出生後学齢までの乳幼児について語られることが多いが,最近では,妊娠中の母性の心身の健康状態が胎児に及ぼす影響が大きいことから,妊娠中の母体の健康維持や,健全な精神生活も育児の一部分と考えられるようになり,さらに,優生学的な見地から,妊娠前の両親の健康も考慮条件に含まれるようになった。また,社会的に一人立ちする年齢が遅くなるにつれて,育児という視点でとらえる必要のある小児の年齢を,中学,高校年齢まで引き上げて考えることも要求されるようになってきた。…
…高血糖の是正は合併症の頻度・進展を著しく低下させる。
[妊娠と糖尿病]
妊娠も合併症を促進する因子であり,胎児の異常を伴いやすい。一般には妊娠前後から終了まで厳重な血糖コントロールを行えば,健全な妊娠,出産を経験できるようになる。…
…これは両性間の内分泌(ホルモン分泌)機能の差や薬物を代謝する酵素活性の男女間の差に由来すると考えられるが,一般に医薬品その他の化学物質の毒性に対しては,女性は男性よりも強く反応することが多い。 女性でとくに注意すべきことは,妊娠周辺期の医薬品投与や化学物質との接触である。受精が成立しても,その後の着床までの期間に薬物による障害が起こったときは,受精卵の死亡や異常,ならびに母体側の変化とともにその着床が阻害されるおそれがある。…
…胎児を子宮内に保有する状態を妊娠といい,妊娠の診断は胎児の存在による徴候(確徴)と妊娠によって母体に現れる徴候(疑徴)によってなされるが,診断のための価値としては前者(確徴)のほうが大きいことはいうまでもない。 妊娠の確徴として,胎児部分を外から触れることや胎児心音を聞くことができる,あるいはX線撮影によって胎児の骨格を証明できるなどがあげられるが,これらの確徴の多くは妊娠5ヵ月以後にならないと証明されなかった。…
※「妊娠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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