宮井(読み)みやい

日本歴史地名大系 「宮井」の解説

宮井
みやい

紀ノ川の南に広がる平野を潤す用水路。紀ノ川の旧河道を利用したと考えられ、江戸時代には那賀なが上三毛かみみけたつはなから取水し、西方に流れて和佐組の各村を経て日前国懸ひのくまくにかかす神宮の裏にあたる鳴神なるかみ音浦おとうらで、南の方へ幾筋にも分れて宮組の水田を潤した。音浦で水量を調節し、余水は西行して太田おおだ黒田くろだ吉田よしだ新在家しんざいけの各村を過ぎ、悪水を受けて中野島なかのしま村に入って鈴丸すずまる川となる(続風土記)

元亨元年(一三二一)五月二六日付沙弥縁心田地寄進状(歓喜寺文書)に「高社毎月十四日法花転読并毎日御供料田坪付事」として、和佐わさ庄内の田一町のうちに「ミヤイノハタ」三五〇歩を記す。貞和二年(一三四六)三月一八日付沙弥定宗屋敷畠寄進状(同文書)には屋敷畠の四至に「限東宮井」とみえる。

宮井
みやゆ

現蒲生町葛巻かずらまき地先の日野川左岸で取水する用水井溝。各村の明細帳などによれば、近世には宮井郷四ヵ村と通称される岩井いわい村四一町余・川守かわもり村二一町余・綾戸あやど村二三町余・田中たなか村三〇町余の田地を灌漑(竜王町史)、また近年までは日野川対岸、蒲生町合戸ごうど地内の井壺を用水源とし、この水をいったん日野川に落し、葛巻地先の井堰で取入れて利用していた。このために宮井郷村々は、同じ井壺を水源とし日野川左岸(下流)で取水する中津なかつ井を利用する中津井なかつゆ郷七ヵ村(川守・綾戸の二村は重複、ほかに駕輿丁・橋本・弓削・川上・信濃の五ヵ村)との間で、中世末より明治に至るまで幾度となく相論を引起している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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