山代巴(読み)やましろともえ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「山代巴」の意味・わかりやすい解説

山代巴
やましろともえ
(1912―2004)

小説家。広島県生まれ。旧姓徳毛(とくも)。広島県立府中高女卒業後、上京して女子美術専門学校に入ったが、家運が傾いて中退。紙芝居や図案を描いて自立しながら工場生活者に近づき、1929年(昭和4)、四・一六事件検挙。非転向を貫いて出獄した山代吉宗(よしむね)(1901―1945)と知り、京浜工場街に家をもったが、1940年、夫とともに検挙、第二次世界大戦敗戦までを獄中で送った。服役中、女囚たちとの交流から農家の女性への関心を深める。『蕗(ふき)のとう』(1948)以下、民話形式による農民像の形象化に成功、『荷車の歌』(1955~1956)は戦後農民文学の代表作の一つ。『民話を生む人』(1958)ほかのエッセイや自伝的小説『囚(とら)われの女たち』(1980~1986)がある。

[高橋春雄]

『『山代巴文庫 囚われの女たち』全10巻(1980~1986・径書房)』『『荷車の歌』(1990・径書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山代巴」の意味・わかりやすい解説

山代巴
やましろともえ

[生]1912.6.8. 広島,栗生
[没]2004.11.7. 東京,杉並
小説家。女子美術専門学校を中退して工場に入り,サークル活動に参加中,夫とともに 1940年検挙され,第2次世界大戦後の 1945年8月まで拘禁された。この間に夫が獄死日本共産党入党,『蕗のとう』(1948)で認められ,長編『荷車の歌』(1955~56)により戦後農民文学金字塔を打ち立てた。その後も同じ傾向創作活動を続け,『道くらけれど』(1963~64),『濁流をこえて』(1965~67),自伝的小説『囚われの女たち』(10巻,1980~86)などの著作がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山代巴」の解説

山代巴 やましろ-ともえ

1912-2004 昭和後期-平成時代の小説家。
明治45年6月8日生まれ。労働運動家山代吉宗と結婚。昭和15年治安維持法違反で夫とともに検挙され,敗戦までを獄中でおくり,夫は獄死。戦後は郷里の広島県で農村文化運動や,民話の語り口をいかした創作にとりくむ。代表作に「荷車の歌」「囚(とら)われの女たち」。平成16年11月7日死去。92歳。女子美術専門学校(現女子美大)中退。旧姓は徳毛(とくも)。

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