デジタル大辞泉 「市場」の意味・読み・例文・類語
いち‐ば【市場/市▽庭】
2 小売店が集まって常設の設備の中で、食料品や日用品を売る所。マーケット。「公設―」
[類語]市・河岸・バザール・マーケット・取引所・朝市・競り市・年の市・草市・蚤の市・バザー・フリーマーケット・ガレージセール
翻訳|market
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
市場の定義としては次の三つが考えられる。(1)多くの人々が一堂に会し,財を売り買いする場所,というのがもともとの意味である。そこでは需要と供給が出合い,財の価格,売買される量をめぐって,需給のあいだの競争を含む相互作用が演じられる。現在でも市場を〈いちば〉と発音する場合は,具体的な場所をさしている。市(いち)もまた同じである。(2)しかし近代産業社会(市場社会とも資本主義社会ともいう)の出現にともない,市場は,場所という具体性をもたなくなり,競争の要素を強くもつ売り買いの制度全体をさすようになった。これは,生産者と最終消費者のあいだに仲買人,卸商,小売商と多くが介在することになり,売買の場所は互いに関連をもちながらも,取引所,卸売市場,小売店舗,長期契約取引などに分化し広範囲に散らばることになったためであるが,さらに,資金支払による雇用関係(賃労働)が一般に広がり,金融(貨幣の貸借が貨幣利子支払をともなう)関係も大規模になったためでもある。これら雇用や金融においては,多くの売手,買手が一堂に会することもなく,売買の成立する場所も特定されないにもかかわらず,需給は,文化的伝統,社会慣習,取引慣行,法などの枠内ながら,通信手段による情報の流れ,運輸による移動をとおして,国民経済的規模で,賃金率,利子率で調整される。これら雇用,金融関係も競争的要素を含んで貨幣支払によってなされるところから,それらを財市場に擬すことができるようになった。すなわち雇用は労働力商品ないし労働サービスの売買で労働市場をなし,金融は貨幣使用や債券売買,いわゆる金融商品の売買であり,金融市場においてなされるとみなされることになった。こうして市場は,場所からいっても機能からいっても局所的なものでなく,社会的機能をもつがゆえにそうなるのだが,他の社会制度からの限界づけや他の制度との調和を伝統,慣行,法規則などのかたちで制度に組み込んだ売買の制度であるといえる。(3)ところで経済学では,いっそう抽象的なかたちで市場を構想する。それによれば市場とは,いわば無名の経済人(ホモ・エコノミクス)たちがセルフ・インタレストを動機にして自由に作用しあい,各財・サービスの需要・供給関係を価格によって調整していく機構(メカニズム)である。したがって完全な市場では,一部の人々にのみ特許状のような特権が与えられることも価格の動きに統制が加えられることもなく,個々人の自由な判断が価格の媒介的な役割に導かれて全体的に調整されていく。フランスの経済学者L.ワルラスによって展開された一般均衡理論はこうした市場把握の典型である。
以上,三つの市場は互いに観点を異にしているが重なるところもある。以下にもみるように,市場が社会制度の一つであることからしても,そして最も包括的であるという点からしても,(2)の市場が定義として適当である。包括的だというのは,(1)の市場は売買の場所が具体的に制度として決められた(2)の市場であると規定できるし,(3)の市場は(2)の規定のなかで制度的な限定がほとんどゼロの特別の場合であるとすることができるからである。
市場というものがいつごろ生まれたかはっきりはしないが,文明発生期から人間の集まり住む都市にはすでに市場はあったといわれる。この場合,市場の開設は支配者の権限であって,取引場所,売り買いされる財の種類・量,使用される貨幣など,そして場合によっては交換比率(価格)も規定されていた。古代ギリシアでは市場はアゴラagoraとよばれ,同時に政治の場でもあった。古典期アテナイではアゴラは民主主義の重要な位置を占め,〈戦争すらも市場で決定された〉といわれるほどである。政治集会に参加すると手当が支払われ,この手当でアゴラの商人(カペロスkapēlos)から食料が購入されたのである。他方,エンポロスemporosとよばれる海外からの商人もアテナイの支配層の庇護(ひご)と制限のもとにアゴラで貿易にたずさわった。また古代ローマの都市の中央にあった大広場はフォルムforumとよばれ,財の売買のほか,裁判や市民集会の場としても機能した。このように市場は,政治,文化,社会から独立ではなく,これらに庇護され,これらの状況のなかに組み込まれた制度であった。
中世ヨーロッパにおいては市場を形成する要因のうち宗教が顕著なものとなった点が注目される。歳市を意味するメッセMesse,フェーリアエferiaeは同時に〈礼拝〉の意味にも使用されている。市場開設の特許状のほとんどは教会に対して出され,教会は祭礼にあわせて市場を開いた。また人の集まりをよくするために,教会は争って聖遺物reliquiaを獲得しようとしたほどである。市場は宗教的に場所,時が限定されるかわり,商人の特権や裁判規定を含む市場特有の商業慣習法が形成され,市場に掲げられた市場十字架Marktkreuzや市場の旗Marktfahneに象徴されるように教会や王権によって市場取引の安全性や殷盛(いんせい)が確保されたのである。〈都市の空気は自由にする〉といわれるほど当時の状況のなかでは市場は自由の気の最も大きいところと認められていたが,それは政治と宗教とによって枠づけされたものであった。
王権が強まるにつれ,市場は国力充実の観点から一国規模での整備が図られるようになり,外国貿易も拡充が図られた。それとともに市場は政治,文化にほとんど完全に従属した位置から独立性を徐々にもつようになった。市場的な活動にかけられていた規制の撤廃が叫ばれ,自由放任が主張されるようになり,市場社会が準備されていった。
生産・消費・流通という経済の全局面がおもに市場の価格メカニズムによって調整されるような社会を市場社会とよぶが,これは産業革命後の19世紀イギリスを嚆矢(こうし)とする。その後,西ヨーロッパ諸国,アメリカなどがつぎつぎと市場社会となっていった。市場社会では原材料が市場をとおして供給されるのはもちろんのこと,欠くことのできない生産要素である労働も労働市場をとおして供給される。労働の移動がおおむね自由に行われ,機械制大工業の発達によって需要される労働がほぼ同質になることで,大量の労働需要と大量の労働供給が貨幣賃金の上下に媒介され調整されるようになる。こうなれば賃金によって生活する人の数は当然きわめて多くなる。そこで穀物をはじめとする生活財が大量に売買されることになる。原材料,工業製品などと同様に食料品についても常設の取引所,卸売市場で大規模に取引され相場が建てられ,広く散在する多くの生産者と最終消費者の供給と需要を社会的規模で調整する。そこでは直物取引だけでなく,長期にわたる需給の調整を図る先物取引も盛んに行われる。
さらにまた,このように大量の財が円滑に生産され,大量の労働者が雇用されていくには,一般的に資源が適材適所に配分されていかなければならない。このような資源の流動性は貨幣の流動性,すなわち遊休貨幣や創造通貨が資源の有効利用のために貨幣を必要としている部面に円滑に提供されていくことによって確保される。市場社会ではこのための短期・長期の資金の融通が,普通銀行をはじめとするさまざまな金融機関による仲介,引受機関の活動が中心となって形成される金融市場における利子率や利回り(金融の価格)をとおしてつけられていく。あるいは金融の需給が調整されていく。
こうして市場社会では金融市場,財市場,労働市場における価格メカニズムによって経済が調整されていく。市場は政治や宗教などの統制から独立しており,各人がもっぱらみずからの経済的関心に従って機能するという点で,自由の制度であるとされる。しかし市場は内部においても外部に対してもすっかり自由であったのではない。市場には,社会慣習,文化伝統,政治動向といった外的要因と安定性を求めるという市場の内部要因との混合がつくりだす制度的限定がともなっている。最低賃金法,工場法(労働時間についての制限)などの労働立法および人間集合である企業組織のあり方に対応する雇用慣行,さらには雇用は商品の購入であるよりも人間の生活がかかった人間関係であるということに限定され,かつ支えられて労働市場は機能している。金融市場についていえば,中央銀行(銀行の銀行でもあり,政府の銀行でもある)が金融制度の頂点にたち主権を象徴する法貨の対外的な価値の維持と社会的混乱に結果しないように国内経済を金融面から管理するのであって,これに保護されかつ限定されて金融市場のメカニズムは作動している。財についても同様である。
したがって市場社会における市場は,それが経済体制の要(かなめ)をなしており,他の社会制度を変化させるような強力なインパクトを他に与えるという点では古代・中世の市場と異なっている一方,自由競争が完全な意味で展開されるといった,いわば裸のすがたで市場のメカニズムが作動することのないよう,制度的に保護され限定された売り買いの制度であるという面では従来の市場となんら変わるところはない。
経済学は,市場社会の形成と歩調をあわせるように,独立の学問分野として生まれ発展してきた。これはたんなる偶然ではなく,市場が社会制度のなかで力を増し独立の分野となってくることに対応している。そして経済学の重要な主題の一つはつねに市場であった。経済学は市場社会の現実を説明しようとの理論であるとともに,それ以上に市場社会の形成と隆盛を導き,その拡大・深化に確信を与える思想でもあった。すなわち経済学は基本的には,市場というものを,自由競争がその完全な意味でなされれば,価格の動きに媒介されて使用可能な資源を自動的に最適に(人々の欲求に対して)配分し,経済効率を最高にたかめ,技術的に可能な最大限の生産物を生産していく機構だとみなし,これらのことをさまざまな条件のもとで演繹(えんえき)的に論証しようとしてきた。また自由競争を妨げるような条件を,たとえば政府による価格の統制,管理などをとり除くよう強く主張してもきた。
しかし現実は,完全なかたちで自由競争がなされるにはほど遠い。また競争の結果として自由競争を妨げる条件をみずから新たにつくりだしもする。需要側,供給側,いずれを問わず,独占・寡占体が存在したり,形成されたりする。ノウ・ハウや技術的に大規模な固定設備が参入障壁をつくり自由競争を限定することもある。あるいは,ブランドや包装紙,実用面ではほとんど違いをもたらさない装飾上での特徴づけ,これらを製品差別化とよぶが,これによって自由競争からわずかでもまぬがれて,価格に対して支配力をもつ企業が存在する。さらには労働賃金のように明らかに経験的に価格の下方硬直性をもつ商品が存在する。これら現実の事情を加味したとき価格形成のメカニズムはどのように変化するのか,あるいは自由競争下の価格メカニズムをどの程度歪曲(わいきよく)することになるのかなどが市場理論の系論として論じられている。それらはつぎのようなものである。
独占,寡占,製品差別化,なんらかの参入障壁の存在によって,需要・供給のあり方はどのような変化を被るのか,企業の行動にどのような影響を与えるのか,経済の効率性の面,経済全体の厚生の面からどのような結果をもたらすのか。これらを分析,検討し,産業政策の理論づけをする,独占・寡占理論,不完全競争理論,市場構造論,産業組織論などがある。また,市場のメカニズムが理想的に作用したとしても,あるいはその作用が理想的になればなるほど,市場が関知しない領域で不経済,不効用(自然の生態破壊,公害)を意外にも多く生みだすかもしれないし,分配の不公正をつくりだすかもしれないといった問題を分析しかつ制度的方策を検討する〈市場の失敗〉論,公共経済学。さらには,不確実な将来に対しても人々の予想はおおむね合理的であるとして,市場のメカニズムは時間を含む経済に対しても有効であると強く主張する合理的期待形成論(合理的期待形成仮説)もまた市場メカニズム論の一系論である。
20世紀に入って市場はそれが包み込む範囲をいっそう拡大していった。自動車,ラジオ,テレビ,家庭電化製品,炊事・洗濯の家事労働などが新しく,あるいは大々的に売買されるようになり,日常生活のなかに装飾的・衒示的要素が増大し,情報の創造と伝達・消費も拡大しつづけている。こうしたなかで自由競争自体も自由競争自身の結果として大いに拡大もし変化もしてきた。市場のあり方が変わってきたのである。テレビ,ラジオ,新聞,雑誌,ダイレクト・メールによる情報の大衆への提供,需要の誘発,訪問販売,百貨店,スーパーマーケットなどのように市場は網の目のように日常生活のすみずみにまで浸透した。これら市場の拡大は市場がもっぱら利潤獲得動機によって動かされているからであり,その動機が新しい技術,新しい消費領域を開拓し,市場のフロンティアを拡大しているからであって,いわば市場内発的な拡大なのである。しかもこの市場拡大は,拡大した状態を常態化・日常化してしまい,一度拡大したものを元に戻すことの難しい,いわば不可逆的な拡大にみえる。こうしたことは自由競争の結果であるのだが,同時に自由競争が展開される条件や基準をもどんどん変化させていくことになり,自由競争が資源配分の最適化,効率化を達成していくものだとは必ずしも判定しえなくなる。市場の拡大の方向・内容は結果的につくりだされていくわけで,それがよい向きか悪い向きかを市場は決められないし,それに関心ももたない。むしろ市場の拡大につれて市場をとりまいていた文化が影響を被り,文化が市場的なものに変わり,市場に規定されていくようになる。したがって各人の予期せざる結果としての市場の指向する方向もそのまま是認され受容されていく傾きがある。従来は,市場から独立に形成・維持され伝統・慣習となっていた文化に枠づけされ限定され埋め込まれることによって,市場は自由とともに安定性を享受する制度となっていたが,文化をも深部から規定するようになった市場はその限界を科学技術の発達によってのみ画されており,その科学技術自身がとめどなく開発されていく現代にあっては,どこにもその活動の限界はないようにみえる。そして市場は変化に次ぐ変化をその活動源として,不安定性のなかに社会全体ともども漂うことになる。人々がどこまでこの表層の変化のスピードに折り合っていけるか,文化がますます市場化されていく過程でその傾向が限界に突きあたり反対に反発をくらってその方向を変えざるをえないようにさせる侵すべからざる人倫性,文化の岩盤なるものが存在するのかどうか,これらが市場の将来をうかがうポイントである。現代における市場はこのような意味で文化論として眺めることを迫られている。
→市 →マーケット・メカニズム
執筆者:吉沢 英成
→市
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…交易・売買取引のための会同場所。市場(いちば)ともいう。いろいろな形態の市が,古代から世界のほとんどの社会に認められる。…
…ある品物を安く買ってきて別のところで高く売ることによって,また,なにか品物をつくってそれにもうけをつけて売ることによって,さらには貨幣を人に貸しつけて利息をとることによっても,利潤は獲得される。どのやり方も貨幣を市場に投下して,市場での取引の結果として利潤を得るのである。資本主義の活動は,市場(商品経済)を対象としての活動であり,単なる富の追求活動とは異なる。…
※「市場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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